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幕間の章3『悪魔王として見る世界』

57 月の女神と派遣の悪魔王(前)

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「My Lord. 予定の時刻になりました。此れよりサーチを開始します」
 胸元から聞こえる其の声に、僕は夜空に大きく輝く月を見上げる。
 此の世界の月は唯一つ。
 けれども僕が知る地球の月よりも、遥かに巨大な姿で空に浮かぶ。
 多分距離が地球の其れよりもずっと近いのだろうが、余りに巨大な月の姿に、僕は圧迫感すら感じた。
 でも今回僕が相手にしなきゃいけないのは、あの月なのだ。

「ごめんね、二人とも。特にヴィラは其の姿にまでさせちゃって。僕もまさか神性を相手にしろって言われるとは思わなくてさ」
 そう、今回僕が相手取るのは、あの月の化身である女神である。
 僕が感じてる月からの圧迫感も、多分気のせいじゃ無くてその女神からの殺意なのだろう。
 しかし僕の言葉にヴィラは、
「My lord. お気になさらないで下さい。私は貴方のお役に立てる事が喜びです。其れにあの身体で戦いに巻き込まれれば間違いなく破壊されるでしょうから、この判断は合理的でしょう」
 チカチカと瞬きながらそう言った。
 今の彼女は本体である深紅の球体のみとなって、僕の胸にめり込む様に埋まってる。

 神性存在と戦う際、ヴィラのサポートがあるならこれ程心強い事は無い。
 ただ何時もの姿でヴィラを戦場に連れて来たなら、先に彼女が狙われる可能性は充分にあるだろう。
 故にどんな状況でも庇えるよう、本体の深紅の球体を僕の身体に埋めたのだ。
 ……まぁ一時的とは言え、気に入ってるだろう身体を手放させる事は、ヴィラには本当に申し訳ないが。

「レプト様、私も居るから、ちゃんと庇ってね! 流石に神様相手は怖いよー」
 ポケットの中から聞こえる泣き声は、元妖精の小悪魔ピスカの物だ。
 そう、今回の戦いには、ピスカの能力も借りる心算だった。
 非常に正直な弱音を吐きながらも、其れでも拒絶せずに手伝ってくれるピスカを庇わない筈が無い。
「うん、大丈夫。絶対守るし、あ、ヤバイって思ったら、直ぐに逃げ帰ってこんな仕事を寄越したグラーゼンに文句言うよ」
 そう、今回僕が神性存在、月の女神と戦う羽目になったのは、悪魔王グラーゼンから回された派遣召喚が故である。

 ピスカの緊張を解そうと、更に言葉を探したその時、胸のヴィラがピピッと警告音を鳴らす。
「警告。月の表面に収束しつつある攻性エネルギーを感知。砲撃型光属性攻撃魔法です。発射予測は二十秒後、カウントを開始します。十九、十八、十七……」
 地上に向けて溜めた砲撃を撃つだなんて、本当に神性存在ってのは後先を考えない、無茶苦茶な存在だと思う。
 僕は相手の攻撃魔法への対処法を準備しつつ、
「二人とも、行くよ。僕等はもう、神性存在とも対等に戦える悪魔王とその軍団だって事を証明しよう!」
 一声吠えた。
 こんなに好戦的な言葉を吐いて自分と仲間を鼓舞するのは、僕にはあんまり似合わないな、なんて思いながらも。



 悪魔王グラーゼンがその仕事、派遣召喚を僕に斡旋しに来たのは、僕等が白と黒の月の世界、魔王ミューレーンと過ごした世界より帰還してすぐの事だった。
「久しいな、友よ。土産はアニス君から受け取っていたが、こうして直接顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。さぁ、今回はどんな出来事があったのか、是非に聞かせてくれないか?」
 勝手知ったる他人の家とばかりに、テーブルと椅子を並べて優雅に腰掛けるグラーゼン。
 まぁ別に良いんだけれど、現れるタイミングと言い、テーブルと椅子を並べる所作と言い、余りに手際が良過ぎて少し戸惑う。
 まるで待ち構えていたかの様じゃないか。
「グラーゼン、暇なの? あんまりうろついて、配下の悪魔を心配させたら駄目だよ。えっと、じゃあどこから話そうかな……」
 僕は机に茶器を並べ、久しぶりに会う友人への振る舞いの準備をしながら、つい先程まで居た世界の思い出を一つずつ思い出す。

 ……百年分の思い出話は、細かく語れば本当にキリがない程に、様々な出来事があったのだ。
 グラーゼンはその一つ一つに相槌を打ち、時には思わぬ質問をしながらも、楽しそうに話を聞いてくれた。
「そして最後の夜に、ミューレーンは僕等に一つずつ、身に付けていた物をくれてね。僕は先代魔王の形見でもある護符を貰ったよ」
 百年以上に渡り、魔王の魔力と想いの染み付いた護符を、僕は自慢げに見せびらかす。
 技術水準が低いので品物その物の価値は兎も角、悪魔の力の足しになる対価としては極上の品である。

「成る程、今回の思い出も実に素晴らしいよ。そしておめでとう。君は高位悪魔の域を大きく超えて、遂に悪魔王を名乗るにふさわしい力を得た」
 パチパチと、手を叩いて僕を褒め称えるグラーゼン。
 その言葉は、僕よりずっと偉大な悪魔であるグラーゼンだからこその正しい評価なのだろう。
 でも其処までの成長を遂げたからこそ、今の僕には、以前はわからなかったグラーゼンと自分の実力の差がハッキリと理解出来た。

 悪魔王の力を測る基準となるのは、高位悪魔だ。
 グラーゼンの派閥が高位悪魔を召喚に応じさせずに手元に置くのは、他の悪魔軍と敵対した際に、高位悪魔なら敵の悪魔王の力を削れるからである。
 具体的に言えば、今の僕は高位悪魔五体分の力を持つ。
 中位以下の悪魔は何匹相手にしようとも軽く蹴散らせるが、高位悪魔が五体で連携して攻めて来たなら首が危うい。
 勿論中位以下の悪魔に意味が無い訳じゃ無く、中位以下の悪魔は悪魔王に対しては無力でも、群れれば高位悪魔を倒す事は出来るだろう。
 故に悪魔軍同士の戦争は、高位悪魔が軍団長として、中位以下の悪魔を率いて潰し合うのがメインとなるそうだ。
 そして悪魔王は抱える高位悪魔の数で、例えば四十の軍団を率いる大悪魔、みたいな感じに呼ばれている。

 因みにグラーゼンの力は高位悪魔百体分以上で、率いる軍団の数も同じく百以上だった。
 此れだけの力の差がある事を理解出来てしまうと、褒められた喜びにも多少の悔しさは混じるらしい。
 何たって僕に存在を譲り渡した儂さん、悪魔王グリモルは、グラーゼンと同格の悪魔王だったそうなのだから。 
「つまり此処が、スタート地点って事だね。わかってるよ、グラーゼン。油断したりしない。僕は未だ未だ此れからだ」
 僕の言葉に、グラーゼンは微笑みを深くして頷く。
 ベラはもう直ぐ高位悪魔に届くだろうし、ピスカもアニスも、そしてヴィラも、特異な能力を備えた彼女達は実力以上に有能な悪魔だ。
 配下である彼女達に恥じぬ悪魔王に、僕は成らねばならないだろう。

「それがわかっているのなら、矢張り友は一人前の悪魔王だとも。……さて友よ、そんな君に一つ頼みたい案件がある。如何か頼めはしないだろうか?」

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