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第五章『約束の人』
66 紡ぐ物語と悪意の誤算
しおりを挟む「矢張り間違いありません。My Lord. 此の世界は五年後に核戦争が起きます。また五年間はそうならない様、操作されています」
端末も使わずに、直接ネットワークにアクセスしていたヴィラが目を開き、僕に告げる。
巧の入学式、本来ならば此処に居る筈の無いイーシャの姿の発見から、およそ一年と少しが経つ。
勿論巧とイーシャは同じクラスとなり、直ぐに仲良くなった。
何でもイーシャの今の名前は、加納いろはと言うらしい。
此方の家にも遊びに来るようになり、また加納家にも巧を誘っているらしいが、今の所は巧には断って貰ってる。
行かせられない理由は単純に、彼方の家にはイーシャと契約した悪魔の配下が居るだろうからだ。
だが何時までも許可を出さなければ、巧が勝手に行く可能性はあるので、やがては行かせるしかないだろう。
隠れたピスカに貼り付かせて置けば、万一の際にも恐らく対応は可能な筈。
二年生になっても同じクラスで、偶然だねって巧といろはの二人は言っていたが、そんな物はこの二人が同じ世界の同時期に生まれた事に比べれば誤差である。
宝くじが当たる確率だって、其れに比べたら誤差なのだから、小学校の間中、或いは学校さえ違わなければ中学校も高校も、ずっと同じクラスになるのは間違いが無い。
此れまでの調査と今のヴィラの言葉で、敵の筋書きは大体が読めた。
今のヴィラの分析は、此の国の中から漫然と調べていただけでは決して辿り着けない結論だ。
嘗て惑星環境保全AIエデンとして、破壊兵器を用いて世界を滅ぼした経験のあるヴィラだからこそ掴めた、世界崩壊の兆候。
彼女が其れを間違える筈は無い。
本来、今回の黒幕の予定では、僕が現れるのはもっと後になる筈だったのだと思う。
巧といろはが近くに居れば、僕は巧の危機に応じてこの世界に現れて、核戦争の脅威から二人を守る。
故に巧といろはの道は常に交わり続ける様に操作されていた。
そして荒廃した世界で一緒にひっそりと暮らす事になるだろう。
まるであの頃の様に。
だから核戦争の開始時期は、いろはが十二、十三歳、僕がイーシャと初めてであった年頃の時に始まるのだ。
だが違うのは、数年後、僕が魔界に戻った頃のイーシャの年齢にいろはがなったら、その時には契約完了として悪魔が彼女の魂を奪いに来る。
その悪魔は僕の目の前で、長年熟成させたイーシャの魂を、僕の絶望をスパイスにして貪り喰らう。
まあそんな感じの予定だったに違いない。
けれども既にその予定は道を外れ出している。
最初の誤算は核戦争を待つまでも無く、巧を叔父の良治が殺そうと企み、危機に応じてこの世界に僕が来てしまった事だ。
悪魔の癖に人の悪意を計算に入れずに予定を立てるとは、何たる間抜けか。
更にもう一つ、此方は本当に致命的な計算ミスだと思うのだけれど、今回の計画は、どうもイーシャの記憶にある僕を基準に立てられているらしい。
イーシャの知る僕は中位になったばかりで、今とは比べるべくもなく弱く、配下だって居なかった。
故に其処から百年や二百年の時が流れたとしても、普通は高位悪魔になっていたら急成長と呼ばれて驚かれる成長速度だ。
まさか悪魔王として、複数の配下を抱える存在になってるとは、到底思って無かったのだろう。
いや、どうやら今も其れには気付いてない様子である。
世界を移動出来るアニスに手紙を託し、グラーゼンと連絡を取った所、今回のケースに相当する悪魔は『紡ぎの女侯』と呼ばれる悪魔王。
今この世界に彼女はおらず、管理は配下の悪魔に任されていた。
紡ぎの女侯は今も魔界で、数々の縁を紡いでは切りながら、謀略を張り巡らせている。
此の世界にやって来るのは、イーシャの魂を食う瞬間だけだ。
だからこそ、今回は僕が勝つ。
敵の実態が掴め、尚且つ敵は此方を侮り油断していた。
確かに先手は取られたけれども、ひっくり返す事は不可能じゃ無い。
相手の喉笛に牙を突き立てるその瞬間まで、息を潜めて、一つずつ準備を重ねる。
イーシャに、僕以外の悪魔を召喚させてしまったのは、彼女の感情の深さを見誤った僕の失態だ。
悪魔として未熟だった、人としての感性を多く残していたが故に起きた、痛恨のミス。
こんなに執着を覚えるのなら、最初から連れ去ってしまえば良かったのに。
でも同時に思う。
我欲と甘さの狭間で揺れるからこそ、僕は僕なのだと。
悪魔王グラーゼンは僕に言った。
単なる悪魔とも悪魔王とも違うから、僕は面白いと。
最近は大分悪魔としての考え方に馴染んでいたが、其れでも心の底に消えない人としての欠片。
きっと僕は、其れを抱えたままだから、こんなミスを繰り返すだろう。
しかし其れが故に僕は、逆鱗に触れて来た敵対者を滅する。
僕らしさを殺されない為、僕自身が僕らしさを殺さない為、大切なモノは何一つとして譲りはしない。
手を出せばただでは済まぬと知らしめねばならないのだ。
僕が胸中を押し隠して平然と日々を過ごす裏では、隠れた配下達が飛び回り、紡ぎの女侯を殺す為の準備は、少しずつだが着実に整いつつあった。
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