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エピローグ
70 エピローグ
しおりを挟む冷たい石造りの地下室に、詠唱の声が響く。
その詠唱は拙くてたどたどしいが、其れでも声には情念が満ちていた。
だから召喚の力は酷く弱かったけど、僕は其の悔しさとやるせなさに溢れた声に興味を持って、此の世界へと顕現する。
目を開くと、此方に怯えと期待の入り混じった視線を向ける一人の、15、6歳の少女と目が合う。
少し気の強そうな美しい容姿の少女だが、心労ゆえだろうか、少し頬がやつれている。
でも其れより何より、金色の髪の縦ロールに、僕は思わず目を奪われた。
もう結構長く悪魔をやってて、色んな人を見て来たけれど、其れでも初めて見たよ縦ロール。
「あのっ……!」
口を開きかけた少女を、僕は手で制する。
契約の魔法陣による強制力が働いていない。
改めて床を見れば、魔法陣の端っこが繋がっておらず、力が循環せずに効力を発揮してなかった。
「魔法陣が閉じてない。此れだと自由に悪魔は出られる。自分の身も守れない召喚者は、魔界に引き摺り込まれて嬲りながら魂を貪り食われるよ」
魔法陣を指さす僕の言葉に、顔を蒼褪めさせた少女は、大慌てで閉じてない魔法陣にチョークを滑らし、円を完成させる。
その慌てた仕草が、何だか少し可愛らしい。
OKOK、雑ではあるが、一応の体裁は整った。
「じゃあ、改めて問おう。召喚主よ。何故我、この悪魔レプトを深き魔界の底より召喚されたのか」
僕の問いに、少女はゴクリと唾を飲む。
行き成りの失敗に動転した心を落ち着けて、キッと彼女は気の強そうな眼差しを僕に向けた。
「私の魂と引き換えで構いません! 私からアストリア王子の心を奪い、この様な場所に押し込めた元凶、カッサリア男爵令嬢マルーシャに呪いを与えて戴きたいのです!」
成る程、今回はそう言う世界観かぁ。
数えては無いけど、僕が悪魔になってから多分千年位は過ぎたと思う。
巧といろは、グラモンさんとイーシャがその後どうなったかは内緒にするけど、僕の配下は少しずつだけど増えている。
あの後、悪魔王達の間では大きな戦争があった。
何でも久方ぶりに滅んだ悪魔王が出た事で、他の悪魔王達の戦意にも火が付いたんだとか。
僕はグラーゼンや、グラーゼンと親交を持つ数人の悪魔王と連合を組み、その戦争を勝ち抜く。
その時の活躍の御蔭? で、僕の今の立ち位置は、悪魔の最大勢力であるグラーゼン勢力のNo.2みたいな事になっていた。
規模としてはもっと大きな軍勢を抱える悪魔王が一杯下に居るのだけれど、万一グラーゼンが暴走しそうになった時に止めれそうなのが僕しか居ないから仕方ないらしい。
大勢力ともなると色々難しい様だが、まあ僕としては友人が血迷ったら殴って止める位は何でも無いので、別にそれで良いかと思ってる。
立場は随分と上がったけれども、僕のやる事は昔も今も特に変化は無かった。
他の悪魔王の様に魔界で指揮を取らず、高位悪魔を手元に置かず、積極的に召喚に応じて、時には配下と一緒に召喚者に寄り添う。
グラーゼンの所の派遣召喚も、時折回して貰ってるのだ。
下級悪魔用の召喚に混じって出て行くのとか、割と新鮮で面白い。
悪魔になってから大分経つなぁとは思うけれど、僕は僕のままで、この生活には飽きて無かった。
まあ其れに、悪魔の世界で覇権を取った所で、天使やら他次元の概念体やら、敵は沢山要るのだし。
「そうしてアストリア王子は私を弾劾して婚約を破棄なさり、……私は父の命令でこの公爵家の所有する保養地に押し込められましたわ」
眼元に涙を溜めた少女、公爵令嬢アスターテは、そう言い終えると悔しさからか、クッと唇を噛み締めた。
うん、唇に痕付くから、やめようね。
其れにしても驚きだ。
まさかとは思ったが、本当に悪役令嬢物だとは……。
アスターテ曰く、確かにカッサリア男爵令嬢マルーシャに対して其れなりに厳しくは当たったが、其れは婚約者の居る男性に対してあり得ぬ振る舞いを多々行っていたから注意しただけで、弾劾される程の行いは決してしていないらしい。
けれどもアストリア王子はアスターテがマルーシャに対して非道な行いをしたと弾劾し、罵って婚約の破棄に踏み切った。
何と言うか、よく有る話だけど、出くわすと吃驚する話でもある。
うーん、まあ、手の出せないお堅い婚約者より、気軽にイチャイチャ出来る相手と色々したかったのだろう。
上品な席のフルコース料理より、ファーストフード店でがっつりハンバーガーを貪りたい時だって、若ければあるのだから。
でもその手の男は、例え順当に結婚しててもどうせ色々と他所で女を作るので、結ばれなくて正解だったと思うのだけれども。
だからと言って悪魔を呼び出してその男爵令嬢を呪うのも、ちょっとどうかと僕は思う。
勿論その程度の内容なら容易く、其れこそちょっと出かけて指一つ鳴らすだけで出来てしまうが、折角呼ばれたのにそんなに簡単に終わる仕事じゃ、僕があまり楽しくない。
だってマル―シャが死んで、アスターテが僕に魂を取られても、アストリア王子はまた別の相手を見付けるだけなのだ。
「それじゃあ『ざまぁ』にならないよ? ねぇアスターテ、君が僕を呼んだのも何かの縁だ。折角なら僕と一緒にざまぁの追求……って言うか、幸せを追求して彼等を見返してみない?」
多分アスターテには理解しがたい言葉だろうけど、僕は思わずそう言わずには居られなかった。
そもそも今回の話には少しおかしな所がある。
其れはアスターテが入れられた場所が、公爵家の保養地である事だ。
アスターテは押し込められたと言ってるが、公爵家として娘に罰を与えるなら修道院やら何やらを選ぶだろう。
なのに保養地に入れるって事は、公爵が娘を好奇の目から遠ざけて守りたいと思ってる。
或いは王家に対し、王子の一方的な婚約破棄に娘は傷付いていると、アピールをしているのではないだろうか。
何にせよ、此処に居るのも一時的な事の筈だ。
別に此の場所だって地下牢とかじゃなく、単に普通の地下室にアスターテが来てるだけで、彼女には普通の部屋が与えられてる。
「私、幸せに、なれるんですの?」
首を傾げて、不思議そうにアスターテは問う。
その言葉に、僕は大きく頷いた。
でもその為にはどうしても一つせねばならない事がある。
「ただしその対価として、魂じゃ無く、君が指に付けるその指輪を僕に捧げるんだ」
アスターテの指に輝く指輪には、どろりとした情念が絡み付いて離れない。
多分あれは、アスターテの心の拠り所で、アストリア王子が彼女に贈った物だ。
だからこそアレは断ち切らねばならないし、そして僕への対価に相応しい代物だった。
咄嗟に庇う様に、指輪を付けた手を胸に抱くアスターテ。
行き成り言われて、差し出せない事はわかってる。
「大丈夫。悪魔の言葉だから、行き成り信じろなんて言わない。でも悪魔だから言うけれど、君は幸せになれる資質を持ってる。僕の手が無くてもね。ただしその指輪を自分で捨てれたらだ」
アスターテの瞳が揺れた。
そして僕は、彼女に向かって手を差し出す。
「でもどうせなら、その手伝いを僕はしたいと思うよ。公爵令嬢アスターテ、僕は変わり者の悪魔だけれど」
僕は元人間で、死から逃れる為に転生した悪魔だけれど。
『あなたも、僕と契約しませんか?』
転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?
此れにて御仕舞、……なぁんてね。
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