転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?

らる鳥

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オマケの章

76 月の女神と狼

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 なぜこんな事になったのだろうか。
 私は、自分とは次元の違う超高位存在である二人を前に平伏しながら、此れまでを振り返る。
 でも振り返ってみても、自分の何処にそんな勇気が眠っていたのか、さっぱり理解は出来なかった。


 私が、私であるとの意識をもったのは、もう大分と昔の事だ。
 多分私が単なる狼で無く、魔狼と呼ばれる魔物の一種に変異した時に、はっきりとした意識が生まれたのだと思う。
 無論それ以前も自我はあったが、今ほどはっきりとした思考は行えなかったから。
 そんな私が、森の中で其れを見付けたのは偶然だった。
 壊された馬車に、護衛と思わしき人間達の死体。
 そして馬車の中も荒らされて、ヒラヒラとした服を着た人間の雌が二人死んでいる。
 けれどもそんな死体に、まるで隠されて庇われたかの様に、人間の幼体が覆われた息苦しさからか、泣き声を上げていた。

 ……恐らく此の人間達を殺したのは、同じ人間だ。
 人間は同族殺しを良く行う。飢えた訳でも無いのに。
 私がその子を持ち帰ったのは、その子が必死に庇われていたからだと思う。
 折角命を懸けてまで助けられたのに、見付けた私が其のまま放置すれば、確実に死んでしまうと言うのは何とも寝ざめが悪かった。
 幸い妻が数頭程子を産んだばかりなので、乳が出せた事も助けようと思った要素の一つだが。

 だが持ち帰った人間の幼体を育てるのは、普通に我が子を育てるよりも何倍も苦労を強いられた。
 その子は毛皮も持たぬ故、常に私か妻かの何方かが寄り添い、その身体で温めねばならない。
 離乳の際には、一度飲んで柔らかくした肉を出して与えたにもかかわらず中々喉を通らなかったし、しかも腹もよく下す。
 しかし其れだけ手間が掛かったからこそ、より可愛く思うのだろうか、特に妻はその子を溺愛した。
 我が子達もその子は守るべき存在だと認識しており、喧嘩の際にも決して巻き込まない様に注意を払う。

 そうして、数年が経過する。
 連れ帰った子は、どうやら人間の雌だったらしい。
 私達には出来ない二足での歩行を行い、空いた前脚で物を持つ。
 教えた訳でも無いのに其れ等の行為を可能とする様になったこの子は、やはり人間の子なのだと思い知らされ、私は次第に思い悩む様になって行く。
 この子を此のまま、私達が育てていて良いものだろうかと。
 我が子達はこの数年ですっかり大人に近付いたが、此の子は少しは成長したものの、未だ幼体から抜け切らない。
 勿論魔狼である私達は、此の子が成長するまで傍に寄りそう事も出来るけれど、だがその後は?

 今のまま育っても、恐らく、人間の番は得られないだろう。
 なら我が子等の誰かがこの子の番となるのだろうか。
 果たして其れは此の子に、そして我が子にとって幸せと呼べるのか。 
 考えれば考える程に悩みは深まり、……そしてある日、森の奥で感じた莫大な力の波動に、私よりもずっと高位にある御方ならどうすれば良いかを知るのではないかと、勇気を出してやって来たのだ。
 でもまさか其処に居たのが……。


「君、其れで僕とアーマリアの前に出て来たんだ。勇気あるね。娘思いで凄く素敵だと思うけれど、家族が居るなら無謀はダメだよ」
 額に立派な角の生えた男は、優しそうに笑った。
 私だって感じた力の主が、まさか月の化身である女神アーマリア様と、神である彼女以上に力を持ってる風に見える大悪魔の組み合わせだと知っていたら、流石に此処には来なかっただろう。
 彼が笑顔を浮かべただけで、押し寄せる力の波動に潰されそうだ。

「あぁ、ごめん。アーマリアしか居なかったから抑えて無かったね。うーん、でもどうしようかなぁ」
 私の様子に配慮したのか、彼から押し寄せる圧は一瞬で消える。
 もうそうなれば、彼は角が生えている以外はただの人間と変わりがない。
 しかし其れはとても恐ろしい事だった。
 今の彼が相手なら、多くの魔物は容易い獲物だと思って襲い掛かってしまうだろう。
 魔狼である私の感覚でさえ、彼が強者だとは判別出来ずに、先程の圧の方が勘違いだったのではないかと疑いかける。

「ねぇ、レプト、貴方何とかしてあげなさいよ」
 不意に口を挟んだのは、月の女神であるアーマリア様だった。
 その口調は随分と親し気て、まるで友人に対する物の様だ。
 けれども神と悪魔が友人関係だなんて、一体何の冗談なのか。
「いや良いけど、対価はどうするのさ。僕、家族が居る相手から魂とか取りたくないよ?」
 でもレプトと呼ばれた悪魔も、やはり随分と親しみの込めた口調で其れに応じる。

 私は目の前で交わされる会話に、身を縮めて伏せるばかりだ。
 彼等が私と、私の願いをどうするかで話し合ってるのはわかるけれども、存在の格が違い過ぎ、例え如何すると決められようとも私に逆らう余地はない。
「そんなの当たり前じゃない! でもこんなに一生懸命に、自分の子供じゃないのに助けようとしてるのを放って置くなんて、可哀想だわ」
 可哀想とは遥か高みからの言葉だが、其処に私を見下す様な響きは一切なく、しかもアーマリア様は自分の髪をザクリと切り取り、対価を求めた悪魔に差し出す。
 つまり其れは、私達への慈悲だった。

「全く、君は本当に丸くなったね。いや、体形じゃないよ。性格の事だから。まあ友人の頼みで、尚且つ対価まであるなら僕に否やは無いさ。取って置きを見せてあげる。君も、アーマリアには感謝しなよ」
 悪魔に言われるまでも無い事である。
 これ程の恩を返す術は、最早私だけでなく、一族全てが身命を賭して月の女神に仕える事のみ。
 平伏する私に、アーマリア様が微笑む。

 そうして悪魔はアーマリア様の髪を使い、私とその一族の姿を変えた。
 昼は狼の姿だが、天に月が輝く夜には、私達は人の姿、或いはアーマリア様に似た姿を取る事が可能となる。
 此れならばあの子を手放さずとも、人に近しい暮らしを送らせてやれるだろう。
 本当にアーマリア様には幾ら感謝しようと足りない。……そしてあのレプトと呼ばれた悪魔にも。


 私達の一族は、月の女神の加護を受けた一族として知られ、アーマリア様に仕えて繁栄して行く。
 けれどもアーマリア様を祀る祭壇には、月の女神像の隣に小さな黒い人型の像も置かれるのだ。
 その黒い人型の正体が、月の女神の友人である悪魔だと言う事は、我々月狼族のみに伝わる秘密となった。
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