転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?

らる鳥

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第十章『女海賊』

115 海賊と悪魔、そして亀

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 召喚に応じて目を開けば、其処は宝物庫だった。
 魔力を秘めた古めかしい鎧兜や、立て掛けられた刀剣類。置かれた箱には溢れんばかりの金貨が詰まってる。
 だがそんな煌びやかな財貨とは裏腹に、目の前に立つ者達は、短銃を此方に向けた如何にも荒くれ者と言った風体の男達。
 しかしその先頭に立つのは、周囲の男達とは雰囲気の異なる、豊かな黄金の髪と褐色の肌が健康的な、一人の女だ。
「此れは驚いたわ。……まさか本当に悪魔が出て来るなんて。お前、その頭の角は本物?」
 そんな風に言いながら、周りの男達が驚いて止めるのも聞かずに、前に進み出て僕の角へと手を伸ばす。

 僕はその女性の勇気と無謀さに感心しながら、けれども伸ばされたのとは逆の手に注視する。
 その手首には、黒い宝石、恐らくは黒翡翠の填め込まれたブレスレット。
 どうやらアレが、僕を召喚した魔導具なのだろう。
 儀式や契約魔法陣無しでの召喚だが、そのブレスレットからは僕に対する支配力を感じた。
 でも問題は、其の支配力が中位以下の悪魔なら従わせる事が出来るだろう程度の強さって事だけど。
 召喚と支配の両方を行える魔導具は結構凄いと素直に思うが、勿論僕を従わせるには全然足りない。

 ……のだけれども、
「凄いね、此の角本物だよ。もしかしたらお前が此処で見付けた一番の宝かもね!」
 ペタペタと角を触りながら嬉しそうな笑みを浮べた女に、今更支配力が足りませんとは言い辛かった。
 うん、まぁ、良いか。
 状況は今一掴めないけれども、暫くは彼女に付き合ってみよう。
 でもその前に、
「お前じゃ無くてレプトって呼んで貰えた方が有り難いけど、取り敢えず僕を此のまま此の世界に留めたいなら、君の髪でも爪でも、何かを捧げてくれないかな?」
 先ずは現界の為の捧げ物を貰う事からだ。
 僕の言葉に、一瞬驚いた様な顔をした彼女は、すぐさま腰のナイフを抜いてバサリと髪を切り取る。
 躊躇いなく笑顔のままに髪を切って差し出す彼女の姿は、とても格好の良い物だった。


「おぉっ!」
 男達が宝物庫から財貨を運び出し、長い洞窟を抜けた先で、其れを見た僕は年甲斐も無く歓声を上げる。
 気候は亜熱帯、森に砂浜、ごつごつとした岩場に、何処までも広がる青い海。
 けれども何よりも目を引くのは、入り江に浮かぶ一隻の船だ。
 此の世界での名称は知らないが、僕の知識だとキャラック船と言う奴に当たるのだろうか。
 今は帆の畳まれた三本のマストと、そして其の天辺に掲げられた海賊旗。
 そう、どうやら彼女、アルフィーダと男達は、あの船で海原を行く海賊だったらしい。
 何で襲撃時以外に海賊旗を広げているのかはわからないが、まあわかり易くて何よりだ。
 其れなりに悪魔歴の長い僕も、海賊に召喚されるのは此れが初めてである。

 なんでもこの島に古代魔術王国期の財宝が隠されてるとの伝説を信じ、はるばる何ヶ月も掛けての航海の末に、本当に財宝を見付けたのだそうだ。
 僕を召喚したブレスレットも其の財宝の一つで、今の時代では悪魔なんて御伽噺の存在なんだとか。
 そんな風に教えてくれるのは、海賊の一人であるサズリ。
「でもホントに悪魔って居たんだなぁ。なぁ、オイラなら呪っても良いから、船長だけは呪わないでくれよ」
 船長のアルフィーダに僕の世話を申し付けられた彼だが、どうやら此処最近体調が優れない様で、荷運び等の重労働から解き放つ為の措置らしい。
 確かに顔や肌の色も悪いし、妙に痩せている。
 船乗りでこういった症状が出ているのなら、多分有名なアレだった。
 別に僕が呪わなくても、此のままならサズリはそのうちに倒れるだろう。
 さて、どう行って其れを伝えようか、突如現れた悪魔の僕に言われた所で、恐らく不審がられるだけだろうし……。

「さぁ、レプトにサズリ、お前達も乗りなよ。この島に置いて行かれたくはないだろう?」
 少し考え込んで居た僕に、船上からアルフィーダの声が降って来る。
 どうやら船を出す準備が整ったらしい。
 大慌てでサズリが、渡し板の上を駆けて船に乗り込み、アルフィーダにガツンと殴られた。
 世話役が僕を置いて行っては駄目って事だ。
 でも殴られながらもサズリは少し嬉しそうなので、アルフィーダは彼に余程慕われているのだろう。

 彼等のやり取りに微笑ましさを覚えながら、僕は地を蹴り、ふわりと直接船に乗り込む。
 アルフィーダは一瞬だけ驚きに目を見開いたが、直ぐにニヤリと笑うと、
「出航! 先ずはあの船喰いを突破するよ!」
 と大声で船出を告げる。
 ……でも船喰いってなんだろう?



 その答えは船が動き出して直ぐにわかった。
 此の島に隠された古代魔術王国期の財宝とやらが、今まで荒らされていなかった最大の理由が、島の近海を縄張りとする船喰いと呼ばれる超巨大亀なのだ。
 では実際にどの位大きいのかと言えば、キャラック船とほぼ同じ位なのが、船喰いの顔のサイズである。
 当然身体も含めれば彼方の方がずっと大きかった。
 伝説を信じて此の島を目指した船の全てが、否、アルフィーダの船を除いた全てが、此の船喰いの餌になったと言う。
 凄く格好良い。
 折角海を創ったのだし、僕も魔界にあんな大きな亀を飼ってみたいものだ。

「てぇーっ!」
 逃げる船を追ってどんどん迫って来る船喰いに向かって、船尾に据えられた大砲が火を噴く。
 砲身の長い大砲だが、カルバリン砲って奴だろうか。
 金属製の砲弾が船喰いの顔を殴り付けるが、特にダメージの入った様子は無い。
「ねぇ、サズリ。全然効いてないみたいだけど、来る時はどうやってアレを退けたの?」
 僕はふと疑問に思い、顔色の青いサズリに問うてみる。
 けれども其れに対する答えは、
「退けてねぇんだ。同業のさ、性質の悪い海賊に情報を流して先を越させて、ソイツ等の船が食われてる間に突破したんだよ。船長が、行きは難攻不落でも、帰りはどうにかなる予感がするからって言ってさ」
 ちょっと僕の予想外の物だった。

 因みに其れは、悪い意味で予想外だった訳じゃ無い。
 どう考えても命の危険の大きな行為なのに、此の船の海賊達は、船長の予感なんてあやふやな物に従って居る。
 つまり其れは此れまでも其の予感に幾度も助けられて来たと言う事であり、今回も矢張り同じくだ。
 此の船の行きと帰りで最も大きな違いとは、間違いなく僕が乗っているか否かだろう。
 ならば此処は、僕が働くべき場面だった。

「忙しそうなところ悪いけどさ、アルフィーダ。困ってるなら力を貸そうか? 対価は、そうだね。今回は船賃って事で負けとくけれど、どうかな?」
 僕の声に振り返るアルフィーダの顔には、窮地を救われて縋る様な表情では無く、不敵で挑発的な、やれる物ならやってみなと言わんばかりの笑みが浮かぶ。
 その笑みを向けられるのは、どうしてだろうか。
 何とも言えず、心地良い。

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