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37 死貴族との戦い(前編)
しおりを挟む駆ける勢いに任せて蹴りを入れれば、城門が砕けて口を開く。
披露した馬鹿力に、姉が少し呆れ気味の視線を向けて来るが気にはしないし足も止めない。
一応これでも、ステータス的には術師よりなのだ。特化型では無く、バランスタイプにはなるけれど。
単に強化魔術に惜しみなく魔力を使っているだけである。
ガルや配下の兵、そして姉の部下達が、押し寄せて来た敵にぶつかり、道を切り開いて行く。
今回の戦いで、北東魔族領の支配者に相対するのは我と姉のみだ。
ガルや、或いは姉の重臣連中ならばその戦いでも戦力にはなるだろうが、我等の目的を考えるなら寧ろ二人だけの方が動き易い。
複数回のダンジョン踏破で手に入れた破壊の大槌を振り回し、道を塞ぐストーンサーバントを砕きながら真っ直ぐに城内を進む。
「ねぇ、弟。何で君は、そんなハンマーを担いでるのに城門は蹴破ったんだい?」
隣を並走しながら、心底不思議そうに問うて来る姉に我は少し首を傾げる。
何故と問われても、特に理由は無いのだ。
ハンマーで殴ろうが、蹴ろうが、どの道あの程度の城門なら我を止める事は出来ないのだから。
「強いて言うならば、……景気付けである」
あの時はたまたま駆けた勢いで蹴りたかっただけなのだ。
益体も無い事を話しながらも足は止めない。
城内だけあって、迎撃に出て来るストーンサーバントは大きいし、吸血鬼も上位の者が混じって居る。
しかし我と姉、二人の魔王を止めるには些かどころでは無く、役者不足だ。
蹴散らし、踏み潰しながら進む。
民の窮状とは裏腹に、城は豪奢且つ堅牢だった。否、或いはだからこそなのだろうか。
暫く後、辿り着いたのは城の最奥、城主の間。
行く手を防ぐ扉を蹴破り、中へと踊り込んだ我等を待ち受けていたのは、真っ白な肌、銀の髪に深紅の瞳と色素が薄く、まあ死貴族らしさに溢れる少女だった。
「城主の間に踏み込むとは無粋な。薄汚い人間に尻尾を振る雌犬は礼儀も知らぬと見える。……ふむ、其方の殿御は初見であるな。名乗られよ」
そして物言いも態度も、随分と死貴族らしい高慢な物だ。
人間への深い憎しみに目の眩んだ死貴族には、穏健派の行動は敵に尻尾を振る様に見えるのだろう。
だがそれでも彼女はこの地の支配者である。
問われたならば名乗らねばならぬ。
「この地の支配者よ、お初にお目に掛かる。我が名はアシール。此処より南の地に出でし新たな魔王である」
担いでいた大槌を地に立ててその上に両手を置き、胸を張って魔力を巡らせる。
姉は兎も角、我が率いる勢力は彼女より小さい。
己の領を荒らす愚かな支配者ではあろうとも、挑戦するのであれば礼儀は必要だ。
そう思っていたのだが……、
「ほほぅ、南と言えば妾の領から逃げ出した者共が住んでおったな。よろしい。アシールよ。御前が血を受け、妾の物となるなら飛散した者等の罪は許してやろうぞ」
我が名乗りに対しての対応は、想像を遥かに超える、傲慢さに満ちた物だった。
一つ、名乗りを求めておきながら、其れに応じた我に名乗らない。
二つ、寄りにも依って魔王に死貴族の血を受け入れろ等と、吸血鬼なんぞになり下がれと言う。
三つ、己が不手際で見放されたにも関わらず、我が民を含む中立地域の魔族達を罪人だとほざいた。
彼等が支配者の庇護無しで、如何に危険な暮らしを送っていたかも知らずに。
「……姉よ。どうやら此処には頭の悪い人形遊びが趣味の餓鬼しか居らん様だな。少しばかり相手をして来る故、術の準備は任せて良いか?」
我は大槌を担ぎ直し、一歩前に進み出た。
血が沸騰しそうな程に燃え滾っているのがわかる。
「う、うん。でも弟、完全消滅はさせちゃダメだよ。わかってるね? 怒る気持ちはわかるけど、其れは本当に駄目だからね!」
姉の言葉に、只頷く。
これ程の侮辱を受けたのだ。安易に消滅なんぞさせて楽にしてやる心算は毛頭無い。
身の程を魂に刻んでやろう。
此れより行うは領域支配者への挑戦でなく、知恵の足りぬ餓鬼への教育だ。
磨き上げられた石の床を踏み潰し、一気に駆け抜ける。
けれど玉座に座る死貴族の少女がパンと一つ手を打てば、床がせり上がり巨大なストーンサーバントが出現して道を防ぐ。
鬱陶しい。全身の力を強化し、身体を捩じり、握った大槌にも魔力を込めて、ストーンサーバント目掛けて思い切り放り投げた。
破壊の大槌はダンジョンアタック終了間近の周回で宝箱より出現した物で、頑丈で壊れ難いのは当然として、攻撃の際に魔力を込めれば破壊力が上昇する特徴のある、まさに我にうってつけの武器だ。
放り投げられ、先端部分の重量で回転しながら飛ぶ大槌は、ストーンサーバントを軽々と砕いても勢いを止めず、その背後の死貴族の少女が座る玉座に突き刺さって砕く。
轟音と衝撃が城主の間を大きく揺らす。
だが当然この程度の事で戦いが終わる筈がない。
死貴族の少女は大槌の一撃の前に玉座を蹴って宙に跳んでおり、振るった手から無数の炎の飛礫が、雨の様に我に向かって飛来する。
我は大槌を放り投げて空になった両の手を、正確には左右の手に複数対を成して付けた指輪の、一対の模様を合わせて陣形魔術を発動させた。
炎の飛礫が我を打つ直前に、巻き起こった強い風がその炎を弾き散らす。
術陣を半分に分割して指輪に刻み、使用の際に術陣を合わせる事で使い捨てで無く複数回発動させ得る、彫金師がエシルの町にやって来た事で完成したシュシュトリアの陣形魔術の新しい技だ。
姉に見せびらかす為に持って来たのだが、中々どうして使い心地は悪くない。
彫金には特殊な溶媒を使えないので、周囲の魔力吸収速度が遅く、即時使用の為に使用者が魔力を注いでやる形の術式が指輪の内側に刻まれている。
陣形魔術の利点の一つを捨てる事にはなったが、其れでも即時発動が可能な点では便利な品に仕上がったと思う。
「妾を人形遊びが趣味の童と罵って起きながら、其方も賢し気な玩具を使うでは……」
一合交えた事で此方の実力を見切った気になったのか、何やら話し始める死貴族の少女だったが、まあ残念ながら我に彼女と会話する心算は無い。
何故か無駄に気を抜いてる様だが、実に愚かしい。其処は既に我にとっては一足の間合いである。
地を蹴り、前に跳ぶ。
一瞬で距離を踏み潰し、何やら得意気に語っていた表情から驚きに満ちた物へと変化したその顔へ、思い切り拳を叩き込む。
グシャリと顎の骨が砕ける手応えと共に、死貴族の少女の身体は吹っ飛び、城主の間の壁にめり込んだ。
一、二、三、心の中で秒数を数える。あの程度のダメージで死を克服したとされる死貴族が止まらないのは百も承知。
四、五、六、案の定、周囲の瓦礫を弾き飛ばして少女は立ち上がった。
七、八、
「……この無礼者! 高貴なる妾の顔を殴るなんて絶対っ!?」
立ち上がってから一拍置き、死貴族の少女は怒りの言葉を吐くが、その戯言に付き合う気はない。
再び地を蹴って接近し、拳を繰り出す。
だが流石に死貴族の少女も学習したのか、今度は言葉を途中で取りやめて咄嗟に回避行動を取り、その結果城主の間の壁が代わりに我の拳を受けて粉砕された。
先程、立ち上がってから言葉を発するまでに一拍の間があったのは、恐らく顎の再生がまだ完璧では無かったからだろう。
つまりあの死貴族の少女は、骨が砕けるダメージを負えば、再生時間には六秒から八秒程を必要とする。
無論其れは通常回復に任せた場合で、魔力で回復力を強化したり、魔術を併用した場合はまた違う筈だが、どちらにせよ瞬時の回復と呼ぶには程遠い代物だ。
あの程度の再生速度ならば、再生より早く破壊を行う事は容易い。
顔を引き攣らせて距離を取ろうとする死貴族の少女だったが、其れを許してやる義理は無かった。
我が拳を振う度、城主の間の床や壁が、音を立てて粉砕されて行く。
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