魔王は貯金で世界を変える

らる鳥

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38 死貴族との戦い(後編)

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 其れでも、この城主の間は未だ死貴族の少女のテリトリーだった。
 彼女を捕まえんと間近まで伸ばした手が、目前で止まる。
 我が足を、床から伸びた石の手が掴んで動きを止めたのだ。
 そしてすぐさま、横の床からもう一本の腕が現れ、我に向かって殴り付けて来た。
 捕獲と攻撃に意識が行っていたので、肉体硬化に魔力を回して居なかった為、結構痛い。

 我は足を掴んだ手を思い切り踏み砕き、殴り付けて来た方の腕も殴り返して砕く。
 反省しよう。
 攻め気に逸って要らぬダメージを負った。もっと念入りに耕しておけば、こんな小細工に足を止められる事も無かったのに。

「ふふふっ、散々調子に乗ってくれたが其れも此処までよ。此れより妾の本気を見せてやろうぞ」
 漸く台詞をまともに言えて嬉しそうに笑う死貴族の少女。
 それにしても、その本気とやらがあるのなら、さっき我が足を取られた時にこそ出すべきなのだが……。

 まあ良い。
 確か以前の我ではこの死貴族の少女が本気を出せば成す術もないとの姉の見立てだった。
 我も以前とは比較にならぬ力を手に入れているが、それでも油断すべきでは無いだろう。何せ先程一撃喰らって痛い目を見たばかりなのだ。
 視線は敵から外さずに、瓦礫塗れの床をトントンと跳ねて移動して、玉座の跡地から投擲した破壊の大槌を回収する。
 この大槌なら、相手の本気が何であれ、打ち合いをするのに不足は無い。

 彼方も準備は整った様だ。
 死貴族の少女の目は爛々と赤く輝き、纏う雰囲気は禍々しい物へと変化している。
 ドガンと床を踏み砕き、この戦いで死貴族の少女は初めて前に突っ込んで来た。

 動きの速度が先程までの比では無い。
 迎撃に大槌を振うも、背を逸らして回避される。速度だけでなく、動体視力、反射等の運動性能も段違いだ。
 彼女の長く伸びた爪が反撃とばかりに振るわれ、我が飛び退いた後の地面を大きく切り裂くいた。
 この様子だと、恐らく膂力も桁違いに上がっているのだろう。
 避ける為とは言え、一度後退してしまえば相手は勢い付き、幾度も幾度も振るわれる爪撃に我は徐々に防戦一方へと追い込まれて行く。

 ……しかしである。
 壁際まで追い詰められ、止めとばかりに振るわれた左右からの攻撃を、我は大槌を手放し、両の手首を掴んで受け止めた。
 死貴族の少女の速度や運動性能は確かに高い。だが其れでも、加速を使ったガルは此れよりも遥かに素早いのだ。
 普段から連携の為にガルの動きを把握せんと四苦八苦している我にとって、死貴族の少女の速さは少し見れば直ぐに慣れる程度で、寧ろこの位が丁度良い。

 そして掴んでしまえば素早さに然程大きな意味は無く、次は力と力の比べ合いになる。
 純粋な力比べに持ち込んでしまえば、例え相手も狂暴化で力が上がっていようが、勝負は既に見えていた。
 必死に振り解こうと抵抗する死貴族の少女に対し、我は強化魔術に注ぐ魔力の量を増していて行き、グシャリと掴んだ腕を握り潰す。
 まあそこから先は、相手が如何足掻こうが一方的な展開だ。



 怒りとも悲鳴とも判別し辛い金切り声をあげる彼女を、思い切り蹴飛ばす。 
 宙を舞い、地を転がる死貴族の少女の身体。だがそれで終わりでは無い。
 蹴りを放った後、手放していた大槌を拾い上げた我は既に追撃の準備に入っていた。
 彼女の再生には数秒を必要とする。再生の暇は決して与えない。

「ま、待たれよ。妾のっぶぁ!?」
 高々数撃入れた程度で、死貴族の少女の狂暴化は既に解除されてしまった様だ。
 此方の攻撃に待ったを掛けようとした様だが、時は既に遅く、投擲した大槌は狙い違わず地に転がった彼女の身体に激突した。

「貴様に信仰心はあるか? あるのなら我が母に祈ってみるが良い。貴様の声が魔界に届けば、貴様だけの魔王が現れる。そうで無ければ、これで終わりだ」
 大槌で砕かれた肉体が癒えぬ間に、近寄り拳で追撃を放つ。何度も、何度も、何度も、相手の再生より早い破壊を。
 戦ってみて思ったが、この死貴族の少女は戦い方が下手である。

 恐らくだが、命が掛かった状況での、或いは同格以上の相手との潰し合いの経験が乏しいのだろう。
 姉は幾度と無くこの少女と戦ったそうだが、其れは潰し合いと呼べるほど凄惨な物では無かった筈だ。
 死貴族の少女は、己が死なない、或いは他者が安易に自分を消滅させれない理由がある事をこれ以上なく知っている。
 そんな彼女の戦いには、その場の怒りはあっても、命懸けの真剣さが無い。

 そしてそんな死貴族の少女を相手に、姉は追い払う為に力は振るえど、捻り潰そうとまではしなかったのだろう。
 姉は僅かな付き合いでも理解出来る程に天才の類であり、故に物事の見切りが早く、無駄だとわかった事はしたがらないタイプだ。
 それがこの死貴族の少女の不幸だとも言える。
 もし姉が初期の段階で威厳と全力を以って、本気の対処をしていたら、勿論姉の見切り通りにそれが無駄になる可能性は高くとも、この少女は此処まで増長しなかっただろう。
 まあ全てはたらればの話だが。



 我は今連打を繰り出してはいるが、放つ拳の一発一発には本気の殺意と魔力を込めてあった。
 手足を砕き胴を穿ち、拳の連打が死貴族の少女を床に貼り付けにしている。
 別に時間稼ぎだけが目的じゃない。
 確かに姉が封印の術を完成させるまで時間を稼ぐ必要はあるが、其れは別に適当にあしらっていても可能だ。

 我の目的はこの少女の破壊そのもの。
 死貴族が高い再生能力で無限に近しい再生が可能であるとしても、そんな事は関係が無い。
 仮に痛覚を遮断していたとしても、それでもやっぱり関係が無い。
 後で再生しようが痛くなかろうが、当たり前の話だが肉体が壊される事は誰とて嫌なのだ。

 四肢が欠損すれば己の肉体が続いていない喪失感が、頭蓋の中身を破壊されれば物を考えれなくなる断絶が、例え再生出来ても襲って来る。
 通常の手段では死なない死貴族であろうとも、其れをされれば魂に軽くひっかいた程度の傷は残るだろう。
 一度や二度なら、余程自己が強くない者でも無ければ大した効果は無いかも知れない。
 だが百度、千度、或いは万度、億度、其れを繰り返せばどうなるだろうか。

 壊れた肉体では抵抗も許されず、終わらぬ破壊が続く。
 最初は無駄な行為だとせせら笑っていられても、次第に嫌気がさして来て、其れはやがて嫌悪感に。
 諦念に逃げる事も許されない。諦めて放心しようが、頭部が再生した一瞬は我に返る。意識してしまうのだ。

 其れなのにまともな思考も出来やしない状態がずっと続く。
 何せ考えてる最中に頭部が壊され、次にハッと気づけば次の瞬間また意識は断絶する。
 許しを請おうにも、言葉を発するタイミングすらわかるまい。
 人間は拘束して水を一滴ずつ額に落とし続けるだけでやがて狂うらしいが、此れも大体は似た様な物だ。



 そんな破壊を続ける我の頭を占めていたのは、羞恥心だった。
 何が来ても打ち合えると自信満々で拾った大槌だったのに、相手の速度に付いて行けずに一旦手放した挙句、結局また投擲に使用して終わり。
 まあこの場で其れが見れたのは姉だけだろうし、彼女は封印術の完成に集中しているだろうから、そんな細かな戦い方までは到底意識は及ぶまい。
 無かった事にしようと思う。

 それにしても、思ったよりも術の準備には時間が掛かってる。
 別に我は構いやしないのだが、このままだと封印よりもこの死貴族の少女の心が壊れる方が早いかも知れない。

―AaああaぁあAあaAぁぁぁぁぁああAAああぁaaっ―

 どれくらいの時間が経過したのだろう?
 振り下ろす拳の下で、死貴族の少女が意味不明な言葉の羅列を発し始めた。
 大分限界が近い様子である。

 他と比較する事は出来ないが、かなり長く持った方だと思う。
 何だかんだで一つの領を奪い去るだけの力の持ち主だったのだ。
 精神が、或いは生まれ持った魂が強くても然程不思議はなかった。

 少しばかり壊すには惜しい気はしなくも無いが、其れでも成すべき事は成さねばならない。
 かなりの時間攻撃を続けているが、我の限界はまだまだ遥か先である。
 魔王銀行から引き出す魔力的にも、密度の高いダンジョンアタックで鍛え抜いた体力的にも。

「弟! もう良いよ。準備、出来たから、お願い、もうやめて」
 そんな我の拳を止めたのは、酷く蒼褪めた顔をした姉の声。



 今姉が何を考えているのかは、大体の想像は付く。
 知っていた事だが、姉は優しく、そして酷く甘い。
 其れは家族としては好ましい物だ。だが隣の領の支配者、同盟者としての目線で見れば、評価はまるで変わってしまう。

 死貴族の少女を見下ろせば、当初より随分と再生速度は遅い。
 床は血液や髄液、その他の液体が入り混じった物で酷く汚れている。
 再生が終わっても、死貴族の少女はピクリとも動かない。
 色々とぐしゃぐしゃになっており、出会った時の傲慢さどころか、尊厳すらが壊れた姿。
 其れは一見、もう無害で無力な存在に見えた。

「術式は出来たよ。この術式に二人分の、異なる魔王の魔力を注げば封印は行える。……でもごめん、此処まで巻き込んだけど、弟、君にお願いがある」
 家族として優しい姉は好ましいが、その甘さが何時か姉を殺しそうで心配だ。いや、きっと姉は甘さ故に死ぬ。
 同盟者としても不安だ。姉が甘さ故に死ねば、隣の領は崩壊し、我が領へも影響が出るだろう。場合によっては吸収せねばならなくなる。
 正直必要以上に大きな領など、支配の手間が増えるので要らない。

 だが我は大きな溜息を吐く。
 其れでも姉は、此れに哀れみを感じてしまったのだろう。
 ならばもう仕方が無かった。全ての責任は姉が背負えばそれで良い。
 所詮この死貴族の少女は、結局最後まで名前は知らぬままだが、我にとって既に格付けの終わった取るに足りぬ相手である。
 二度と我には歯向かえぬ。
 打ち捨てた此れを封印しようが、或いは誰かが拾おうが、もう我には関係なかった。





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