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第一章 はじまり
#5
しおりを挟む冒険者ギルドを出た護は、大きく息を吐く。
「はー……っ! 緊張したー」
たとえ事務的な会話でも、人と会話するだけで護は緊張する。
若くて可愛い女の子となれば尚更だ。
だが、美人なお姉さん系だと会話すら成り立たなかったかもしれない。
彼女にはあるいは失礼な話かもしれないが、あの子が小柄で素朴な感じで良かった、と感謝する護だった。
(……大荷物になるかもしれないし、買い物は後かな。まずは手頃な宿を探そう)
ひとまず落ち着いた護は、受付嬢に教えてもらった宿屋のうち、やや安く、やや飯がうまい。の条件に合う宿屋に向かった。
「ここか……な?」
向かった先にあったのは、建ててからそれほど経っていないのだろうか、軒先にぶら下がる看板に、宿屋を示す三日月の絵が記されている、やや真新しく感じる木造の建物だった。
スイングドアを押し開けて中に入る。今の時間帯は客が来る事は少ないのだろう、受付に座って番をしている子供が暇そうに欠伸をしている。
入ってきた護に気付き、慌てて欠伸を噛み殺し、声を掛ける。
「い、いらっしゃい! 食事ですか? しゅくはくですか?」
基本的に、この大陸のほとんどの宿は酒場も兼ねている。
受付に向かって左には、二人までなら並んで歩けそうな階段があり、向かって右には、開けた空間に、丸テーブルがいくつも並んでいて、数人の男達が酒を飲んでだらけている。
宿泊で。と告げる護に、宿泊料金が説明される。
「えっと、しゅくはくだけならいっぱく200イース、朝夕食事こみなら260イースです」
「なら食事込みの二週間分で」
「はい。えっと、食事こみのにしゅうかん分だから…………3640イースになります。あと、こちらにお名前をかいてください」
計算にやや時間がかかったようだが、なんとか正解を出せたようだ。
台帳に名前を記入した護から料金を受け取り、交換に部屋の鍵を渡しつつ、いくつかの注意点を説明していく。
「食事は朝の一の鐘から、昼の七の鐘までのあいだならいつでも食べられるけど、あんまり遅い時間だと、ほんとにたまにだけど、他のおきゃくさんに食べつくされてる時もあるから、気をつけてください。
あ、それと、三食目からはべつりょうきん? です」
朝の一の鐘は午前五時、昼の七の鐘は午後7時に「~の鐘」の数通り、街に鳴り響く鐘のことで、朝の一の鐘から高音の鐘が一時間刻みに鳴らされ、正午には高音の鐘と低音の鐘が四回ずつの八回、これは「八の鐘」と呼ばれている。
昼の一の鐘からは低音の鐘が一時間刻みに鳴らされ、七の鐘を最後に、翌日の一の鐘までは鳴らされない。
今は少し前に三の鐘が鳴らされたところだ。
ちなみに地球と同じく一日は二十四時間で、一年はおよそ三百六十五日である。
「せんたく物があるなら、部屋にそなえつけの袋があるので、八の鐘までにいれて渡してくれれば、翌日までにせんたくしておわたしします」
「でかける時は、ここに鍵をあずけていってください。
でかけてるあいだに部屋をそうじするから、だめな時はあらかじめ言っておいてください」
説明を聞き終え、二階に上がって鍵に記された番号の部屋を確認する。
料金の割にまともなベッドが一つ、ベッドの脇に引き出しのついた小棚。
その上には魔力を込める事で明かりを発する魔道具、魔灯球が一つ。
小棚をはさんだベッドの反対側には、簡素な机と椅子が置かれている。
一通り確認した護は受付に下りて鍵を預け、装備と道具を揃えるべく街へ繰り出した。
(まずは冒険者に必須の武器だな!)
元二十八歳の護ではあるが、まだまだ武器というものにロマンを感じるお年頃のようである。
ロマンと言えば、魔術にもかなり興味を示していたはずだが、スキル無しで魔力を操作し、発動させるのはかなり困難とのこと。
本来、この世界の住人であれば、子供のうちに魔力の扱いを覚え、十二歳にもなれば魔道具に魔力を込めるくらいは出来て当然、くらいにはなっている。
魔力に体が馴染んで間もない護は、未だ魔力を感じる事すら出来ていないので、今は大人しくギルドカードの受け取りを待って、有用なスキルを取得するまで我慢している、というわけだ。
勧められた店は、一階で武器、二階で防具を扱っている比較的大型の店だ。巷にあふれる冒険者達に対応するためか、鋳造で大量生産された手頃な値段の商品が取り揃えられており、駆け出しからそれなりに一人前、といった冒険者御用達の武具屋となっている。
胸を高鳴らせ、店内に入った護は、展示された様々な武器を眺め、心を躍らせる。しばらくの間、興奮しながら凶器を見詰めるその姿は、不審人物の一歩手前だった。
外見が子供だったことが幸いしたのだろう、顔に苦笑いを浮かべた店員に声をかけられる。
「いらっしゃい、少年。本日は何をお探しかな。武器を扱った経験、あるいは武器に対応したスキルは持っているかい?」
「あっ。いえ、経験はありません。ギルドに登録したばかりで、スキルも無いです」
「ふむ、何か希望する装備はあるのかな」
「出来れば大剣とか大斧、槍斧なんかも使ってみたいんですけど……」
「はは、さすがにそれは体格的にも体力的にも難しいかな」
希望を聞かれたので答えてみたが、またも苦笑いを浮かべ、ばっさりと言われてしまう。
大剣や大斧はともかく、槍斧はそこまで重くはないが、十二歳の肉体にとって軽くも無い。
「特にそれ以外の希望が無いなら、やっぱり駆け出しだし、ショートソードか片手用のメイスがいいんじゃないかな。重量に余裕があるようなら、スキルの取得前提で、盾を持つことをお勧めするよ」
護は未練がましく槍斧をチラ見するが、使えない物に限られた金を使っても仕方がない。とひとまず諦め、ショートソードと金属で表面を補強された木製の盾を購入し、次は防具屋となっている二階へ上がった。
二階へ上がった護の目に入ったのは、ほぼ板金のみで作られたフルプレートアーマー、板金や鎖状の金属、革や布を組み合わせたブリガンダイン、ラメラーアーマー、スケイルアーマーにチェインアーマー、獣や魔獣の革を使って作られたレザーアーマーなど、見本用なのだろう、いくつかの鎧が展示されていた。
護は展示された鎧に視線をさまよわせながらも、受付カウンターに近付く。無用心にもそこは無人だったが、バックスペースから物音がする。
待っていてもらちがあかない。と内心尻込みしながらも声をかけた。
「すみません! 誰かいませんか?」
「はいはい、こりゃ失礼。どのような防具をお探しで?」
ほどなくして店員が出てくる。作業を中断させてしまったようだが、致し方ない。
「えと、なるべく動きを邪魔しない、軽めのものがいいです」
「それなら革鎧一択だな。
最低限急所を守る物、上半身全てと太股も少しカバーする物があるが、軽めってんなら最低限の物がいいだろう。
それから鉢金に革製の手甲、脛当てってとこか。手甲は一部を金属で補強した物もあるが、どうする?」
矢継ぎ早に説明され、護はやや混乱するが、店員以上に知識があるはずもなく、勧められた物と、手甲は補強された物を購入する事にした。
採寸の後、しばらく待つこととなったが、代金を支払った護は受け取った防具一式を抱え、一旦宿へ預けに戻るべく足を速めた。
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