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第一章 はじまり
#15
しおりを挟むそれはラーニャと買い物に出かけてから数日後のある日の事。
依頼を終えて宿に戻った護をいつも受付から迎えてくれる子供の声がない。一瞬、今は用事でいないのか。と思ったが、違ったようだ、受付カウンターの上に、腕を枕にしてまどろむ少女の姿があった。
初めて会った頃はこげ茶色の髪も耳にかかる程度だったが、今は肩に届くか届かないか、といったところだ。身長は十歳という歳を考えれば平均的な方だろう。ただ、ラーニャにとっては憎らしい事に、既にラーニャと同程度にはある部分が膨らんでいる。少女が平均より大きいからなのか、ラーニャが平均より小さいからなのかは言及しないでおこう。
(むう、かわいいな……)
少女の無垢な寝顔を観察する護。実はこの男、軽くではあるがややロリコンの気がある。元の年齢を考えれば完全にアウトかもしれないが、今の年齢ならギリギリセーフだろうか……?
とはいえ、こんなところを宿の主人に見られたら追い出されかねない。慌てて厨房を確認するが、奥で作業しているのかその姿は見えない。
客が戻っているというのに、眠ってしまっていて応対していない少女を見られては主人に怒られるかもしれない。そんな考えから少女を起こそうと思うが……。
(どうしよう……触れたら犯罪かな…………)
そう考えた時点で変質者くさい護だが、やはり揺さぶって起こす度胸などない。小さめに声をかけてみるが、幸せそうに眠る少女は一向に目を覚ます気配を見せない。
(むう、こうなれば……、もう魔術しかないな!)
おいよせやめろ。どこかからそんな声が聞こえた気がしたが、ここはスルーだ。
(熱風魔術で寝苦しくさせて起こすか、湧水魔術で驚かせて起こすか……。はたまた風魔術の応用で音を立ててみるか、凍結魔術で首筋に氷をあてるか……。軽い放電魔術でピリッとさせるのもいいかもしれない)
風魔術で音が出せるなら、逆に音を遮断して大きめの声をかければいいのだろうが、護にその発想は浮かばなかったらしい。無駄に悪戯心がしゃしゃり出ている。
不穏な気配を察知したのだろうか。護にとっては不幸なことに――少女にとっては幸いなことに、少女は目を覚ました。
「――……ふわっ。え? ……ぁ、おかえりなさいっ、マモルお兄さん」
この二年で少女とも割りと親しくなっている。マモルお兄さんなどと呼ばれて少女の身の安否が気になるところだが、護にその気はない……今のところは。
「うん、ただいま、カリーナちゃん」
宿の少女――カリーナに普通に挨拶を返す。護は中学生くらいの年齢から同年代にかけてはどうにも気後れしてしまうのだが、それより下なら比較的ましな対応ができる。
これは親戚、という一応身内に入る者達との年越しの時だけの集まりがあるのだが、下手に面識がある分顔を出さないという選択もできず、顔を出し続けていた。
その集まった従兄妹の中で、赤ん坊の頃から知っている十以上も歳の離れた子供たちがいて、彼らは基本、護の兄達に構って攻勢をするのだが、仕事や恋人との付き合いで遅れ、護しかいない時には護に付きまとうように構って攻勢を仕掛けてくる。
逃げ回るわけにもいかずそれなりに相手をしていたら、子供に対してはやや慣れる事ができたというわけだ。
「あはは……。大丈夫です、寝てませんよ?」
口元を手でこすりながら寝てないとアピールするカリーナ。行動に説得力がない。
「それより。今日の依頼はどうでした?」
「ああ、うん……。今日の依頼はダンジョンの地下十階に出るモンスターの素材を持ってきてくれって依頼でね……――」
話す事に慣れていない護のたどたどしい冒険譚を、楽しそうに、羨むようにカリーナは聞いている。
ある日の事だ。依頼から戻り、一人食事をしていた護にカリーナが声をかけてきた。
「あの、マモルさん、ちょっといいですか……?」
「むぐ!? ……んむっ、んんん! ……ぷはっ。えと、何かな?」
なにかまずい事でもしでかしただろうか、追い出されたりしないだろうか。と自らの行動を振り返りながら不安げに聞き返す。
「あ、すみません……。その、マモルさんって冒険者でしたよね。
じつはわたし、冒険者っていうしょくぎょうにあこがれてて、ずっとどんな冒険をしてるのか聞いてみたかったんです。
今までも冒険者のおきゃくさんはたくさんとまっていたんですけど、としの近い冒険者のおきゃくさんはマモルさんがはじめてなんです」
話を聞いてみると、冒険者は気質の荒い者も多く、中々そういった話を切り出す事もできなかったそうだが、ようやく歳の近い冒険者が泊まってくれたので、どんな人間か確かめながら声をかける機会をうかがっていたそうだ。
「それで、もしよかったらひまな時でいいからわたしにどんな冒険をしてきたかおしえてもらえませんかっ」
「んー……と、俺でよければ別にいいんだけど、まだ新人だからそんな大した事はしてないよ? そんなのでいいの?」
「はいっ! かまいません! それに、マモルさんだっていつまでも新人のままってわけじゃないですよね」
「はは……。それはもちろんそうだけどね……」
「ならもんだいありませんっ」
そんなこんなで、カリーナと自身の手が空いている時、護はしてきた冒険の話を、言えないような事は多少省きながらすることになったのだった。
「――そういうわけで、なんとか振り切って帰ってこれたってわけさ」
「へー。裏庭でマモルお兄さんが門番のおじさんと訓練してるの見た事あるけど、あんなに強そうなのに、大変なんですねダンジョンって」
「そうだねぇ、地上の獣と同じ姿でも、何倍も強かった。ってことも割とよくあるからね。油断できないところだよ」
実際のところ、本気を出した護なら地下十階程度に出るモンスターであれば多少の群れであっても鼻歌を歌いながらでもあしらえる。今はラーニャに言われたこともあって、ランクの上昇と共にもっと奥へ進む予定だ。
カリーナとの会話を終え、酒場で食事を受け取った護に、宿の主人が声をかける。
「悪いな、マモル。娘に付き合ってもらって」
「あ、いえ……。手が空いている時なら問題ありませんから……」
「ならいいんだけどな……、ありがとよ。
だがマモル、一つ言っとくぞ。カリーナに手ぇ出してみろ、そん時ゃあただじゃあおかねえからなあ……!!」
「ひぃっ! だ、出しません出しません! ごめんなさい!」
父親から見ても怪しく見えたのだろうか。釘を刺される護だった。
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