転生したらぼっちだった

kryuaga

文字の大きさ
57 / 72
第一章 はじまり

#53

しおりを挟む

 護は万が一にもドレイクの注意を引かぬよう、念のため広場を迂回して冒険者ギルドへと向かった。







 ――閑散としている。

 依頼を受けに来た冒険者達の騒がしい声も、手の空いた受付嬢達が雑談に興じる賑やかな声も、今はまるで聞こえない。代わりに聞こえるのは、遠くから響く重岩殻下等竜ヘヴィロックシェルドレイクの足音だけだ。



(誰もいない……? いや、かすかにだけど人の気配がする)



 崩れた資材や倒れた棚の下、ちょっとした物陰にある死角に、何人かの人の気配を感じ取れた。

 気付いていて見捨てられた、というわけではない。

 誰もが恐慌に陥り、我先にと逃げ出そうとする中、他人の安否を気遣える者などそう多くない。逃げる途中、親しい者が動けなくなっていたら引っ張っていくくらいがせいぜいだろう。

 目に付きにくい場所で倒れていた彼らは、気付かれずに取り残されてしまったのだ。



(ラーニャちゃんはいないみたいだけど……どうする、助けるか?)



 気を失っている者の気配は違いが分かりづらいが、ラーニャは子供かと見紛うほどに小柄で、成人した人族の多く集まる場所なら見つける事は容易い。



 ドレイクは今も冒険者によって徐々に東門の方へと誘導されている。

 北西にあるカズィネアの工房はまだ比較的安全だろうし、カリーナ達ももう避難しているはずだ。行方の分からないラーニャの事は心配だが、ギルドにいないとなるともう避難していると見るしかない。

 となれば、後はカリーナにも言ったとおり、護はドレイクの出来る限り遠くへの誘導に協力するつもりだった。



(とりあえず最優先でやるべきことはやった。放っておいたら死ぬ人もいるかもしれないし、少しくらいなら助ける余裕もあるはず……!)



 人命優先と自らに言い聞かせ、救助を開始する護だったが、その心は揺れていた。



 放っておけば助からない者がいるのは本当だ。ここに来るまでに助けを呼ぶ声を無視した事も心苦しく思っているし、出来る事なら応えたかったとも思っている。

 だが、結局の所それも全て言い訳なのかもしれない。



 ――怖いのだ、あの常軌を逸した化け物が。

 他の冒険者が、領軍がどうにかしてくれるかもしれないと、限りなく低い可能性である事を考えの外に追いやって、少しでも援護に行くまでの時間を引き延ばそうと、護は救助に奔走する。……そのおかげで何人もの人が助けられたのは皮肉だろうか。







 しかし、それもいつまでも続く物ではない。

 護から遅れる事十数分。オークの森へ掃討に向かった冒険者達がファスターの街に戻ってきたのだ。

 何人か減ってはいるが、残った者達はあのドレイクの巨躯を見て尚、ファスターの街に戻ってきたのだ、生半可な覚悟ではないだろう。



 どれだけ先延ばしにしたかったのか、冒険者ギルドのみならず辺り一帯の逃げ遅れた住人を助けていた護は、遠く離れた東門の向こうに姿を現した彼らの気配を捉えていた。



(ああ……やっぱり来ちゃったんだな)



 気を失っている怪我人に回復魔術を施していた護はそっとため息を吐き、ようやく観念して覚悟を決める。

 意識の無い者を放置していくのは少々心配だが、目が覚めるのを待っている時間はもうない。それに、ドレイクの誘導に成功すれば何の問題も無いのだ。



(今も逃げ出したい気持ちは変わらない。でも……いい加減怯え続けるのにも疲れた)



 護は半ば逆恨みのような、八つ当たりするような気分で戦場に向かうのだった。











 ――東門周辺。



 血肉で彩られていたドレイクの通った跡は、逃げる冒険者達に向けて放たれたブレスに巻き込まれ、歪なオブジェの立ち並ぶ灰色の荒地となっていた。

 まだ生きている者もいないわけではなかったが、冒険者達も必死だったのだ。



 西門には人が溢れ、南門へ行っても門は閉じられたままな上、ドレイクが立ちふさがっていた。北は領主の館があるだけで袋小路となっている。となれば後は東へ向かうしかない。門は閉じられたままだが、ドレイクの突撃によって崩された外壁の穴から外へおびき出せるだろう。

 彼らは時折ブレスによって犠牲者を出しながら、ゆっくりとだが外壁の穴に向けてドレイクの誘導を成しえていた。







 また、領軍も何もしていなかったわけではない。

 魔獣の襲撃と思われていた時は一部の部隊を群衆の抑えに向かわせ、残りの部隊は東門に集中して配置し、襲撃に備えていたのだ。



 ――が、そこへドレイクが突っ込んだ。

 直接潰された者も少なくないが、通り過ぎた際の暴風や飛散した瓦礫によって東門周辺に集っていた部隊の七割以上が負傷。

 南門付近にいた部隊は八割以上がブレスに呑まれ、更には周囲の惨状、その光景を作り出した化け物に対する恐怖に捕らわれ、負傷兵を含む多くの兵が逃げ出してしまった。残る兵は領軍全体の二割にも満たないだろう。



 街を放ってはおけないと決死の覚悟で残った兵達だったが、指揮を執る将兵もほとんど残っておらず、当然、部隊を維持する事が出来ずに多くの兵が孤立してしまう。

 国すら滅ぼしかねない大災厄を相手に、集団でこそ真価を発揮する兵達が、今の状態で何が出来るというのだろうか。

 焦る心とは裏腹に、上官の命令に従うよう訓練された頭は、これからどうすればいいのか、そんなことすらも導き出すことが出来ないでいた。その上官ですら逃げ出す状況なのだから仕方ないとも言えるのだが。



 そんな状況の中、一人の衛兵が周囲の者達に呼びかける。



「――っ!ぼけっと突っ立ってる場合じゃねえっ。おいお前ら!冒険者共があのデカブツの注意を引いてる間にまだ残ってる住民と負傷者を逃がすぞ!今手を出しても邪魔になるだけだ!」



 そう言って負傷者の介抱を始めたのは運よく難を逃れたゲートルだった。

 普段は東門の警備をしている事の方が多いのだが、肉祭りの日は警備の兵が増員され、巡回に出される者も多くでてくる。ゲートルは丁度巡回に出ており、ドレイクの蹂躙に巻き込まれずに済んだのだ。



 何も敵を倒す事だけが街を守るという事ではない。そこに住む住民もあってこそ、街が成り立つ。

 周囲にいた兵達はゲートルの声を受けてその事に気付き、ようやく動き出した。

 他の離れた場所でも率先して救助に動く兵が働きかけている。中には自棄になってドレイクへと挑みかかろうとする者もいたが、近付くにつれて大きくなるその威容に、たった一撃すら叩き込む事も出来ずに攻撃の意志を失ってへたり込んでしまう。



 とにもかくにも、この事態を前にして街全体が大きく動き始めた。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...