転生したらぼっちだった

kryuaga

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第一章 はじまり

#54

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「なんてこった、街が……!」



 ファスターとオークの谷との間にある森を抜け、ファスターの街へと近付く[迷宮の薔薇]や[戦場の宴]含む魔獣の掃討に出ていた冒険者達は、崩れた外壁の隙間から覗く悲惨な光景に絶句する。



 ――だが、立ち止まっている暇は無い。その惨状を齎した元凶、重岩殻下等竜ヘヴィロックシェルドレイクは、今も少しずつ彼らの方向へと近付いてきているのだ。

 彼らは頭上を通り過ぎたドレイクの向かう方向に危機感を感じ、急ぎファスターへと戻ってきたものの、特に対策が立てられたわけではない。



 それもそのはず、彼らがドレイクと邂逅したのはほんの僅かな時間だ。遠目に見て巨大だという事は分かったが、逃げる事に必死で、通り過ぎる際にはほとんどの者がドレイクの姿を確認する余裕など無かった。

 おそらく岩石系の魔獣であろう事は分かるものの、あれほどの巨躯を持つ魔獣に関する知識を持っている冒険者は彼らの中におらず、そもそもドレイクに関する知識を持っている者もほとんどいなかった。

 その知識にあるドレイクは大きいもので全長40m、とあるのだが、今回は確実にその数倍ある巨体が相手なのだ、そのほとんどが意味をなさない。



「おい、どうする? どうやら街にいた冒険者がこっちに誘導してるみたいだが」



「迎え撃てるならそれが一番なんだろうが……倒せると思うか?」



 束の間、一同は歩を進めるたびに地を揺らすドレイクの威容を眺める。



 まるで山が動いているかのように錯覚してしまいそうになるが、実質的にはその程度で済まない。

 成長の過程で口にした岩石や鉱石が体内で精製され、自然に存在する岩壁などとは比べ物にならないほどの密度で生成された外殻は、更にドレイクの持つ大量の魔力によって頑強さを増し、無骨な岩の外観でありながらも鋼にも勝る強度となっている。

 その鋼にも勝る外殻で全身を鎧うドレイクは、大規模魔術であれば吹き飛ばす事も可能な山などではなく、大規模魔術であっても表面を削ることすら困難な、難攻不落の移動要塞と言えるだろう。



「厳しいだろうな……。

 ただでさえ頑丈な岩石系の魔獣があのデカさだ、奴ら自慢の外殻も相当分厚くなってるはず。ちょっとやそっとの攻撃じゃあダメージを与える事も難しいだろうぜ」



「なら逃げるか? 見た所奴の足は遅い。分散して逃げに徹すればほぼ確実に撒けると思うが……」



 その言葉に一同は顔を見合わせるが、誰一人として逃げようとはしない。

 そもそも、逃げる気がある者達とはオークの谷を出た時点で既に別れている。依頼を放棄しての逃走ならともかく、冒険者にとってそれは責められる事ではない。

 勝算の無い命懸けのただ働きなど、回避して当然だろう。



 だが、残った者達はみな、ファスターに家族がいるのだ。

 多くの住民が逃げ出した今となっては安否を確かめる術は無いのだが、まだ近くにいる可能性はある。

 ――となれば、家族に危害を加えかねないこの怪物を、ここで野放しにしておくわけにはいかない。



「出来る限り街から引き離して時間を稼ごう。領軍は逃げちまったみたいだが、領主が生きてりゃ王都に伝令を走らせてるはずだ。

 救援が来るまでに数日はかかるだろうが、何も国軍が来るまで足止めする必要は無い。住民が街から離れられる時間をある程度稼いだら、その時逃げりゃあいい」



 一同の中から異論は出なかった。

 全力で討伐に当たったとしてもそれをなしうる可能性は限りなく低く、また、魔力を使い果たした者は動きを鈍らせ、ブレスの餌食になってしまうだろう。

 彼らに命を落とす気などさらさら無い。足止めですらリスクが高い事は分かっているが、それでも討伐などよりよほど現実的であるし、やらなければ大切な家族に危害が及びかねない。



 それに、もし仮にそれ以上の良案があったとしても、もはや話し合っている余裕は無かった。

 街にいた冒険者に誘い出されたドレイクはついに外壁を越え、遠目にも見えていたブレスの射程を考えれば、もう目と鼻の先と言っていい距離にまで来ている。







 距離を離しすぎないよう、ある程度散開して住居を盾にブレスをしのいでいた街側の冒険者達だったが、遮蔽物の無い草原に出た事で一気に危険度が増大する。

 

 外壁を越えて尚、自身らを追ってきている事を確認した彼らは、少しでもブレスの威力が減衰されるように出来る限り距離を取り、ブレスに備えて攻魔術師と支援術師が協力して風の結界を形成する。



 次の瞬間、それを待っていたかのように灰色の吐息ブレスが彼らを襲った。



「――っ!!」



 猛烈な勢いで吹き荒ぶ灰色の轟風は触れる物全てを侵食し、鮮やかな緑溢れる草原を、灰色の石棘が立ち並ぶ茨道へと塗り替えていく。



 全てが石となって時を止めた草原の一点で、彼らは今も尚、必死の抵抗を続けていた。

 魔術師達の張る風の結界はギリギリの所でブレスの侵入を阻み、時折かすかに滲み入るそれを、戦士達が低レベルの魔術や布を盾にして対処する。

 大気を満たす魔力を使って発動させた魔術では到底凌ぎきれる状況ではない。

 魔術師達は自身らの蓄えた魔力を惜しげもなく注ぎ込み、全力で風の結界を維持し続けた。



 どれほどの時間が経っただろうか。

 彼らにとっては数秒とも、数十分とも感じられた苦難の時が過ぎ去った頃には、魔術師達の保有魔力は五割を切っていた。



 これにより彼らも理解しただろうが、遮蔽物が無いからと距離をとってブレスに備えるのは下策と言わざるを得ない。

 仮に次のブレスに耐えられたとしても、その時には魔術師達の魔力は一割も残っていないだろう。そうなれば一般人以下の運動能力になってしまった魔術師を抱える事になる彼らは、逃げる事すら難しくなってしまう。

 かといってブレスの射程外まで離れてしまっては、諦めて街へと引き返す恐れがある。



 となれば、



「――常に近距離で張り付きながら後退。なんて、この化け物相手じゃいつ死んでもおかしくないわよね」



「とは言っても、距離を取ればいずれブレスを防ぎきれなくなっておしまいさ。街にいた連中を見捨てて逃げるならともかく、こいつを遠くへ引き離した上で生き残ろうってんなら悪くない対応だと思うよ。幸い歩行時のこいつの動きはかなり遅いみたいだからね」



 ブレスを吐き終わったドレイクの足元、ぼやきつつも周囲の魔力を集めて攻撃の体勢を取るレーナとクシー、そしてイーシャの姿があった。

 風の結界によってブレスに耐えようとする彼らを見た掃討組の冒険者達は、その様子からジリ貧になる事を察して即座に方針を固め、気づかれないよう速やかにブレスの範囲外から距離を詰めていたのだ。



 成果を確かめるように獲物のいる位置を睨んでいたドレイクの横面に、それぞれの攻魔術師が出来る最大級の大規模魔術が次々と放たれた。

 燃え盛る灼熱の炎蛇が、荒れ狂う螺旋の風槍が、凍て付く鋭き氷刃が、瞬く紫電の大槌が、その必殺の威力をもってドレイクの命を刈り取ろうと殺到し、着弾とともに激しく大気を震わせる。



 半ば予想されていた事だが、放つことが出来ればDオーガであろうと確実に仕留めうる、渾身の威力が込められた大規模魔術ですら、外殻の表面を浅く削るに留まっていた。

 逆に言えば、特に固い頭部の外殻を浅くであっても削れているという事なのだが、魔術師達の内包する魔力を大幅に使ってそれなのだ。

 値の張る魔力水を大量に所持しているならともかく、魔力量に限りがある以上、到底削りきる事は出来ない。



 表情に落胆の色を滲ませながらも、予想されていた結果に魔術師達の動揺は少ない。

 初撃で一定以上の成果が上げられなかった事で、彼らは予め決めておいた予定通り、注意を引くための見栄えや音ばかりが派手な魔術を使いながら、幾人かの戦士達に担がれて後退を始めた。

 残りの者達は機動力を奪おうと、側面から脚部への攻撃を開始する。

 未だ街から離れていないものの、住居よりも太い鋼の塊のような四肢はそう簡単に破壊出来るものでもない。

 もし破壊出来たとしても相当遠くまで離れた頃だろう。と予想され、今のうちから少しでも削るべく配置されたのだ。



「惹きつけ役の攻撃が始まったわ。二人とも、私達もやるわよ! ――『爆砕』っ!」



「ええっ。……『破砕衝』!」「りょーかい。『風塵纏舞』」



 それぞれの脚部に配された戦士達の魔闘技によって、僅かに脚部の外殻が削られるものの、ドレイクは何の痛痒も感じていないのだろう、派手な魔術にばかり気をとられて、彼らに気づいた様子を見せない。



「滅茶苦茶硬いけど、時間をかければなんとかなりそうね」



「……その前に武器が駄目にならないといいんだけど」



 ――彼女達の苦難は、まだ始まったばかりだ。



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