無能無才な一般人の異世界生活

kryuaga

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十八話

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 赤。

 皇帝の首から噴水のように噴き出す赤い血。

 なんの魔法もかかっていない。また特殊なスキルも持たない鉄の短剣。皇帝にとっては爪楊枝にも等しい無力な武器であった。

 だが、届いた。明弘がそれを皇帝に死を与える武器として届かせた。



「ぜぇ…はあ、はあ……疲れたなあ…。ああ……もう、腹が痛い……」



 明弘の呟きに答えるように、血の海に倒れる皇帝の体。同時に、猛威を振るっていた地面の赤い魔法陣と空中の白い魔法陣が消失し、場違いな静寂がその場に落ちる。通りの先から響く悲鳴や戦闘音が、別の世界の出来事のように遠く聞こえる。



「…勝った?」「勇者様が…」「アキヒロ様!!」「勝った!」「魔道皇帝を倒した!?」「本当に?」「やったああ!!」「勇者様万歳!!」「戦いが終わるぞ!?」



 血を流し過ぎてボーっとする意識の中で、耳に届く生き残った兵士や民衆の声が心地いい。

 このまま目を瞑ったら、気持ち良く逝けそうだなあ…なんて事を冗談半分で考えながら、静か過ぎる皇帝の手下達に視線を向ける。

 黒ローブは誰1人動こうとしない。頭が殺られて呆然としている―――訳ではない。全員警戒を解いている様子はなく、いつでも戦闘行動に移れる体勢のままだ。顔に悲壮感も憤怒も見えず、ただ単純に皇帝の命令通りに待機しているだけに見える。



「皆、アキヒロ様が皇帝を討ったとて気を緩めるな! 残党を―――…」



 兵士の中でも階級が1つ上の、守備隊の隊長が浮かれる兵士達に命令を出そうとした瞬間、異変は起こった。

 うつ伏せで倒れていた皇帝の背中から、何かが服とマントを押し上げて外に出ようとしている。

 まもなく、布地を紙のように破ってそれがズルリと空中に浮かぶ。

 野球ボール程の大きさの黒い石。

 明弘はそれが何なのか知っていた。ルディエの外を巡回していた時に何度か魔物と交戦して、それを目にしていたから。



「……魔石?」



 魔物の核となる魔素の結晶体。冒険者ギルドで無害化させる事で、この世界の石炭とも呼べる燃料物質になる石。

 皇帝から出て来た魔石は、見たところまだ無害化されておらず、時間経過で再び魔物化してしまう物だ。

 明弘に分かったのはここまで。どうして、その魔石が皇帝の体から出て来たのかが全く理解できない。



『肉の器を失うとは、流石に勇者の力を低く見過ぎたか。いや、敗因は私自身の油断だな』



 黒ローブ達を除く、その場に居た全員が凍りつく。

 その場に響いたその―――皇帝の声に。

 魔石の周囲の空間が歪み、その歪みの中から丸太のような巨大な腕が伸びてくる。ただ、その腕は黒い霧のようなモヤを纏っていて形が安定しない。

 巨大な腕はガッシと歪んだ空間を掴み、残りの部位を歪みの先から引きずり出す。

 その姿はまるで、胎児が母親の腹から這い出るような神々しさと、悪魔の召喚されたような禍々しさの混ざり合った妙な美しさがあった。



「ふむ。魔素体はやはり動きやすくて良い。肉の器なぞ、制限にしかならんからな」



 そう言って静かに笑う姿は、まさしく皇帝のそれ。

 3m近い巨大な体。魔物特有の全身に纏う真っ黒なモヤ。頭の部分には特に濃いモヤが包み、爛々と光る獣のような目だけがその部分が顔だと教えてくれる。



「……はあ、はぁ…まさかですけど、魔道皇帝さんですか…?」

「まさか、ではなく私はアデス=ジンエグリースだよ。このような人外の姿では分からないかも知れんがな」



 黒い巨体が、地面に横たわっている皇帝…自身の肉の体からマントを剥ぎ取り、人外となったその右腕を覆うように羽織る。



「さて、では戦いの再開と行こうか?」



 ズシズシッと重苦しい足音を立てながら落ちていたブレイブソードに近付くと、爪先で弾いて明弘の目の前まで転がす。



「取れ……と言いたいところだが、もう限界か?」

(見下した言い方が腹立つなあ…)



 実際見下されてもしょうがない有様なのは明弘自身も理解しているが、それをあからさまに態度と言動に出されるとやはり怒りが込み上げてくる。その気持ちのままに、ブレイブソードを手に取る。

 が、剣が重い。いや、体に力が入らない。

 それでも何とか立ち上がろうと試みる。

 視界がグラグラ揺れる。聞こえる音が遠い。ちゃんと立っている確信が持てない。足が…全身が小刻みに震え、集中していないとただ立っている事もままならない。

 喉の奥から込み上げて来た物を我慢できずに吐きだす。

――― 真っ赤な血だった。



(内臓どっかやられたか…って、短剣ぶっ刺されてたんだから当たり前か…)



 腹の傷の方も、短剣を抜いて蓋が無くなったせいか、自分でヒくぐらい血が出ている。

 腹と肩の痛みも酷いものだが、それ以上に明弘を苦しめているのは寒気だった。いよいよ死が近いと感じつつも、ありったけの力を総動員して剣を構える。

 明弘に…勇者に退く選択肢はない。



(ゲームじゃラスボスが二段階変身とか良く有るけど、実際やられると絶望感ぱねえな)

「そんな体で良く立った、と褒めるべきかな? その生命力だけは驚嘆に値するよ」



 パチパチと異形となった皇帝の手が称賛を贈る。



「しかし、立っているのがやっとか。であるならば、良く戦った貴様への慈悲だ―――…」



 拍手が止まり、皇帝の指がスッと明弘の後ろを指さすと、その先をその場に居た人間の無数の目が追う。

 裏路地から出て来た1人の少女が居た。



「……イ…リスさん…?」

「勇者様?」



 赤茶の混じった金髪のショートカット。

 紛れもなく、イリスだった。

 行く当てもなく飛び出し、裏路地をウロウロと彷徨ってこのタイミングでこの場に出てしまったのだが、それは明弘の知るところではない。



「―――勇者らしい終わりをくれてやる。【ソードリアクト】」



 地面に落ちていた、死んだ兵士達の剣と短剣がフワリと浮き上がり剣先が真っ直ぐに明弘に向く。その数12。遠隔操作で同時に全てを操れるのなら、12人の敵を相手にするに等しい。

 ブレイブソードならば当てるだけで対象にかかっている魔法を打ち消せるが、今の死ぬ一歩手前のコンディションで、その性能をどこまで活かせるかは賭けにしても分が悪過ぎる。



「避けると後ろの女が死ぬぞ?」



 言いながら、炎のように黒いモヤを立ち昇らせる手を明弘に向けて振る。

 空中で静止していた剣が、撃ちだされたように明弘とその延長線上にいるイリスに殺到する。

 変則的な動きをする物は1本もない。あくまで一直線に突っ込んでくるだけの剣の雨。

 明弘に退路は無い。元々するつもりはなかったが、ここに至ってもう1つ条件が追加される。この剣の雨を後ろに1本も通す事は出来ない。明弘を通過した剣は容赦なく後ろのイリスに襲いかかる事は明らかだ。



(イリスさんは…良太君の知人だしね……)



 先程自分と同じ異世界人から叩き付けられた言葉が心の中で何度も再生される。そして…いや、だから何がなんでもイリスを護らなければ、と決意を固める。

 1本目の剣は真正面、腰の高さ。剣を振る力は明弘に残って居ない。だから剣は振らずただ真っ直ぐ向かってくる剣の線上にブレイブソードを構えて当てる。

 成功。

 皇帝の魔法から解放された剣がクルクルと空中で回転しながら地面に落ちる。

 が、明弘の体も崩れかかる。

 体重移動と、剣同士の衝突の衝撃に体が耐えられない。

 そこへ無慈悲に迫る2本目。左胸を狙ってくるそれを、なけなしの力でブレイブソードを動かして体に届く前に当てる。

―――同時に、3本目の剣が明弘の左肩を深々と貫く。



「――――ッッっ!?」



 悲鳴を上げる余裕はなく、4本目が右腿に突き刺さる。

 体が倒れ―――、



(ダメだ!? 堪えろ、倒れるな!!)



 意思に反して地面に引き寄せられる体。

 手から零れ落ちるブレイブソード。

 時間が止まったような錯覚。

 頭の中で、ここではない世界の思い出が再生されて、何だか分からないが明弘は涙を流した。

 そして獣が獲物の肉を喰らわんとするように、残った8本の刃が明弘の体を刺し貫いた―――…。



「あ、あぁ…勇者様? ゆ…勇者さまあああああっ!?」

「明弘さんッ!!!!!!」



 遠くから走って来た銀色の髪の少年と、勇者に護られた少女の勇者を呼ぶ声が皇帝の笑い声と共に辺りに響いた。



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