無能無才な一般人の異世界生活

kryuaga

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十九話

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 イリスを探し始めてどれくらい経っただろうか?

 10分か15分…いや、もっとかな? 気持ちが焦っているせいか自分の体内時計に自信が持てない。

 とりあえず宿屋に行ってみたが帰ってきた様子はなかった。俺の落ちた穴のある南門の方にも行ってみたが、すでに門は突破されて黒ローブ達と兵士達の戦闘が激しくて近付く事が出来なかった。まあ、俺が避けて通るって事は、イリスも同じように避けてるだろうし、多分南側には居ないだろう。

 そこで、騎士風の青っぽい鎧の連中が、城への避難を呼び掛けているのを耳にして、イリスもそっちに行ったんじゃないかと駆け出し、その道中に東門に続く大通りの先にでかくて黒い巨人が見えて足を止めた。

 魔物?

 黒いローブ共が噂の魔道皇帝の手下だとすると、あの黒い巨人型の魔物もそうなのか? それとも戦場に迷い込んだだけの迷子か?

 後者だったら相当間抜けだな…その上空気が読めてない。と言うか、超怖い! 絶対近付きたくないし、お近づきにもなりたくない!

 それなのに、その魔物の前にあの人が居た。

 ボロボロの体。全身を血で真っ赤に染めて、立つのもやっとのその姿。

 明弘……さん。

 俺の死ぬ直接的な原因となったトラックを運転していた人。

 ……落ち付け俺。だからって、あの人が俺を轢いたんじゃない。

 クソッ、分かってる! 分かってるけど……それを納得して呑み込む事がどうしてもできない。あの人への怒りを自分の中で消化出来ず、直接ぶつけてやりたい衝動に駆られる。思いつく限りの罵詈雑言を叩きつけて「人殺し!」と言って……。

 ああッ、もう! そんな事考えてる場合じゃねえだろうが…! 今はイリスを―――…あれ? 明弘さんの後ろに居るの…イリスじゃねえか?

 やっぱり、間違いねえ!? 何してんだあんな所で!!

 慌てて走り出す。

 巨大な魔物と明弘さんが睨みあってる場所に近付くのは正直恐いが、そんな事言ってる場合じゃねえだろうよ! 戦闘始まったら巻き込まれるぞ、あの位置!!

 なんとかダッシュで近付いて、戦闘が始まる前にサッとイリスを回収して安全に逃げる…ってのがベスト。

 だが、無慈悲にも俺が辿り着く前に場が動く。

 黒い巨人が何かしたのか、辺りに散らばっていた剣が空中に浮かび上がる。

 マズイッ!? 遠過ぎて間に合わねえ!

 何か、何か、あの魔物の動きを止める方法はないか―――ああ、くそっ! なんも思いつかねえ!! なんでこういう時に天才的なひらめきとか降りてこねえかなあ、ちきしょう!!

 自分のあまりの平凡さと無才っぷりを恨めしく思っていると、魔物が何やら手を振ったように見えた。

 次の瞬間―――浮かんでいた剣が弾丸のように撃ちだされて明弘さんを…その先に居るイリスに襲いかかる。

 明弘さんが重い動きで1本目を捌く、2本目を落としたと同時に3本目がその体を貫く。

 これだけ離れた所から見ていても分かった。

 今のは間違いなく致命傷だ、と。



「あ……きひろ、さん…!」



 空気が肺から逃げるように出て行こうとする、足がもつれる。転びかけて足が止まる。

 その間に糸が切れたように地面に崩れていく明弘さんの体。

 死体にカラスが群がるように、その体を残った剣が貫く。

 腕を、足を、腹を。



「あ、あぁ…勇者様? ゆ…勇者さまあああああっ!?」

「明弘さんッ!!!!!!」



 イリスの泣くような声と同時に、俺はありったけの叫び声でその名前を呼ぶ。

 止まっていた足が勝手に動いて走り出す。

 嘘だ、ウソだろ!? こんな…なんで!? なんでだよッ!?

 勇者だから? 異世界人だから? それとも、俺があの人を恨んだからか?

 俺があの人にぶつけた悪意が、あの人に死を運んで来たのか?

 ああ、クソ、違う! 俺は、あの人に死んでほしかったんじゃない! こんな結果を望んでたんじゃない!!



「明弘さんっ!!」



 ようやくその場に辿り着くと、転がるように地面に倒れた明弘さんの体に近付く。

 周りの皆は、凍りついたように動かない。黒ローブ達は何故か感情も見せずに待機状態のまま動かないし、兵士と逃げ遅れた街の人達は、勇者がやられた事実が受け止められずに青ざめた表情のままその場で動かない。

 その場で唯一、遅れて来た俺だけが動いていた。

 ……いや、もう一人…。



「弱き者を護る為に死に、護った者に看取られて死ぬ。実に勇者らしい最後だろう?」



 黒いモヤを纏った人型の魔物が重苦しい足音を立てながら近付いて来る。



「ふむ…まだ事切れていないか。フッ、そのしぶとさだけは勇者の肩書に恥じないな? だが、起きられても興醒めだ【アンチヒール】」



 魔物の指先に黒い魔法陣が浮かび、それと同じ色の光が明弘さんの体を包む。

 これ以上、手を出すつもりかよ!? ふざけんなよコイツッ!!!



「そう睨むな小僧。治療効果の魔法や薬を無効にする魔法をかけただけだ。とどめを刺しても良いが…勇者らしい終わりをやると言ってしまったからな。残りの時間でせいぜい感動的な言葉でも残しておけ」



 俺と明弘さんに興味が無くなったのか、魔物はそのまま街の中央部に向けて歩き出す。



「目につく人間は皆殺しにしろ。勇者への情けだ、そこのガキ2人に最後を看取らせてやれ。勇者が死んだらガキは殺して、勇者は灰にしろ」

「「「「はっ」」」」



 一斉に黒ローブ達が動きだす。

 ショックから立ち直っていない兵士達の反応が遅い。次々に放たれた魔法で焼いたり斬られたり、潰されたり。

 街の人間はもっと酷い。絶望から完全に死を受け入れて抵抗する素振りもなく、殺されていく。

 俺は、それを遠い世界の出来事のように見ていた。

 遠い……ここは何て俺の日常から遠い世界なんだろう……。



「ぁ……ぐ…ブァ……」



 吐き出される大量の血。

 ハッと我に返る。明弘さん!? まだ息がある!?



「明弘さん!!」

「………りょ……う…た………くん…?」



 目が開いているのに焦点が俺にあってない。もう…目が見えてない……?



「すこ…し………う、そを……つ…きました」

「いいから! もう喋らないで下さい! きっと助かりますから!!」



 気休めも良いところだ。

 この状態から、どう助かるんだよ? 回復の魔法も薬も効かないくて、何よりこの状況からどう逃げるんだよ……口先ばっかりで何も出来ねえじゃねえかッ!!



「……ほんと…う…は………しってた……んで、す」

「…え?」



 なんの話だ?



「………こえが…きこえて…………じ…こ…を……おこ…して………は…んどる、を…きった……」



 これ事故の時の話だよな…?



「………その………さ、きに………こう…こう……せいの…かっぷ…る………がいた……あれ、が………きみ…だった…………のか……」

「明弘さん…?」

「ずっと…………こわ…く、て………ころし…て……しま……た…ん…じゃ…ない…かって…………」



 光の灯らない瞳から一滴の涙が零れて、それきりその口が、体が動く事はもうなかった…。



「明弘さん?」



 答えは返ってこない。



「明弘さん?」



 何も言わない。



「明弘さん?」



 だって、もうこの人は死んでしまったから。

 ああ、そうか、もう動かないんだ。

 俺を轢いたトラックの運転手は、異世界の片隅で死んだんだ―――



「あああああああああああぁぁぁっぁぁぁッ!!!!!!」



 分からない。

 自分でも分からないが俺は叫んだ。

 ありったけの声で、ありったけの怒りと、悲しみと込めて叫ぶ。

 悲しんでる? そうだ、俺は今悲しいんだ。

 どうして? 決まってる、明弘さんが死んだからだ!

 この人は、俺が死ぬ原因を作った男なのに?

 ………。

 ……ああ、そうだ! 俺は、明弘さんが死んで悲しいんだ!! どこにでもいる平凡で、優しいただのトラック運転手が…精一杯の虚勢で勇者を演じるこの人がもう居なくなってしまった事が悲しいんだよ!!

 俺が自分の死に受け入れがたい怒りをずっと持っていたように、この人も俺を殺したかもしれない罪の意識をずっと抱えて来てたんだ。

 ふと、いつか明弘さんが口にしていた、「神様の与えた罰」って言葉を思い出した。勇者をする事が神様の罰ってどういう事かとあの時は思ったけど…。俺を殺してしまった事への罪の意識……いや、罪滅ぼしの強い意識があそこまで勇者という役割にこの人を駆り立てていたのか。



『…………』



「勇者は死んだか?」

「ライフサーチでも反応しない。間違いなく死んでいる」

「では、皇帝の命を実行するぞ」



 俺と明弘さんに向けられる黒ローブ達の手。その手に赤い魔法陣が浮かび上がる。



「や、やめて!!」



 俺達を庇うように間に走って来たイリスが両手を広げて立ち塞がる。

 ……俺の事あんなに怒ってたのに、それでも庇ってくれるんだな? お前は本当に優しい奴だよ、知ってたけど。うん…知ってたよ。毎日毎日、飽きもせず世話を焼いてくれて、何も知らない俺の面倒を見てくれてたもんな。

 でも、ゴメンな。まだ、お前にロイド君を返してやれないんだ。その方法を探しに行く為にも、この場を何とかしないとな。

 ゆっくり立ち上がる。

 大丈夫、やり方はもう知ってる…いや、分かる。



「危ないから下がってろ」



 イリスの手を引いて後ろに下げ、代わりに前に歩き出す。



「ロイド!!」

「……」



 俺がロイド君じゃないのは知ってるのに、咄嗟だから呼んじまったのか。

 でも、悪いな。



「俺はロイドじゃないよ」

「…ッ……!?」



 そうだ、俺はロイド君じゃない。

 だから、今からする事は赤の他人のする事で、彼とは全く関係ない事だ。



「下がれガキ! 殺すぞ!」



 黒ローブの1人が脅かすように魔法陣を浮かび上がらせた手を振る。周りの連中がニヤニヤと笑うのが気に喰わない。



「窮鼠猫を噛む、って言葉を知ってるか?」

「はぁ? 黙れ」

「追い詰められた鼠は猫にだって噛みつくって意味なんだが……」

「黙れと言っている!」

「構わん、全員魔法を放て!!」

「「「「【フレイムボルト】」」」」



 放たれた20の炎の礫。1つ1つはサッカーボール程の大きさだが、全部食らったら火達磨になるのは逃れられない。

 俺は足を止めずにゆっくり歩く。後ろでイリスが「逃げて!」と叫ぶ声が聞こえたが、ここで俺が逃げるとお前と明弘さんが燃えちまうだろ。

 それに大丈夫だ、俺は。

 だって―――



『求メル力ヲ思イ描ケ』



 俺には、≪赤≫がついてる。

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