無能無才な一般人の異世界生活

kryuaga

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二十九話

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「はぁ…はぁ……」



 息を整えながら、油断無く様子を窺う。

 脳天から首にかけてを貫通させたのだから、自己再生を失っている今の皇帝は確実に死んでいる、と確信に近い物は感じている……が、それでも目の前にその体が空中に四散せずに存在している以上、まだ動く可能性は十分にある。



「ぐっぐっぐ」



 擦れた声。



「まだしぶとく生きてんのかよ。テメエも大概な生命力だな」

「ぞう…言うな…。もうずぐ……消える…」



 言葉の通りに、体を構成していた魔素が空気中に散り始めて、全身像があやふやになっていく。



「……教えでやる…」

「ぁん?」

「…その力を……持づ…お前は……ごれがら……奴等に…狙われる………精々…気を…づけろ…」

「そうかい。忠告をくれるなんて、最後の最後で善い人アピールでもしてんのか?」

「ぐっぐっぐ…違うな……お前は…戦いの……中心に…立つ……近しい者も…大切な…者も……何もがも…巻ぎ込んで………グブ、ブブブ…ごれは忠告ではない……貴様に残ず……」



 消えかけた獣のような目が俺を見る。



「……呪いだ……」



 風船から空気が抜けるように、魔素が一気に飛び散り、そこには野球ボール大の魔石だけが残っていた。

 王都ルディエを襲い、アステリア王国を苦しめ続けた皇帝を名乗る男は、この世界の人間ですらない異世界人の俺に看取られて、地下の暗闇と冷えた空気に抱かれて死んだ。



「ふぅ……」



 ……終わったな。

 皇帝の体を形作っていた魔石を拾う。微かな熱を帯びていて、内側で脈打つように光が明滅を繰り返す。まるで本物の心臓のようだ。このまま地面に叩きつけて割ってやろうか?

 ……いや、止めておこう。これ以上は死体蹴りだな。

 俺が……俺達が勝って、皇帝は死んだ。コイツとの話はそれで終わりだ。

 にしても、「奴等」ね。魔神の力を…俺の中の赤を狙う連中が、皇帝以外にも居るって事か。



『肉体限界ノ為【赤ノ刻印】ヲ解除スル』



 体中に灯っていた赤い紋様が溶ける様に消える。同時に襲ってくる凄まじい虚脱感。

 ヤバい―――意…し……き………が……落ち……………。





*  *  *





 目の前に、男の子が立っていた。

 銀色の髪に幼い顔立ち。

 ああ、良く知ってる。俺であり、俺じゃない顔。



 一応改めて、初めましてロイド君。



――― はい、初めまして。リョウタさん…? で良いですか?



 ああ、それでいいよ。



――― まずは戦って下さってありがとうございました。それと、コチラのイザコザに巻き込んでしまってゴメンなさい



 それは別に。俺が自分で選んで勝手にやった事だし、むしろ君の体を危険に晒して、コッチこそゴメンなさいだ。



――― 良いんです。貴方が戦わなかったら、きっとルディエも皆もイリスも、全部きっとなくなっていた。だから本当にありがとうございます



 いや、だからいいって。ロイド君だって、あの場に居たら戦おうとしただろ?



――― 僕には多分、無理です……。僕は臆病者だから…。でも、だからこそ、僕には貴方に託す事しかできない



 どう言う意味?



――― “世界の道標”……その意味を貴方に託します



 え? 何? そんな意味深な事言われても困るんだけど…?



――― それと、お願いが



 人の話聞こうぜロイド君。



――― イリスに「大丈夫だから心配しないで」と伝えて下さい



 ああ、君…結構マイペースな人なんだな。うん、分かった、ちゃんと伝えるよ。



――― 最後に。僕は貴方の来訪を歓迎します、異世界からの迷い人。ようこそ、僕達の世界へ



 ありがとう。もう暫くは君の体の中でやっかいになるけど、よろしく頼むよ。





*  *  *





 目を覚ますと、冷たい地面に横たわっていた。

 頭がボンヤリするが、気分がスッキリしている。体は痛―――くない? あれ? なんか、全快してる感じじゃない? 服も…結構破れたり汚れたりしてた筈だけど、着た時と同じ状態だ。

 これ、前もあったな。俺が始めてこの地下に落とされた時、死んだと思ったら生きてて、服も元通りになってて。

 あっ、分かったスキルだ!

 スキル【回帰】。肉体や服、装飾品をあるべき状態に戻す能力。

 ちょー便利じゃん! とか思ったら大間違い。スキルに発動条件が設定されてるようなのだが、それが肉体から意識が離れている事…平たく言えば寝るか気絶しないと発動出来ないらしい。戦闘中には絶対使えないなこのスキル。

 でも、このスキルのお陰でこうして生きてるんだからバカに出来ないな…。いや、ちょっと待て! あの時、俺はこのスキル持ってなかったぞ、どうして? あっ、もしかしてロイド君か? このスキル開放させたのもロイド君だし…ってか、そもそもの話として≪赤≫の力が肉体に付与されたものだってんなら、その第一の所有権は誰に行くか? 決まっているロイド君だ。刻印使える様にしてくれたのもロイド君だし。気付かないうちに、助けられてたんだなあ。まあ、ロイド君にしてみれば、自分の命が危ないからやっただけかもしれんけど…どっちにしても、ありがとさん。



「さーて、どう脱出するかね? アンチポータル消えててくれんなら、転移で飛べるけど。とりあえず試してみるか?」



 おっと、その前にブレイブソード回収しておかないと。柄の方は簡単に見つかったけど刀身の方はどこだ? 少し歩いて探してみるか。

 ふと上を見上げる。

 光が遠い。

 あまりにも遠過ぎるその光に、無意識に手を伸ばしていた自分に気付く。

 何してんだ俺? と思ったら、視界が滲んで涙が零れた。

 瞬間、濁流のように色んな感情が心の奥底から溢れだしてきた。

 いっぱい人を殺した。いっぱい人を焼いた。人が死ぬのを見て、人が殺されるのを見て。ああ、なんだここは。

 ここは俺の居た日常からこんなに遠い所なんだと、そう思ってしまった。



「…………俺、こんな所で何してんだろ…?」



 さっきまでの戦いの緊張が緩んだせいだろうか? 突然、頭の中に元の世界の思い出が浮き上がって来て…いや、違う…本当はずっと思い出してた。けど、見ないふりして気付かないふりして過ごして来た。

 涙が止まらない。ずっと我慢してて、誰にも言えなかった俺の心にずっと溜まり続けたその想いを俺は口にせずには居られなかった。



「帰りてえ…元の世界に帰りてえよ…!」



 叶う事のないその想いを何度も何度も口にする。

 結局のところ、どんなに強いチートを持っても俺は俺のままで、一般人の阿久津良太のままで……結局俺は、バカみたいに泣く子供だった。



 …………



 ……………



 ………………



 どれくらい泣いていただろう。こんなに大泣きするのなんていつ以来か。泣くのはストレス解消に良いって聞くけど、確かに何か色々スッキリしたかも。…あんな姿、人に見られたら死にたくなるかもしれんけど……。

 両手で頬を叩く。

 気持ち切り替えろ! どれだけ現実味がなかろうが、今はこの世界が俺にとっての現実なんだ。

 改めてブレイブソードの片割れを探す。

 お、あった。………にしても、ひっでえ折られ方したなあ…ゴメンな、俺が不甲斐ないばっかりにさ。

 さて、上の状況も気になるし、ちっと急ぐか。俺が寝こけてた間にどれだけ時間経過したかも分からないし、前みたいに日付跨いでないと良いんだが。





*  *  *





 転移は問題なく実行できた。

 出た場所は、前の時の住宅街から区画1つ離れた似たような所。

 街を囲んでいた光が消えてる。騒ぎは―――治まってる…? 未だあちこちで煙が上がっているところを見ると、あんまり時間は経過してないな。

 確認を済ませると速やかに移動を開始。走りながら街中に潜んでいるかもしれない黒ローブを熱感知で探してみるが、それらしい奴は居ないか。

 警戒したまま東門の前に到着。人っ子一人居ない、ここだけ本当に時間が止まってるみたいだ。



「明弘さん…」



 明弘さんの遺体。戻ってきたら、ヒョッコリ起き上がってるんじゃないかと淡い期待をしていたけど、そんな奇跡は無い。

 血だらけ傷だらけの、文字通り命懸けで戦い散った勇者の姿。



「終わりましたよ」



 俺の報告はこの一言で全部だ。



「行きましょう」



 冷たくなったその体を背負う。人としての重さがあるのに、人としての体温がない。精巧な人形でも背中に乗っけた気分だ。

 歩き出そうとして、少し離れた所で倒れている死体に気付く。首に短剣が深々と刺さった身なりの良い男の死体。見開かれたその獣のような目には見覚えがある。そうか、コイツが皇帝の本体か。

 死体蹴りの趣味はないから特に何もしないが、一言だけ言わせて貰う。



「じゃあな、クソッたれ」

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