無能無才な一般人の異世界生活

kryuaga

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五十六話

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 ピンク髪から表情が消えた。

 会ってはならない相手にエンカウントしてしまった。そう言う顔だ。

 女の反応とは対照的に、魔物達の動きは止まらない。

 音の速度で動く骨の馬に跨り、黒い鎧が瞬時に仮面の女の前に現れる。そして女の心臓を狙って突き出されたスピア。

 早過ぎて、俺だったら対応出来ない。が、仮面の女は眼前の虫でも相手にするようにスピアの先端を軽々と掴む。即座にスピアを横に引いて鎧の体勢を崩し、それに釣られて無防備になった骨の馬の前足を蹴り飛ばす。粉々になった骨の破片が魔素となって空中に四散し、馬が前のめりに倒れる。黒い鎧が馬から降りて体勢を立て直そうとした瞬間、その心臓部を黒い光を纏う拳が貫く。

 黒い鎧から抜かれた手には魔晶石が握られ、核を抜かれた黒い鎧は悪あがきのように女に手を伸ばしながら四散した。

 他の魔物達が続く―――が、女の姿はそこにはすでになかった。

――― あれ? どこ行っ…



「口と目を閉じてろ」



 突然後ろから声をかけられ、ヒョイッと体が空中に持ち上がる。

 気付いたら、仮面の女の小脇に抱えられていた。って、いつの間に後ろに!? この女、眼で追えないなんて生易しいレベルじゃねえぞ!? テレポートでもしてんじゃねえのかっ!?

 とか思っていたら、目の前の景色がテレビのチャンネルを変えるようにカチンッと切り替わった。現在地はさっき居た場所から50m程離れた場所。

 …………え? 冗談じゃなく本当にテレポートしてない?

 呑気に構えていたら瓦礫の上に荷物のように投げ捨てられた。



「ぃでっ……ようちょっと優しく扱って欲しいんですけど……」

「必要ない事はしない主義だ」



 それだけ言うと、魔物達の居る方向に向き直る。

 魔物達は未だにキョロキョロと辺りを探している。



「一匹ずつ相手にしている暇はないのでな」



 刻印の浮き出ている手を地面につく。



「大地の力の前には何人も無力と知るが良い」



 瞬間、魔物達が地面から生えた巨大な土塊の腕に掴まれた。土で造られた巨人の腕。一見するとすぐにボロボロと崩れ出しそうな脆さに見えるが、ところがどっこい、魔物の一匹たりともその腕の拘束から逃れる事が出来た奴はいない。ある魔物は土の腕に牙を突き立て、ある魔物は炎を吐いて焼こうとし、ある魔物は口から溶解液のような物を出して溶かそうとしている。が、その全てが無駄。

 あの土塊の巨腕は、まるでダイヤモンドの硬度だ。



「“黒鋲こくびょう”」



 巨腕の内側に突き出された鋭い針。魔物の体を貫き、腕の中に縫い止めるように心臓と頭を貫通した2本の黒い針。逃れられない拘束の中で与えられた絶対の死…凶悪な魔物の筈なのに…その姿は、まるで無力な昆虫標本だった。

 魔物達が魔素になって消えるや否や、巻き戻し再生のように巨腕も地面に戻り、何事も無かったとでも言うように、巨腕が出る前と全く変わらない地面がそこにあった。



「さあ、残るは貴様1人だ」



 いつの間にやら俺達の後ろに回り込み、仮面の女への不意打ちを狙っていたらしいピンク髪の女が瓦礫の陰に隠れていた。やっべぇ…俺全然気付かなかった……。だが、仮面の方はそんな事始めから気付いていたみたいだ。俺の【熱感知】以上の特殊な探知スキルでも持ってるのか…?



「あらあらぁ、困ったわぁ…まさか、ここで≪黒≫の継承者と出会っちゃうなんてぇ。貴方とはぁ、絶対に戦うなぁって釘を刺されてたのにぃ」

「そうか。コチラとしてはお前に出会えて幸運だったよ。貴様等の中に魔物を使役する能力者が居るのは分かっていたからな。潰せるなら早急に潰して起きたいと思っていたんだ」

「貴方、うちじゃあ評判が悪いわよぉ? 大陸の東側でぇ、随分うちの部隊をダメにしてくれたみたいじゃなぁい?」

「ふん、魔神の力を狙う等と世迷言を口にするバカ共が悪いだろう」

「でぇもぉ~、まだコッチの切り札は残ってるのよねぇ~! ルディエとジェレストに残っている魔物達を―――」



 おい、冗談だろ!? まだ追加が来るのかっ!? …いや、でも考えようによっては、コレで2つの町から魔物が居なくなるんだから、展開としては有り難いんじゃないか?



「もう居ないぞ」

「えぇ?」「は?」

「その2つの町を襲っていた魔物なら、ここに来る前に潰して来たからもう居ないぞ。ルディエを襲っていたナイトメアファントムも、ジェレストを襲っていたレギオンギガントもな」



 なんだか凄そうな名前の2匹だが、多分戦ったら恐ろしく強いんだろう…多分。

 でも、この仮面の女にはそんな事関係ない。俺の戦ったインフェルノデーモンだろうが、巨大なミミズだろうが、どんな凶悪なレベルな魔物が相手でも葉っぱでも千切るように始末してしまいそうな気がする。というか、実際それをやったから今ここに居るのか…。



「あ、あらぁ…もしかしてぇ、これってマズイ感じかしらぁ…」

「ああ。コレ以上の手持ちが居ないなら貴様の負けだな。あったところで結果が変わったとも思わないが」



 睨みあう2人の女。そして超絶空気の俺。

 先に動いたのはピンク髪の方。懐から丸めた羊皮紙を取り出し―――スクロール!? 誰でも開くだけで書き込まれた魔法を発動出来るインスタントマジック。この状況で攻撃魔法を選ぶバカはいない、十中八九発動するのは逃亡用の長距離転移魔法ハイ・ポータルだ。

 が、羊皮紙が開くより早く仮面の女の方が行動を起こす。いや、実際は指一本動かしていない。だが、ピンク髪の足元の地面がいきなり盛り上がり、その先端が刃となってスクロールを持っていた手を貫く。



「きゃああああああああああッ!!!!!」



 悲鳴。痛みに耐えきれず、己の血で染まった羊皮紙を地面に落とす。



「誰が逃げて良いと言った? 貴様は私から逃げられないし、逃がす気もない」



 ピンク髪が始めて敵意を剥き出しにした眼を、黒い刻印を纏う女に向けた。だが、それ以上の殺意を仮面の女が叩き返す。



「貴様がどれほど町と人を苦しめたか理解しているか? 相手を苦しめるのなら、自分がそれ以上に凄惨な目に遭う覚悟は出来ているだろう?」

「………ヒッ!?」



 仮面の女に気当たり負けしたピンク髪が、怯えて表情を崩して体を縮こませる。力の差が圧倒的過ぎる。あのピンク髪…俺の勝手な見立てだと、あの女単体でも今の俺より強い…すげぇ悔しいけど多分間違いない。でも、仮面の女はその3倍は強い。

 あれが、原色の魔神の力…俺と同じチートを持つ人間の強さ…。



「さあ、まずは貴様等の組織―――」



 仮面の女の言葉を、飛来した槍が遮る。が、槍は届いていない。女の1m手前の空間で停止した―――…何だアレ? サイコキネシス?

 次の瞬間、更に槍が飛んでくる。2、3、4、5…だが、全て仮面の女にとは届かない。見えない壁に突き刺さったように全ての槍が空中で停止している。槍の雨に曝されながら、微動だにせずに事態の動きを見ている仮面。

 が、突然ハッとなって目の前で止まっていた槍を1本掴み、ピンク髪の女に投げる。



「逃がさんっ!!」



 え? それどういう意味? 別にピンク髪逃げるような素振り見せてないんじゃ―――と思ったら、仮面の女が狙ったのはピンク髪ではなかった。その手前の空間に槍が刺さり、盛大に血が噴き出す。

――― 見えない何かが居る!?

 と遅まきながら俺が理解した時には、ピンク髪を中心とした光が展開され―――この光は知ってる、転移魔法の光だ!?

 次の瞬間には、そこには誰も居なくなっていた。



「チッ、逃がしたか……。油断していたつもりはなかったが…相手の隠蔽ハイドスキルを褒めるしかないな」



 口元が悔しさで歪む。声かけるの若干怖いけど、一応訊いておこう。



「今の、何がどうなったんだ…?」

「ハイドして知覚できなくなった敵があの女を助けに来た。片腕潰してやったが、相手はそれくらいのダメージは始めから覚悟の上だったっぽいな、あの様子だと」



 そして、まんまと転移魔法で逃げられた……と。

 まあ、逃げられた事に関して俺がどうこう言うつもりはない。………と言うか、資格がない。俺は、この仮面の女が現れなかったら、間違いなくあのピンク頭に殺されてた。結局護られてる間に事態が終わって、俺………本当に役に立たないな……。



「まあ、良い。奴等の事はコレからどうとでもする。まずは―――お前だ、≪赤≫の継承者」

「俺…? あ、えっと、その前に助けてくれてありがとう」

「それは良い、別に助けた訳ではないからな。まだ貴様の見極めが出来ていないから生かした、それだけの事だ」

「…見極め?」

「そうだ。お前が世界の道標として…祝福をもたらす善か、厄災を振り撒く悪か」



 また“世界の道標”……どう言う意味だコレ?



「≪赤≫も言ってたけど、世界の道標ってどういう意味だ?」



 仮面で表情が読めないが、何かを考えている沈黙だと言うのは俺にも分かる。だが、気まずいよ……そしてこの仮面の人の沈黙はすげえ怖い…。



「なるほど…。まだ殻の取れていない雛鳥、と言ったところか。であるならば、もう暫くは猶予をやる」



 クルリと振り向くと、地面に手を翳す。すると、地面からボコボコと10個以上の魔晶石が出て来た。あっ、さっきの魔物達の―――。



「その力、土を操ってるのか…?」

「お前の火と同じだ。≪黒≫は大地の色、ゆえに土や鉱物を操る」



 魔晶石を腰に下げていたいくつかの袋に分けて入れつつ、女の背中から威圧感が漂って来た。



「覚えておけ。お前が世界に、魔神の力で害意を振り撒く存在となるのなら、すぐに私はお前を殺すぞ」



 ゾクリとする程の殺気。この女は本気なのは疑いようがない。別に俺は魔神の力で無暗に人を傷つけたりするつもりはないけど、それでも、その有無を言わさぬ気配の大きさに思わず頷いてしまう。



「それと、この光景を忘れるな。私もお前も、望む望まざるを別として、この光景のすぐ隣に存在している。奴等のような阿呆共がこの光景を造る事もあれば……私達が造ってしまう事もある……それを決して忘れるな」



 言い終わると、何かのスキルを発動したのかその背中が景色に溶けて消えた。

 …最後の忠告は、少しだけ口調が柔らかかったな…。あの≪黒≫の女にも、何か思う所ある話なのかもな…。まあ、人様の事をとやかく詮索するつもりはないけどさ。

 瓦礫の上で寝転んだまま、黙って空を見上げる。

 今日も良い天気だなあ……。ソグラスの町がコレだけ酷い有様でも、いつも通りに無慈悲に時間は進む。

 どれだけの人が今日の騒ぎで死んだんだろう? 考えるのも恐ろしい。その責任の一端が自分にあると考えればなおの事だ。



『肉体限界ノ為【赤ノ刻印】ヲ解除スル』



 久しぶりに頭の中で響く≪赤≫の声を聞きながら、俺の意識は静かに沈むように眠りの海に落ちて行った。





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