ロマンスの壊し方教えます!

三谷朱花

文字の大きさ
10 / 33

10話目 触れたくない過去

しおりを挟む
「ケイトさん」
 ケイトの存在に気づいたクリスのが目を見開く。
「あれ? お兄ちゃん、ケイトさんのことすぐわかったの?!」
 驚くリズに、ケイトは苦笑する。
 どうやらクリスはリズに伝えていなかったらしい。
「会ったことがあるのよ」
 どうとでも取れる言い方で、ケイトはリズに告げた。

「本当に?! 運命みたい!」
 目を輝かすリズに、ケイトは肩をすくめる。
「用があってサムフォード男爵家に行ったことがあったんだ」
 クリスも経緯を告げにくいらしく、その程度の説明で留めていた。
「そのときは気付かなかったの?」
 リズの問いかけに、クリスは苦笑した。
「似てると思ったんだけど……まさか本人だとは思わなくて」
 
 その言葉で、ケイトはクリスが気づいていたのに言わなかったのだと分かる。だが、その理由がよくわからなかった。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんもお茶していって! ケイトさんも来てくれてるんだし」
 はしゃぐリズに、クリスが困ったように首を横にふる。
「もう戻らないといけなくて」
 そう言ったクリスは、ケイトに視線を向ける。話がしたいと言われている気がして、ケイトは立ち上がる。

「ごめんなさい、リズ。このあと用事があったのを思い出したの。次の金曜日、遊びに来てもいいかしら?」
 次の金曜日は休みで、時間に余裕があった。リズは残念そうな顔をしたものの、大きく頷いた。
「待ってるわ。お兄ちゃん、ケイトさん送っていってあげてね」
「ああ」
 兄妹が抱擁すると、ケイトもリズと抱擁した。そしてケイトはドアを開け待っていたクリスの後をついて家を出る。

 玄関先で手をふるリズが見えなくなってから、クリスが頭を下げた。
 いきなり頭を下げられたことに、ケイトはぎょっとする。
「ケイトさん、実はクォーレ公爵家に来たときに、ケイトさんだって気づいていたんです。でも……あの頃のことを思い出させることになるかと思って言い出せなくて」
 クリスの言いたいことがすぐに理解できて、ケイトはうなずく。
 あの頃の記憶は、楽しい記憶よりも辛い記憶の方が多かった。

「そんなことで謝らなくてもいいいのに。……でも、リズもクリスも安定して暮らせてるみたいで良かった。リズも明るく育ったわね」
 クリスは顔をあげると、首を横にふった。
「リズは、辛い記憶を全部封印してしまっていて……楽しかったことしか思い出せないみたいなんだ」
 思わぬ言葉に、ケイトは目を見開く。
「それって……大丈夫なの?」
 クリスは途方に暮れたように首を横にふる。
「わからない。でも、そのおかげでリズはあんな風に明るく居られるんだと思うと、あまり触れたくなくて……」

 ケイトはクリスの視線の理由が理解できて、頷く。
「私に、リズが昔の辛いことを思い出すような話をしてほしくないのね?」
 クリスがコクリと頷く。
「これがいい方法なのか、それは分からない。だけど……思い出しても、辛い記憶ばかりになるから」
 サンクックの街で隣に並ぶ家に住んでいたケイトは、頷く。
 クリスたちの父親も、ケイトの父親も、ひどい父親だった。

 ケイトとクリスたちが住んでいたのは、あまり裕福ではない庶民たちが住む場所だった。
 幼いクリスたちは、いつもどこかしらにあざを作っていた。クリスたちの父親によるものだった。勿論、クリスたちの母親も同じようにぶたれていた。
 そしてケイトは、自分の母親が嫉妬深い父親に汚い言葉でののしられたり、嫌がりながらも無理やり関係を持っている姿を幼いころから目にしていた。母親はお店の店員と話すだけでも父親に嫉妬されていた。ケイトの目から見ても、父親は病気のようだった。

 母親が父親に逆らえず、逃げようともしない姿に、ケイトは何とかしたいと思っていた。だが、ケイトの言葉など、父親には全く届きはしなかった。父親はケイトに良くも悪くも全く関心を向けなかった。言ってしまえば、いないように扱われていた。理由は、妻にしか興味がなかったことだった。
 ケイトを妻の愛情が向けられる邪魔な人間だとも思っていたんだろう。徹底的にケイトは無視されていた。
 家に居場所のないケイトとクリスたちは、必然的に外で一緒に過ごすことが多かった。その時だけは、無邪気に子供みたいに遊んでいた。

 だが、クリスとリズ、そしてクリスたちの母親は、ある日忽然と姿を消した。多分暴力のひどい父親から逃げたのだろうと思った。クリスたちの父親はしばらく暴れていたが、世話する人間がいなくなったことで、その生活は乱れに乱れ、ある朝、酒場の陰で亡くなっているのが見つかった。
 殺されたわけではなく病気だろうと言うのが医者の見立てだったが、きちんと資格を持つわけでもない医者崩れの言うことが本当だったのか、ケイトにはわからなかった。
 
 そして、クリスたちの父親が亡くなった後、ケイトの周辺にも変化が起こった。
 ケイトの父親が、ケイトを男に売ろうと決めたのだ。どうやらケイトの姿を見初めた男が、父親に持ち掛けたらしかった。
 初めてその男に会ったとき、なめるように全身を見られて、ケイトは全身に鳥肌が立った。いわれもない恐怖感を感じたし、心が殺されてしまうのだろうと絶望した。
 ケイトは逃げることもできない状況に諦めていた。

 だが、その日の夜中、ケイトは母親に起こされた。なけなしの金を渡され、逃げるようにと告げられた。
 母親にサムフォード男爵家を頼るようにと告げられた。母親も昔、サムフォード家で働いていたらしいが、体を壊してサンクックの街に戻って来ていたのだと。多分、男爵様なら受け入れてくれるだろうと、手紙も渡された。
 ケイトはその一縷の望みにすがるように、着の身着のままでサンクックの街を逃げ出した。

 逃げるのは辛い真冬ではあったが、幸い、野生の獣が出てくるようなことはない時期だった。ケイトは休みもほとんど取らず、ひたすら王都へと道を急いだ。まだ15歳と若かったからできたことかもしれなかった。
 数日後、やつれはてたケイトが辿り着いたサムフォード家は、ケイトの育ったあの家とは全く違う、温かい場所だった。
 それからケイトは、ずっとサムフォード家のために働いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

無実の令嬢と魔法使いは、今日も地味に骨折を治す

月山 歩
恋愛
舞踏会の夜、階段の踊り場である女性が階段を転げ落ちた。キャロライナは突き落としたと疑いをかけられて、牢へ入れられる。家族にも、婚約者にも見放され、一生幽閉の危機を、助けてくれたのは、見知らぬ魔法使いで、共に彼の国へ。彼の魔法とキャロライナのギフトを使い、人助けすることで、二人の仲は深まっていく。

よめかわ

ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。 初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。 (可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?) 亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。 それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。 儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない―― 平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。 ※縦読み推奨です。 ※過去に投稿した小説を加筆修正しました。 ※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。

処理中です...