上 下
92 / 101
第9章 英傑の朝 後編

第91話 臆病者の兵法

しおりを挟む
ゆっくり水面を通った様な感覚。

狐狸の迷宮の入り口を通り過ぎた時、そう思った。

明らかに俺が入った地竜山の迷宮とは違う。

地竜山は…まだ迷宮都市と地続きだという感覚があった。同じ場所、同じ土地にあると感じてた。

だが、この迷宮は違う。

入り口を通った瞬間から、明らかに違う世界に踏み込んだかのようだ。

ねばっとした空気感というか、全体的に自分を押し付けてくる感覚というか…。

まるっきり違う場所だ。

ここが水の中だと言われても一瞬信じてしまうかも知れない。

この違う世界に入った感覚何処かで…。

「ショー。糸は切れて無えか。」

「あ、っとぉ。…大丈夫だ。迷宮に入っても糸は切れてない。これで帰りも糸を辿って入り口に戻れる。」

「ポンチョの予備があって良かったぜ。それを解きながら糸にして進むってのはいい考えだ。よく思いついたな?」

「それは俺が思いついた訳じゃねぇ。佑樹が偶々知ってたんだ。そういう話があるんだとよ。ミノタウルスの迷宮だっけ?」

「ん?ああ。そうだな。なんかどっかの神話だった気がするけど…忘れたよ。」

「まぁここで糸が切れてなきゃ後は大丈夫だろう。異界型の迷宮の中には隔絶された空間はできねぇ筈だ。入り口が移動してもその法則は変わらねぇ。迷宮内の変動によって糸が切れる事は無いはずだ。」

「魔力も通して強度をあげておくから心配はいらねぇよ。」

それとガルーザ。これは予備じゃない。預かってるだけだ。

サイードに…俺の一番弟子に返すために俺が一時的に持ってるだけだ。

俺の魔力操作は大分成長してるからな。このポンチョを糸にしてもまた元に戻せる。

それはもう自分のポンチョで試したから。

必ず返す。

戦争が始まったら俺はもう捜索に加われない。

サイードを助けるために、俺は戦争にいかなきゃならない。

何とかその前に仲立さんを見つけないと…。

「しかしお前の魔力操作はもう人間を超えてるな。隠者ザレフだってそんな事は出来ねぇだろうよ。異世界の人間ってのは皆こうなのかね。」

「…さぁな。で、どうなんだガルーザ。仲立さんの匂いは辿れるか?」

「さてな。さっき迷宮に入る前の入口に匂いがあった。ここに入ったのは間違いないだろうな。だが、この場所に匂いは残ってない。」

「…どういうことだ?仲立さん達は入ってすぐ消えたのか?」

「いや、おそらく入り口の場所が変わってるんだろう。どうやら俺達は、奴らが入った時の入り口とは別の場所から入っちまったらしいな。ま、狐狸の迷宮ってのはそういう所だ。入り口が常に動き、中の通路も変わり続ける。」

「やはり、難しいか?」

「さてな。取り敢えずは低層を歩き回るしかねぇだろう。奴の匂いを見つけないことにはなんとも言えねぇ。」

「迷宮の中が変わり続けてるなら、匂いを見つけても後を辿れないんじゃないのか?」

「それも分からねぇ。なんてったって、この迷宮から生き残って帰って来る奴らが少なすぎる。変動する法則も理屈も時期も分かっちゃねぇ。…だが香色から、奴らの動作、方向、癖なんかは読み取れる筈だ。後は、異界型では、階層が変わる場所の変動は起こらない事が多い。そこからどの階層にいるかもある程度目星が付くだろう。それを加味してまぁ…虱潰しだな。」

「そうか…。ただ匂いの後を着いていけばいいってもんじゃ無いんだな。」

「そうだな。だからエイサップの野郎はここを拠点にしたのかも知れねぇが。」

「ガルーザ。そろそろ行こうではないか。ここで話してた所で何が進むわけでは無いだろう?」

「落ち着けよアルト嬢。ワックさんよ、頼んでた物はこれかい?」

「ええ、そうです。しかしガルーザさん。そんな物どうするんですか?」

何だこれは?

粉?鉄か?いや…鉄の感じじゃねぇ。魔力の通りが…。

「ああこれは…。おい。ショー。勝手に魔力を通すんじゃねぇよ。…あ~あ。まぁ良いか。一番目はこれで。」

「?何だこれ?何の粉だ?」

「ただの空魔石の粉末だよ。よく魔道具の陣の作成に使われてたりするやつだ。割かし古いやり方だがな。」

「確かに特に貴重なものでもありませんでした。今は使ってる魔道具職人も少なく、在庫はダブついてるみたいでしたが…。」

「似たような事が出来るなら何だって良いんだがな。空魔石の粉末は何処でももう使われてねぇだろうと予想はしてたが…当たったようだ。こいつでマッピングをしようと思う。」

「マッピング…出来るのですか?この迷宮の中は形が変わっていくのでしょう?」

「そうだ。だがもし、その変動の法則が分かれば…何か少しでも予想ができるようになればナカダチを追いやすくなるかも知れねぇ。ま、出来るかも知れないって程度だ。あまり期待はするな。」

「…随分熱心だな?」

「…っは。こんな伝説級の迷宮に長居したらそれこそ命が幾つあっても足りやしねぇ。面倒事はとっとと済ませてさっさと報酬もらっておさらばしてぇんだよ。確か成果によっちゃ報酬に色つけてくれんだよなぁ?」

「…ああ。そういう約束だったからな。約束は、守る。…必ずだ。」

「それで?ガルーザ殿。この空魔石の粉末はどう使うんです?」

「ああ。そうだったな。ショー。この空魔石の粉末にお前の魔力を詰めろ。但し、この小瓶に入った数だけ魔力の色を変えてだ。」

「…魔力の色を変える?」

「お前偶に魔力の質を変えてるだろ?飛んだり跳ねたりしてる時が特に変わってる。俺達を浮島から運ぶときなんざ全く違う魔力の匂いになってた。あれをもっと細かく段階に分けて、この小瓶の中の粉末それぞれに匂いの違う魔力を込めてくれ。出来るだろ?」

…ひょっとして魔力の濃度の事を言ってるのか?

確かに風の属性魔法を使う時に魔力の濃度を変えると、斥引力魔法が使えるようになる。

土魔法を使って材質を変えるときも同じだ。

濃くしたり薄くしたりすることで、弾いたり引き寄せたり、重くしたり軽くしたりしてる。

今まで魔力を濃くしたいときはとにかく濃くして、薄くしたいときは限界まで薄くしてた。

それをもっと意図的に調整して、濃度の違う魔力を小瓶の粉末に詰めろって事か?

「…こうか?」

「お、おお…!出来んじゃねぇか。出来るとは思ってたが、たまげたな。魔力の匂いが変わるってのは奇妙な間隔だ。気持ち悪いな、おい。お前本当に人間か?ははっ。とにかくこれなら良い。幸先いいぜ。」

「これでどうマッピングするんだ?」

「この魔力の匂いがそれぞれ違う粉末を、一定の間隔で迷宮内に擦り付けるのさ。地図を書きながらな。迷宮が変化した時、どの粉末が、どうやって変化したか分かれば、何か法則を解き明かせるかも知れねぇ。」

「なるほど…。ガルーザ殿はどうやら学士肌の様ですね。少なくとも私はそんな方法を思いつきませんでした。」

「学士共の著書はよく読む。…持たざる者にとって知識は大きな武器だからな。」

「…俺が魔力の質を変えられなかったらどうするつもりだったんだ?」

「だったら、全員にそれぞれ魔力を込めてもらうさ。数は大分少なくなるが、それでも無いよりかマシだ。」

「そうか…。…まぁ数が足りなくなったら言ってくれ。濃度は無限に調整可能だ。」

「無限って…。まぁこれで十分だと思うがそんときゃ頼むわ。」

「なぁ!おい!もう良いだろ?そろそろ出発しようじゃないか!?ここで話して敵との距離が縮まる訳じゃないぞ!?」

「とうとう敵って言いやがったよ、この嬢ちゃん。…はぁ。…俺の準備の方は問題ないぜ。ボス。」

「…頼むからアルト。俺達が追ってる人達は殺すなよ。話し合いが一番。どうしようも無くなっても拘束してなんとかしたい。」

「ああ!ああ!分かってる!ちょっと興奮しただけだ!もう良いか?!」

「分かったよ…。じゃあ、行こうか。」

こうして俺達は迷宮の探索を開始した。

狐狸の迷宮。

階層深度、不明。

出現魔物、不明。

入手可能財貨、荘園級~大陸級。

迷宮年齢、1000年以上。

生還者、不明。

走破者、無し。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「敵だ…!前方の曲がり角の向こうから来てる。大型の四足獣3体。虫型が9、10…11体。壁を這う奴だ。」

「どうする?」

「俺が合図したら、ショーとワックがあの曲がり角にでかい魔法をぶち込め。出会い頭に一体…出来れば二体潰す。ハミン、魔道士の酔歌を。魔法を放ったら、聖グゥオンの朗読に切り替えろ。前衛二人はその後デカブツを止めとけ。倒せるなら倒して構わねぇ。」

「了解。」

「ワックとショーは、壁の虫を魔法で打ってけ。殺そうとしなくていい。動きが遅くなるか、止めるかできればいい。ユーキは湯気で後方の警戒を。敵を発見したら報告してくれ。」

「わかった。」

十数回目の罠を解除し、暫く進んだ頃、3回目の敵に遭遇した。

事前の情報通り、やはりこの迷宮は罠が多かった。

とにかく罠、罠、罠。

そして忘れた頃に敵。

そしてこの敵も強く、厄介。

強いのは当然嫌だが、ぶっちゃけ俺達の戦力だったら余裕の範囲内だ。

そうではなく、厄介。

予想外の行動をしたり、隙を付いて後ろから攻撃したり、罠の方に引き寄せてきたり…とにかく厄介。

ネチネチネチネチと遠くから隠れて攻撃してくる敵も居た。めちゃくちゃイライラしたわ。無闇矢鱈に時間が掛かったし。

それを上手く捌けているのは、ガルーザの指揮と、佑樹の後方索敵の優秀さだろう。

湯烟纏いの長剣による索敵は、非常に広範囲で正確だった。

この優秀さが分かってから、佑樹は剣の手入れが非常に丁寧になった。

アルトやワックに色々質問し、毎回の戦闘後に簡単な清掃と油をさすようになった。

それも納得だ。

佑樹の後方索敵がなかったら、2回ほど危機に見舞われたたと思う。

佑樹の氷魔法は、防御にも攻撃にも使えて、かなり優秀だとも分かった。

いや、それを見越して後方に配置したガルーザもやはり只者ではない。

ここまで出来るのに攻撃魔法が使えないだけで通用しないってのは、貴族社会ってのは厳しいもんなんだな。

『おお、我等魔導の学徒達。行こうぞ酒瓶持って唯一人。

力無きと戦士達に侮られ、それでも行こう、魔導の奥へ。

信仰無きと僧侶達に見下され、それでも行こう、魔導の奥へ。

力と幻想に魅入られた者共の、戯言に如何程の力があろうか。

得体が知れずと民から厭われ、それでも行こう、魔導の奥へ。

融通効かずと高貴から遠ざかり、それでも行こう、魔導の奥へ。

無知と傲慢に塗れた者共の、痴れ言に如何程の力があろうか。

我等孤独な学徒達。それでも行こう、酒瓶持って唯一人。

酒瓶持って唯一人。

孤高に聳える、龍の角の様に。』

静かに、高く、しかし確かに聞こえるようにハミンの歌が俺達に届く。

驚いたのは、笛を吹きながら、歌を歌ってることだ。

どうやら風魔法を使って笛を吹いているらしい。だから一人で笛を吹きながらでも歌を歌える。

ハミンの歌はレパートリーに富んでいて、歌い方も様々だ。

その歌や効果に合わせて、声や曲調を変えている。

非常に上手で心を打つ。

確かに吟遊詩人としてやっていけるのは間違いないだろう。

そして歌を聞き始めてから直ぐに、魔力が体の奥底から湧き上がっていくのを感じる。

「そろそろ来るぞ…。構えろ…。」

そしてガルーザの指揮は無駄がない。

全員を余すことなく使っていることがわかる。

「今だ!撃て!!」

「オラァ!!」

「双翼の雷!!」

俺は拳程度に固めた鉄塊を、ワックは二つの雷を前方に全力で放つ。

「グッ…ギッ…。」

敵を貫通した鉄塊の轟音と、空気を切り裂く雷の音に紛れるように、魔物のうめき声が聞こえた。

「よし!一体は殺した!ミキ嬢、アルト嬢!二体のデカブツは頼んだ!ワック、ショー!虫どもを頼む!ハミン!聖グゥオンの朗読を!」

動かなくなった魔物の後ろから、二体の魔物と壁を這う虫たちがやってくる。

四足の獣は、一体一体が牛ほどもある大きな獣だ。顔がライオンのような鬣に覆われよく見えない。

見えるのはその顔の半分以上を占める大きな口だけだ。

「ググュォォォオオオオ!!!」

形容し難い叫びをあげながら、アルトと美紀さんに向かって来る。

そして壁を這う、腕ほどもある芋虫のような魔物が、遅れてやってくる。

『我等の真中で、響きし撃鉄よ。

振り抜く腕に、流れる融鉄よ。

腰に備えるクリスタルの美錠と共に。

大地の恵みを我等が肉に宿らせよ。

我等の奥底に、揺蕩う水減しよ。

心の芯にて信ずる、輝く炉光よ。

その手に握るエメラルドの槌と共に。

大地の恵みを我等が闘魂に宿らせよ。

聖グゥオンの名の下に。』

雄大な、伸びのある声で始まった歌…いや朗読か。

ハミンから出たとは思えないほど低い朗読が始まって直後、筋肉、皮膚、骨に確かな厚みが出たとわかる。

勿論、実際に体が大きくなったわけじゃないし、体の中身が変わったわけでもない…と思う。

だが確かに強く、頑強になったと確信できる。

そしてそれは今までの経験上、間違いのない事実だ。

この支援魔法すげぇな…。

「ショー様!」

「おう!」

「万雷千手!」

「ッダ!」

俺はパチンコ玉程度の鉄球を、両手で抱える程作り、アルトと美紀さんの上から前方に思いっきりばら撒いた。

ばら撒いてすぐ、同じ量の鉄球を自分の周囲に浮かせる。次弾の装填は速攻で可能だ。何故か迷宮の土は魔力の通りが非常にいい。いつもよりも魔力操作が早い気がする。

それと同時にワックは迷宮の壁に手を付き、薄く、無数に枝分かれした雷を、壁の表面を伝わせながら前方に放った。

「ッヒ…ッヒィ…ヒィィ…ゥボェッ…。」

動かなくなった虫達の呻き声が聞こえる。なんちゅー鳴き声だよ。気持ち悪…。

「ショー様…あの虫達なんか吐き出したんですけど…。」

「ああ…あれは卵…か?あ…。」

何かひび割れが始まって、何か生まれそうな感じが…。

「ワックさんよ。さっきの奴をもう一回やってあの卵も行動不能にしてくれ。ショーはその浮かせてる奴で虫たちに止めを刺していってくれ。終わったら、嬢ちゃん二人の加勢をしろ。」

「了解しました。万雷千手!」

「わかった。」

あれは気持ち悪いし何より気味が悪い。

映画業界じゃ、卵から生まれる奴で碌な奴はいない。

砂塵・土蜘蛛を使いながら、パチンコ鉄玉を打ってく。

敵は小さいが、探査魔法と斥引力魔法があればそこまで難しくない。

玉は迷宮の土から無限に生み出せる。俺の魔力量から考えれば、無限だ。

そして魔力の糸によって生命反応が無くなった事を確認し、アルトと美紀さんの加勢に入ろうとした頃、二人の戦闘は終わっていた。

「ふん。中々骨のあるやつだったな。尻尾が意外に面倒臭かったが。」

「そう?アルト様は危なげなく倒してたじゃないですか。見事な盾と剣捌きでしたよ。」

「アルトでいい。私もミキと呼ぶ。戦闘中にまどろっこしい敬語なんぞ話してられんだろ?」

「確かに。そう言えば、ちょくちょくこっちの敵にもちょっかい掛けてくれたでしょ?あれ助かった。」

「何。ちょいと殺気を飛ばしただけだ。だがそれなりに隙も生まれたろ?」

「うん。あれいいね。私も次からやってみるよ。」

「敵にダメージを与えるのではなくイラつかせる事を主眼に置くといい。まぁミキのポンチョの扱いであればすぐ出来るようになるだろう。」

「だったら上手く二人でタイミングを合わせて…。で…。こう…。」

「ほう?合図があれば…。上手く…。効率…。」

「隙きをわざと…。」

なんか前衛二人がメキメキ強くなってるんだよね。

二人は確かに合いそうな二人なんだよ。

求道者っぽい感じだし、強引だし頑固だし、結構乱暴だし…。

…おおよそ女子を形容する言葉じゃねぇな…。

「しかしとんでもねぇメンバーだな…。」

「そうなのか?」

ガルーザがアルトと美紀さんの会話を聞きながらぼやく。

「ああ…。ありゃ多分、国家級の魔物だ。ワックの薄い雷にゃびくともしなかった。最初の一撃も、おそらくワックの雷の方はあまり効いてなかった。虫の方には雷のほうが効いてたみたいだが…。」

「へぇ、国家級なのか。良く知られた魔物なのか?」

「いや、初めて見た魔物だ。だが魔力耐性が高すぎる。それを事もなげに片付けやがった。こんな豪勢なメンバーってのはそうそうねぇ。」

「ふぅん?だが確かにアルトと美紀さんはクソ強い。それはわかる。少なくとも俺は、あの二人と接近で勝負はしたくねぇな。やるなら魔法で遠くから…そう言えば、俺の魔法は魔物に効いてたよな?」

「…それもおかしいんだがな。…お前のは、魔法よりも物理よりになってんじゃねぇのか?ただの鉄の塊をぶん投げてる感じか?あとは…おそらくだが…敵の魔力に合わせて魔力の質を変えてる様に感じる。無意識にやってるようだな。…まぁ耐性をぶち抜く程魔力を込めまくってるってのもあるんだろうが。」

「…それって結構凄いの?」

「何度も言ってるだろ?お前本当に人間かよってよ。」

凄い…んだよな。多分。

「ま、大陸級なんざ皆人間卒業してる奴らばっかりだ。気を落とすなよ。」

別に気は落としてねぇよ。

え?これって気を落とすような感じなの?

マジ?

「取り敢えず先に進もうぜ。魔石とかはいらねぇよな。金稼ぎが目的じゃねぇんだ。」

そう言ってまた、ガルーザと俺を先頭に迷宮を進む。

奥へ奥へ。微かな匂いを辿って。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

迷宮に入って3日後、俺達は野営のために陣を張っていた。

俺の土魔法を使えば、四方を壁で囲える。

密閉するのは怖いから多少の空気穴を幾つか、上と下に開けているが、これ程堅固な陣だったら休息中に襲われる事は無いだろう。

襲われたとして、壁が壊れるまでに戦闘準備が可能だ。

勿論、不安だから二人は起きている。

しかし仮の拠点としては十分なものだろう。

今は陣を張り終わり、食事の準備をしているところだ。

「…この階層に奴らはいないかも知れねぇな。」

ガルーザがボソリと、呟くように言った。

干し肉を切りながら言っているから様になってはいない。

「…そんな事がわかるもんなのか?」

確かに戦闘の合間にガルーザは、粉を壁とかに擦りつけながら、ちょくちょく何かメモしていた。

「どうだろうな…。ただこの階層の奥に行けば行くほど、奴らの匂いは増えていく。近づいていってるのは間違いねぇ。」

「でもこの階層の奥の方にいるかも知れねぇだろ?」

「そう…それもある。迷宮の変動も、全てがごちゃごちゃになるような変わり方じゃねぇみたいだ。外側は外側で、内側は内側で変動してる気がする。奴らの香色の濃さからそれ位は分かった…。」

「変動の法則が分かったって…それ結構凄くねぇ?」

「法則が分かったって程じゃない。傾向が掴めたってだけだ。まだ何の足しにもならねぇ。…お前の言う通り、この階層の何処かにいる可能性も捨てきれない。だが…。」

「何だよ?その溜め方やめろよ。大体悪い話の時だろ、それ。」

「…香色の軌跡の変色、歩幅の度合いから恐らく…こいつらには目的地がある。迷ってるような足取りでも、何かを探してるような足取りでもない。確かに目的地が分かってて、迷いなく素早く進んでる。…この迷宮に入った事があるようだ。」

「この迷宮…狐狸の迷宮ってのは生還者がいないんじゃなかったのか?」

「ショーよ。それは冒険者ギルドで公告されていないというだけだ。誰も知らない所で迷宮に侵入し、誰にも知られず生還しても、生還者は無し、という扱いになる。冒険者の常識だ。」

アルトさんよ。貴方冒険者の長兄級ですよね?

もう歴戦のベテランみたいな風格出してるけど、マウント取る相手が俺ってのはどうなんです?

「ということは、この迷宮を生還した奴が案内してるってことか…。それは多分…。」

「エイサップだろうな…。特力級ってだけで怪しいってのに、狐狸の迷宮の生還者ってのは…。エイサップってのは何者なんだよ。」

「会ったことあるぞ。昔ザリー公爵領に来たことがある。その時にな。」

「え?そうなの?どんな奴だった?アルト。」

「そうだな…。線が細く、おおよそ戦いに向いている体系じゃ無かった。」

「ふんふん。他には?」

「…遠目に見ただけだから…。」

「…それって俺と同じくらいじゃん。良くそれで偉そうに…。」

「あ~うるさいうるさい。ネチネチネチネチと。そんなんだからモニに細かいって言われるんだ。」

「え?ちょ、ちょっと。それどういう事?モニが俺のこと細かいって言ってたってこと?ねぇ?アルト?」

「エヘンッエヘンッ。まぁとにかく得体の知れない男であるのは間違いない。」

「ねぇちょっと。話逸らさないでよ。他になんか言ってた?ねぇ。え、嫌いとか…。」

「あ~あ~。耳が…周りの気が籠もってるかな?」

「そんなわけ無いだろ。俺が空気入れ替えてんだから。それより…。」

「兎に角。目的地が果たして変動する様な場所にあるのかって話だ。それよりも変動しない階層とかに一気に進んでるんじゃないか?という疑問がある。疑問があるが…目的地がある奴のほうが追いやすい。フラフラ迷ってると足取りから思考が読めないからな。まぁ、予想より順調だと思っていい。」

「流石だな!ガルーザ!戦闘中の指揮も見事だし、これで村長級だったのが信じられん。」

下ッ手糞な話の逸し方しやがって…。

「そう言えば!ワック殿の技も凄かったな!様々な雷の技!また技名も格好良くて羨ましい!私はそういう必殺技が無いから羨ましいよ!うん!」

そりゃゴリラには技なんて無いからな。あんたの攻撃は力の限りぶっ放すだけだろ。前衛ジャンキーめ。

「え、ああ、そうですね。ありがとうございます。技名を叫ぶのは些か恥ずかしいのですが、師匠からの教えで…。」

ワックはチラチラと俺の様子を伺いながら答えてくれる。

気の使える部下はやはりいい。俺を慰めてくれるから。

…空気を悪くしたくないしアルトの話題に乗ってやるか。

「やっぱり恥ずかしいとかって思うものなのか?なんかこっちの人達は大体攻撃する時技名叫んだりするじゃん?」

「恥ずかしい事なんて無いだろう?格好良いじゃないか。正に戦う者って感じで。」

アルトが一息付いた様に、反論してくる。

「私は結構恥ずかしいですが…複数人で戦う際は、仲間へこれから放つ技を知らせるためだったりとそれなりに意味はあるんですよ。後衛の技が前衛に当たってしまったら冗談にもなりませんからね。でも人によって違いますよ。ガルーザ殿は、余り技名を叫ばないですよね?」

「何だワックさんは恥ずかしい方の手合いか。アダウロラ会派は大体技名があるから好きでやってんのかと思ったぜ。俺はまぁ…確かに技名をいちいち言わねぇな。そもそも攻撃用の技がねぇからだが、あったとしても言わねぇだろうな。敵に情報を与えるなんざ全く意味のねぇ行動だ。」

「はぁ~、全く…。冒険者たるもの技を宣言し、ビシッっと敵を打ち砕くべきではないか?そのほうが格好良いだろ?」

「いやぁ、俺もガルーザ派だな。敵に情報を与えても不利になるだけだろ?そもそも恥ずかしいし、やっぱ俺達の国には無かった文化だからな。なぁ?佑樹?」

「ま、まぁ…そうだな。そもそも命懸けの戦い自体なかったしな。うん。」

「そういうものか…。まぁ文化が違えばしょうがない部分も…ん?…そう言えばユーキは技名を言ってなかったか?三眼の里で先手隊と戦った時…。」

「…そうだったっけ?いや良く覚えて…。」

「いや言ってたじゃないですかぁ~。湯気纏いの術でしたっけ?こう…叫ぶんじゃなくて、ボソッと囁くような感じが逆に良かったですよ!」

おおっとぉ!ここで我がチームナンバーワンのエアブレイカーハミンが乱入してきたぁ。

そのよく通る声で空気を切り裂いていくぅ。

「…ま。うん…。その…。」

「誰に聞こえずとも俺の技…!って感じがしてめっちゃ良かったですよぉ!技を出す頃合いも絶妙でしたし!あれ逆転出来たのユーキさんの必殺技があったからですよぉ!?」

「…。」

「あ~、まぁ、確かにあの術は使える術だ。うん。この迷宮攻略でもかなり役立ってるしな。叫ぶ勝ちのある技だ。確かに。そもそも必殺技を叫ぶってのは全男子の夢みたいなもんだからな。夢を叶えるのは大事だ。うん。」

なんとぉ。あのガルーザがフォローに回ってるぅ。

手で顔を覆っている佑樹君にその気遣いは届くのでしょうか。

ガルーザ。手元の干し肉は切り終わってるだろ?何もない空間をナイフで切っても干し肉が出てくる訳じゃ無いゾ?

しかし中二病の発症は異世界でも起こっているのか。感染症かシンクロニシティか解明が急がれる案件だ。

「別に良いじゃないかユーキよ。格好いいだろう?何を恥ずかしがる必要があるんだ?」

「そうですよぉ!やっぱり勇者たるもの戦う姿も気をつけるもので…あ。」

アルトさんとハミンさんは本当に空気読めないよね。

そしてサラリと佑樹が勇者だってバラすのどうなの?

ガルーザなんてもう切り分けた干し肉をまたさらに切り分けようとしてるじゃん。

「…。」

「…。」

「…。」

「…ぁぁ…殺してくれぇ…。」

天使が通った後に残ったのは佑樹の声だけか…。可哀想にな…。助けてあげたいけど俺は空気穴の点検するのに忙しいから。すまんな。

「ま、まぁでもその気持は分かりますよユーキさん。私も師匠から言われたときは、そんな恥ずかしいこと出来るかって思いましたもん。っていうか今も恥ずかしいと思ってますよ。それでもわざと大きな声で言ってるんですよ。うん。万雷千手!とかね。」

「…。」

返事がない。ただの屍のようだ。

「あ~それでも必殺技を叫ぶのは仲間同士の連携を高めるためなんだよな?」

空気穴の点検が終わったから俺も会話に加わる。ちょうど今終わったから。

「勿論それもあります。でも私にとって一番大きいのは、自分を鼓舞することが出来るということでしょうか。」

「…鼓舞?」

少し生き返った佑樹がワックに聞き返す。

「はい。私は…剣術を修める前はもの凄い臆病者だったんですよ。それで中々次の段階へ進めなかったのですが…必殺技を叫んでみろと師匠から助言を受けて、一つ殻を破れたように思います。大きな声で叫ぶっていうのはそれだけで緊張を解してくれるものですしね。」

「成程…。確かに、そういう効果もあるのか…。」

お、段々佑樹が生き返ってきた。

「どんな臆病者であっても、戦士となったからには戦わねばならない時があります。それでも足が竦んでどうしようも無い時、自分を追い立てるために必殺技を叫ぶんですよ。あ、必殺技じゃなくても良いんですよ?私も戦う前に、我が雷を喰らえ!とか、刹那に沈みゆけ!とか言ったりしますからね。勿論もの凄い恥ずかしいですよ?」

「追い立てるため、ですか…。」

「そう。ここまで格好つけたらもう、逃げるわけにはいかないでしょう?覚悟も決まるってものです。まぁ、臆病者のささやかな兵法ですよ。」

「…臆病者の兵法、ですか。…良いですね。それ。臆病者の兵法か…。」

はぁ~。全く。やっと空気が戻ったよ。

苦労させやがってよぉ佑樹。本当ヒヤヒヤしたよ。

「そういうものなのか。私は戦いの前に怖くなった事など無いぞ。」

「あ、今人間界の話しをしてるんで。オーク界の話はちょっと…。」

「あぁん?!良いだろう!ショー!オーク界の話を聞かせてやろうじゃないか!体にな!!」

やばい。口にそのまま出てた。

結局その後、人間界の土下座を見せてあげたら許してくれた。大分長い時間見せることになったけど。

しおりを挟む

処理中です...