ಂ××ౠ-異世界転移物語~英傑の朝

ちゃわん

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第9章 英傑の朝 後編

第92話 あなたが兄で、あたしが妹で

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チラチラと、ランタンから漏れ出た鈍い光が揺れている。

あの後食事をし、二人一組で見張りをしている所だ。

もう一人は美紀さん。

基本的には、探知魔法を持っている者とそうでない者がペアになって見張りをすることにした。

俺の作った土壁で陣を作ったは良いが、その区画の中は薄暗くなってしまった。

光源を確保するため、魔石を燃料にしたランタンを使っている。

迷宮内で光源を確保するための一般的な道具らしい。

迷宮内では、光源が確保出来ない場合がある。

この迷宮は、一言で言えば洞窟…の様なものだった。

ただ、岩肌を削って出来たような洞窟ではなかった。

壁や床が、規則性のない材質でチグハグに繋がっている。

ある所は岩で出来ていたり、レンガで出来ていたり、綺麗な鉱石で出来ていたりする。

下手糞なパッチワークのようだ。

その材質の一つに、薄く光る材料があった。

通常の探索では、その光る材料が壁や床にある程度頻繁に使われていたため、光源を確保する必要がなかった。

しかし俺達が陣を張った場所では偶々、その光る部分がなく、土壁で囲うと中が真っ暗になってしまう。

だからこのランタンを使って明るさを担保している。

光源に使われる魔石は、中の魔力が無くなれば、誰かがまた入れ直せばいい。

燃料を大量に持ち歩く必要なく、長期に使える。

冒険者達の間では愛用されている道具らしい。

今は、その出力を最小にして、皆の睡眠を邪魔せず、最低限俺達が見張り出来る程度の光の強さにしている。

俺は風魔法を発動し、空気穴を通して陣の外側を見張っている。

魔力の消費を極力抑えるため、最低限の範囲を探査している。

俺を中心として約300m程の円が出来る程度だ。

その300m程の範囲でも、何匹か魔物が引っかかる。

しかし俺達の陣に向かってくる様子もない。というよりも今の時間帯は魔物も休んでいるようだ。

殆ど動いていない。…迷宮の魔物も寝たりするんだな…。

「…翔君。ありがとね。」

「…どうしたんすか。いきなり。」

「マサを探すのを手伝ってくれて、さ。正直、翔君も佑樹君も、モニちゃんも協力してくれるとは思ってなかったからさ。」

「…俺が仲立さんを助けるのは当たり前ですよ。なんて言ったって、命の恩人ですから。…受けた恩は…返したいんですよ。」

「そう…。…っふっふっふ。」

「…?どうしたんですか?」

「…いや、命の恩人なんて日本じゃ絶対に聞くことが無かったろうなって。日本で聞いたら鼻で笑っちゃうかも知れないのに、ここで聞いたら全然可怪しくなくってさ。それが可笑しくて。」

「確かに…。俺も俺がこんな人生送るなんて…欠片も想像してませんでしたよ。」

「全くだね…。本当…どうしてこんな事になっちゃったんだか…。」

「…。」

「…。」

仲間が起きない様に俺達は、偶に黙り、偶に話し。

話す時はポツリポツリと静かだった。

「…美紀さんの様な人は見たことがありません。」

「…?」

「…恋人を助けるために命をかけて、たった一人で異世界で…。日本で恋人同士だった人達は皆そうなんでしょうか…。」

「…どうだろうね。色々な形があるからね。まぁ…私達は仲が良い方だったと思う。」

「…確かに…。前話してくれた時も、随分仲立さんの事を楽しそうに話してましたもんね。」

「…そうかな。それは…気付かなかったな…。」

「…。」

「…。」

また少し、ランタンの薄い光だけが囁く時間が過ぎる。

「…随分…くだらない事で遊んだな…。徹夜で勉強しまくった事もあったし…ゲームにハマった事もあったかな。…罰ゲームでマサは鼻から素麺を吸ってた。っふ。」

「…鼻から素麺?」

「…そう、めちゃくちゃむせてたよ。っふっふ…。私は三点倒立で牛乳飲まされたけど。」

「…二人は恋人同士ですよね?っふっふ。」

「…そう、恋人同士。…あんまり仲が良いから、兄妹かよって言われた事もあったかな…。」

「…兄妹ですか…。二人の話しだけ聞くと兄妹と言われても違和感がありませんね。」

「…そう?でも大体マサが兄で私が妹みたいって言われるんだよね。…私が姉でマサが弟の姉弟でも良くない…?」

「…いや、それは…。う~ん…それは。…どうでしょう。」

「…マジか…。」

「…。」

「…。」

仲間達の寝息が聞こえる。

冒険者はすぐ寝付く。

長く冒険者を続けている者ほど、そうなる傾向が多いらしい。

休む時に休めるのも大事な技術だからな。

「…見たことは無いけど、聞いたことはあるね。」

「…何をです?」

「…恋人のために命を掛ける馬鹿の事。」

「…誰です?」

「…ナガルスの姫を勝ち取った男の事。」

「…。」

「…随分モニちゃんには惚気られたよ。翔君が奴隷になってもずっと忘れないでいてくれたとか…、辛い時にいつも私を思い出してくれたとか…、そのペンダントはお互いの気持ちがわかるらしいね。」

「…そうらしいですね…。…でもそこまで知られてたのか。…いやでもあの時はまだ恋人でも無かったですし…。」

「…ふっふ。なら私より馬鹿だね。大馬鹿者だ。くくっ。」

「…ま、良いですよ。大馬鹿者でも。」

「…大事にしてあげなよ。いい子だからさ…。」

「…。」

「…。」

「うぉん…。…うぉん…。」

ハミンが寝言で何か言ってる。何を言ってるかは分からないが。

…また何か予言めいた事を言い出さないよな…?

いや予言じゃ無いか。その力は無くなってると、三眼の巫女様は言っていたし…。

だったらあれは何だったんだっつー話だよ。

…ま、気にしてもしょうがないか。

「…大事にするってどうしたら良いんですかね。」

「…モニちゃんを?」

「…まぁ…はい。」

「…翔君は命を掛けて戦って、守ったじゃない。大事にしてるでしょ。それをこれからも続ければ良いんだよ。」

「…そう…っすかね。…でもそれは…助けて貰ったお礼っていうか…。その…妻を守るのは当たり前っていうか…。そうじゃなくって、なんかこう…もっと好きな人にするっていうか、恋人を大事にするっていうのが、なんか上手く分からなくて…。」

「…ふむ…。」

「…。」

「…毎日…朝起きたら、綺麗だよって言って、優しく抱きしめる。…そして、世界一愛してるって言うのさ。」

「…は、恥ずかしいっす…。」

「…コツはね。決して恥ずかしがらないこと。言う時は世界一自分が格好いい男だと思う事。」

「…いやぁ…でも…。」

「…毎日…毎日言うのさ。目をみてしっかりと。相手に笑われても、ずっと続けるのさ。そうすれば…離れていても。…もう…二度と会えなくても、大丈夫さ。」

「…。…分かりました。…やってみます。」

「…うん。…毎日続けてれば、そのうち、貴方も素敵よって言ってくれるようになるからさ。」

「…それって、仲立さんと美紀さんの事ですか?」

「まっさか~。私達は鉄格子か屏風越しにしか話せない位シャイだったからね。そんな恥ずかしい事出来ないよ。」

「…平安時代じゃ無いんですから…。」

「…お、知ってるね。東大入れるんじゃない?」

「…歴史の教科書は随分読み込んだんで。…ま、ガチれば東大も余裕でしょうね。うん。つまりお二人は俺のパイセンって感じっす。っへっへ。」

「…っふっふ。成程。だったら翔君は私の後輩って事か。それなら先輩を助けるのは当然って訳ね。」

「…んふっふ。当然って訳っす。」

「…そういう事ならしょうがない。…ま、私らも先輩として後輩が困ったら助けてやろうかな。」

「…あざっす。」

「…いつか…。」

「…?」

「…いつか、全部終わったら皆で何かやりたいね。」

「…そうですね。だったら日本人同士で何かやりましょうか。佑樹とも話てたんですよ。日本食の飯屋でも開いてみるかって。味噌汁とか…食べたいっすから…。」

「…味噌汁か。そういえば全然食べてないな。…日本食が再現出来たら師匠も喜びそう。うん。いいね。それ。…全部終わったら日本食を作ろう。私達日本人でさ。」

「…そうっすね。楽しみですよ。」

「…うん。楽しみだ…。」

そうやって俺達の見張りの時間は過ぎていった。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「やはり匂いが強く残ってるな…。どうやら奴らはここから更に下の階層に進んだらしい。」

野営を何回か繰り返し、遂に下層への階段に辿り着いた時、ガルーザが言った。

この迷宮は不思議な迷宮だった。

随分普通の迷宮と違っている。

階層の変わり目には強大な敵がいることが多いらしい。所謂、ボスだ。

しかしどうやらこの迷宮にはそんな魔物はいないらしい。

にも関わらず、なんでも無い所でイレギュラーとも思えるような魔物が出てくる。

ここに来るまで二体、それらしき魔物に出会った。

一匹は全身岩で出来たかのような、蜥蜴…のようなカメレオンのようなそんな魔物だった。

壁を伝い、全身を壁の色に擬態して襲ってくる。軽トラック程もある巨体だとは信じられないほど静かに忍び寄ってきた。

佑樹の湯気纏の術が無ければ全滅だったろう。

見つけてからは結構ゴリ押しで何とかなったが、冷や汗ものだった。

もう一匹は…もう一匹と言って良いのか分からない。何せ小型犬程の四足の魔物が大量に襲ってきたのだから。

その大量の魔物は、まるで一つの生き物の様に統率の取れた動きだった。

その小型の魔物は、全身毛むくじゃらで一見、非常に可愛い。その群れのボスが常に入れ替わることと、その大量の魔物たちが常に子供を生み続けていることを抜きに考えれば。

そこかしこで単細胞生物の分裂並みに子供が生まれ続け、その子供達は生まれた瞬間から俺達に牙を向いてきた。

本当に怖かった。

こいつらを殺す方法は単純で、その群れのボスを殺せば良かった。

しかし簡単ではなかった。

何せ群れのボスを殺そうとする瞬間、ボスが違う個体となる。

ボスの外見は明らかに違ったからそれは間違いないのだが、こちらが殺そうとする度に入れ替わる。

入れ替わった後は、また大量の魔物を捌きながら、薄暗い迷宮でたった一匹のボス探しだ。

どうやらその群れに気付かれずに、ボスを殺さなければならなかったらしい。

もう全部を一斉に殺すしか無い、と思った頃には広いエリアを埋め尽くす程に数が増えていた。

結局、俺が魔力の糸を密に張り巡らし、一匹だけ魔力の違う個体を見つけ、佑樹の湯気を魔物たちを覆うほどに張り巡らせてもらい、斥力を最大限に引き上げた風魔法で小さなBB玉程の鉄玉を打ち出し殺した。

湯気で覆われてる時は、ハミンとガルーザだけ氷の囲いに入れ、残りの俺達は聖グゥオンの朗読と共に耐えるしか無かった。

きつかった…。誰だ、魔物は大したこと無いって言ったやつ。出てこいよ。

はぁ…。ポーションを持てるだけ持ってきておいて良かった。

掛けて良し、飲んでよし。これ一つでどんな怪我も治るんだからとんでもない薬だ。

これを売れるのがリヴェータ教だけだってんだから、リヴェータ教の強大さがわかろうというものだ。

この二匹?のボス級の魔物から分かる通り、佑樹の湯気纏がめちゃくちゃ使える魔法だというのは俺達の共通認識になった。

ガルーザが中層への階段の香色を調べている間も、なんでも無い時ですら、佑樹は湯気を出している様になった。

正直助かる。

探査魔法が無いと正直迷宮の攻略は無理だろこれ…。

アルトもワックも言っていたが、佑樹とガルーザの探査魔法は、国家級以上の価値があることは間違いないとのこと。

まぁそりゃそうだよな…。これだけ約に立つんだから。

「ここから先は更に敵は強くなるだろう。…どうする?ボス。」

「…勿論、行く。」

「ま、そうだな。あれ程のも魔物を制圧できるチームだ。ここで引く選択肢はねぇよな。…ただ時間的に次の野営の時間だ。中層をひと目見て、ここで一晩過ごそう。」

「分かった。」

そう言って俺達は、少しだけ中層を覗きに行ってから野営を始めた。

迷宮に入って、一週間が過ぎている。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

俺達は今、下層への確認を終え、低層階最後の野営を始めていた。

「迷宮ってのは…凄いもんだな…。」

思わず、という口調で佑樹がボヤく。

「ああ…。何ていうか…物理法則を無視してるよな。…物理なんて知らねぇけど。」

佑樹のボヤきに全く同意するように俺も呟く。

低層を抜けた先の迷宮は、洞窟とは打って変わった景色だった。

地面には落ち葉が敷き詰められ、辺り一面に葉を無くした裸の木が生えていた。

そして空には、どんよりとした雲が漂っていた。

そう。空である。

つい先程まで洞窟?の中だったのに、一転、空も風もある全く別の世界だった。

異界型、という迷宮らしい。

ナガルス族も異界型の迷宮の原理を利用し、食糧生産が出来るまでになっている程、昔から知られている迷宮のタイプらしい。

そう言えば、浮島の俺の家にもある地下の庭は、小型の迷宮だと言っていたな。あれも分類としては異界型の迷宮ということになるのか…。

しかし余りにも景色が一変してしまってかなり驚いた。

佑樹は特に驚いていた。

「そう?迷宮ってああいうタイプも結構あるよ。まぁ少ない方ではあるけど珍しいって程でもない。」

師匠と共に、幾つかの迷宮で稼いでいた美紀さんはそう驚いていないようだ。

というよりも、驚いているのは俺と佑樹だけのようだ。

いやこの世界慣れないわぁ…。

「さて、どうやら俺達は順調に奴らを追い詰めているようだ。」

「そうなん?」

思いの外、ガルーザからいい反応があって素の返事をしてしまった。

「ああ。まず、降りた階段の出口…つまりは中層の入り口から真っ直ぐに香色が続いていた。どうやら中層は、階層が変化することは無いようだ。」

「へぇ…。まず?まずって事は他にもいい情報があるのか?」

「ああ。この入口に戻ってきている香色が無かった。つまり、奴らはまず間違いなくこの迷宮にいるってことだ。」

「そりゃ…良い情報だな!後もう少しじゃないのか?」

「恐らくな。身を隠して潜むんだったら、敵が強くなってくる深層へ行く道理はない。低層は、中が变化しちまうから無理だろうが、ここからは中が変化しない。潜むとしたらこの階層が最も良いだろう。…俺だったらそう考えるがね。」

なるほど…なるほど。

これはかなり期待が持てる。

「ふ~ん。…深層へは行かないのか…。」

アルトはもう目的を忘れてるんじゃないかこいつ。

「アルト…。お前ちょっとそれは幾らなんでも…。」

仲立さんを探したい美紀さんを前にして、そんなことよりもっと迷宮探査しようってのはどうなのよ?

「あ、いやいや!違うぞ?ほら、あれ、あれだ…ハミンの支援魔法が凄すぎてな?ついついもっと試したくなっちゃっただけだ。それだけだ。うん。勿論、ナカダチを探す事は忘れていない。それが一番だ。うん。」

ヘッタクソな話の逸らし方しやがって…。まぁいい。

「あ~、確かにハミンの支援魔法は凄いな。佑樹の湯気に次いでめちゃくちゃ助けになってる。」

「あら?そうですか!いや~嬉しいですね!実際ここまで支援魔法を使いまくった事は初めてだったんですけどね。随分調子が上がってきてる気はしますよ。はい。」

「だ、だろう?それにリヴェータ教の支援魔法とは全く違うからな。そこもまた良い!」

「ふ~ん。リヴェータ教の支援魔法ってのはどういう魔法なんだ?アルトは知ってるのか?」

「う~ん、そうだな…。リヴェータ教の支援魔法は、基本、一人一人に掛けていくんだ。だから体を頑強にした後、筋力を増加させたり、魔力を増幅させたりも出来る。だが…何ていうのかな、その反動が凄くてな…。」

「ま、下手すりゃ死ぬこともある。反動で魔力を使う時に痛みを感じるようになるって後遺症もあったっけな。」

アルトとガルーザは、どうやらリヴェータ教の支援魔法について詳しいようだ。

「ガルーザも詳しいのか?」

「前は、リヴェータ教の助祭崩れと組んでたからな。ほら、ミジィって女だ。」

「ああ…。あの女支援魔法も使えたのか。」

「まぁ腕は良かった。クズだったがな。だがリヴェータ教の支援魔法の効果は高い。持続時間も長いし、支援魔法を掛けられた奴の魔力を使う支援魔法もあったようだ。本人の魔力が無くなるまで支援効果が持つものもあったわけだ。その後ぶっ倒れるがな。」

「私もそういった話はよく聞く。支援される者の事など知ったことではないとな。戦争用魔法だと言われていたな。冒険者の覚悟と同じ系統の魔法ではないかと言われてもいる。」

「特攻薬か…。」

「特効薬?冒険者の丸薬のことだろ?確か、村長級以上になると皆持てるようになるっていう。俺も持ってるぞ。」

「薬の特効薬じゃねぇ。突撃の特攻薬だ。まぁそう言われてるってだけだ。飲みゃ立ち所に死の淵から蘇るわけだから間違っちゃいねぇが。…その薬は飲むなよ。」

「何だガルーザ。お前もそう言うんだな。…しかしそんな危険な薬なのに、村長級の冒険者全てに支給するんだな?」

「まぁ…大分昔からの文化だからな。始まりは諸説ある。俺はそこら辺、余り詳しくねぇ。」

「私が聞いたのは、冒険者が無闇矢鱈に殺されない様に、という話だった。」

「…冒険者は殺されんの?」

「そんな顔するな、ショー。私も聞いた話ってだけだ。だが昔は冒険者の地位が非常に低くて、騎士や兵士と共に魔物の駆除に向かっても囮にされたり、簡単に無礼討ちされたりされていたそうだ。ま、冒険者の祖であるメリヴォラ・カペンシスを驚異に思っている者が多かった、という理由もあっただろうがな。」

「それでどうしてこの特攻薬を持つことになったんだ?」

「ある種の爆弾のようなものだ。当時のメリヴォラがリヴェータ教と何がしかの契約を結び、これを冒険者だけに卸させたらしい。これを飲めば、絶大な力が手に入り、敵味方問わず討ち滅ぼす。で、あれば、おいそれと冒険者を殺すことは出来ないだろ?」

「はぁ…何というか壮絶な…。相当効果のあるもんなんだな…。」

「ま、効果がありすぎて当然副作用は酷い。死ぬより酷いと言わている。結局、殆どの冒険者は貰ってもすぐ廃棄するんだ。だったら逃げるかとっとと死んだほうが良いという冒険者がかなりいるわけだ。死ぬ覚悟はある癖に、死ぬより辛い苦しみを受ける覚悟は無いわけだ。冒険者の覚悟とは良く言ったもんだ。」

「そう言ってやるなよアルト嬢。冒険者なんぞ皆、野盗崩れか、犯罪者予備軍だ。そんな野郎共に覚悟も糞もあるわけねぇ。あるのはどんな汚ねぇ事をしてでも生き延びるって性根だけだ。俺は、何が何でも冒険者を生かすためのもんだと思ってる。」

「ふん…。まぁそういう風にも言われているな。特効薬を持ってるかも知れない、というだけでも大分抑止になるしな。何れにしろ気に食わんということだ。」

「まぁまぁ良いじゃ無いですかアルト様。せっかくいい方向に向かってるんですから。あともう少し何ですよぉ?ここは一つ、私が吟遊詩人時代を思い出して、一曲歌おうじゃありませんか!明日への景気づけです!」

「いやいや…。ここは迷宮じゃん?歌なんか歌ったら敵が…。」

「まぁ良いんじゃないか。階層の境目の階段や部屋は敵が全く来ないと聞く。それに静かな歌にしてもらえば良いじゃないか。」

以外にもアルトが乗り気だ。

「そうなのか…?」

「そうだな。一般的にそう言われている。狐狸の迷宮がどうだかは定かじゃねぇが…、周囲の魔物もここを避けるように行動してるみてぇだ。…ま、良いんじゃねぇの?一応周りの警戒を怠らなきゃ構わねぇだろ。」

「そう…。じゃ、ま、静かな奴で頼むよ。」

「お任せあれぃ!それでは!逆光塔の頂きへ!」

「おお~。サミュエル・ホーデンですね。」

「私も知ってるぞ。好きな騎士列伝だ。そういう歌もあるのか…。」

「…俺も好きだが。」

聞こえるか聞こえないかの声で呟いたガルーザのセリフと被さる様に、ハミンは歌い出した。

静かに、小さく、しかし皆に聞こえるように。

寂しく、孤独な歌だったが、少しワクワクするような、そんな歌だった。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

空気が乾燥している。

中層は、風が吹いてるがその空気が乾いている。

だからだろうか、やたら喉が乾く。

しかし水場はない。

水魔法が使えるハミンやアルト、佑樹がいなければ、飲水の確保だけで大分労力が嵩みそうだ。

その分、と言って良いのだろうか。

罠が殆どない。

二、三見つけた罠は、小動物を捕まえるための紐だ。

あの有名な、輪っかがあって吊るし上げるやつ。

…俺が知ってる罠がそれだけだっていうのもあるんだけど。っていうか、ラノベとかで読んだことあるだけの適当な知識だけど。

ガルーザは吊るし紐って言ってたな。

大分昔に作られた罠みたいで、殆ど朽ち掛けていた。

低層でよく見られた罠と比べると非常に稚拙で、何より悪意がない。

明らかに人間以外の生き物を対象にした罠だったからだ。

今まで低層にあったような、知らず知らずの内に空気が薄くなっていたり、戦闘中に光源の壁が一斉に光らなくなって真っ暗になったり逆にいきなり明るくなったり、壁や床が揃って少しだけ斜めになっていて気付かない内に平衡感覚を微妙に狂わせられたり、いきなり床が消えて下には肉が融ける池が張ってあったり、壁に擬態した壁人形がノータイムで一斉に襲ってきたりもう本当に嫌だった…。

…兎に角そういった悪意のある罠じゃない事は一目瞭然だ。

「…妙だな…?」

「何だ?ガルーザ。その罠が何かおかしいのか?」

「…この罠…どうやら人間が作った罠のようだ。恐らくだが…間違いないだろう。」

「…!そりゃつまり仲立さん達がここに居るってことだろ?!いやこりゃ凄いな…。こんなに順調に行くとは…。」

「…今までの攻略が順調ってのには疑問があるが…。妙だと言ったのは人間が作った事に対してじゃねぇ。…古すぎるって事だ。」

「…古すぎる?」

「ああ…。この罠。かなりしっかり作られているが、数年以上前に作られている筈だ。どんなに少なく見積もっても1年は経ってる。」

「…そりゃ…おかしくないか?」

「…ああ。おかしい。おかしい、な…。」

「…他にもおかしい事があるのか?」

「…いや…、今まで中層で見つけた罠は全て、俺達が追ってる奴らの一人が作った物のようだ。」

「…。」

「そいつが数年前、この罠を作ってる。いや、これまでの罠、全部か。」

「…どういう事なんだ?」

「…さぁな。分からねぇ。分からねぇが…不気味だな。まぁいい。この迷宮に何度も来た奴が奴らの内に居るだけだ。つまりは用心するしかねぇ。何に用心するかも分からねぇが、今はそうとしか言いようがねぇ。」

「…そうか。ま~確かに余り気にしすぎてもしょうがないしな。仲立さん達には近づいて来てるんだろ?だったらまずはそれで良いじゃねぇか。」

「そうだな。気にしすぎてもしょうがねぇ。とっとと進むか。」

そうして多少の違和感を持ちながら進んでいく。

低層と比べて、強いとは言えない敵を片手間に倒しながら。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

低層の時のガルーザは、兎に角頻繁に足を止め、周囲を観察し、香色を嗅ぎ取っていた。

それこそ、数十歩進んだら止めて辺りを探す、ということを繰り返した時もあった。

中層の始めでは、足を止めることもあったがそう頻度は多くなかった。

低層の時は迷いながら、何かを探している風だったが、中層ではあくまで確認するために立ち止まっているように見えた。

さっきの罠も、探した結果見つかったというよりも、そこにあることが分かっていて確認した、という印象だった。

更に現在は、殆ど立ち止まることはない。

そしてたった今、早歩き程のペースだったのが軽い駆け足になった。

一応周りを探索しているが、殆ど敵も周りにいないようだ。

この場所に向かうに連れ、敵の数は少なくなっていた。

「これは…。」

裸の木、そして大き目の岩が乱雑に入り乱れている中、少し谷間になって隠れている場所にそれはあった。

「家…小屋、か?」

前を走っていたガルーザも、追随していた俺も信じられない気持ちが口から出てしまったようだ。

確かにそこには、石造りの、屋根もあり、壁も煙突もあり、何だったら木で出来た窓もある家があった。

「はぁ?!何だこれ?!なんで迷宮内に家がある?!」

「落ち着いてくださいよぉ、アルト様。確かに珍しいですが、迷宮内に街が作られてる事だってあるんでしょ?だったら家があってもおかしくないじゃないですか。」

驚愕しているアルトにハミンが宥めるように答えている。

俺も宥めてくれよ。

「いや…そういう街もあるにはあるけど、それは通常低層も低層の話し。これは中層だし、何より狐狸の迷宮だよ?流石にありえないし、そもそも誰が何時どうやってって話もある。」

「美紀さんでも見たことが無いんですね。俺は地竜山しか入った事が無いから何とも。」

美紀さんも佑樹は、驚きつつも冷静に話している。

この世界の住人でないという事もあって、ある意味常識に囚われていないのだろう。

「ガルーザ殿。これ…。」

そう言ってワックは家の近くの地面を指し示した。

気づいていなかったが、明らかに野営の跡がある。

傍には、食事の後、捨てたであろう、動物の骨がまとめて置いてある。

「…明らかに、誰かがここで生活していたな。しかも複数人だ。それは間違いない。…香色からして俺達が追っている奴らだろう。」

難しい顔をしながらガルーザは答える。

「…後は、あの部屋の中を調べるしか無いか。…糞。」

何だ?さっきまでは順調な様子だったのに、突然機嫌が悪く…。

家の中も調べれば良いじゃないか。それしか手段が…。

…ん?あれ?

「ガルーザ。香色はどうなってる?何処かに続いていたりするのか?」

「…続いていない。香色はここで終わっている。ここから出ていった香色の跡も…無い。」


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2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
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俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

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