美しさの中の願い

日明

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問い

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日が暮れる前に食糧になりそうなものをエリスに聞きながら集めた。
焚き火の準備が完了し、座っているとエリスが俺の周りにだけ謎の液体を撒いた。
詳しく聞けば最初の話に出た人喰いアリも避ける虫除けだそうだ。エリス自身の周りに撒かない理由は最早聞かず、問答無用で虫除けを撒いた。
少し唇を尖らせているエリスにため息をつく。
「あんたが変態なことは理解してるが、アリに食われてるあんたを見る俺の身にもなって貰えるか」
「変態ではない!ただ知りたいだけだ!」
「ヘンタイ!ヨクナイワ!」
ペランスに悪い言葉を教えてしまっている気がするが、今回に関してはしょうがない。
「好奇心は猫をも殺すって言葉知らないのか」
「知っているとも。だが、冒険と危険は常に隣り合わせだ」
「知らないで危険な目に遭うのは分かるが、知ってて自ら危険に向かうのはただの馬鹿だろ」
エリスは反論をやめ顔を逸らした。
正直人喰いアリに食われてるとこを見せつけられる可能性を黙っている、なんてことは勘弁して欲しい。
暫しお互い無言でいたが、思わず口を開く。
「何も聞かないのか」
「何をだい?」
「俺の事」
みすぼらしい格好の男が森で倒れていた。
その事実は大抵の人間なら疑問に思うはずなのに、彼女は名前以外のことを問いかけてきたことはなかった。
「聞いて欲しいのかい?」
あまりにも優しい声での問いかけだった。それを聞いた瞬間に何かが決壊し、零れる。
「俺の妹は...ハーリィは病気だった。治らないと言われた。それでも生きて欲しくて必死に金を稼いで医者達に頭を下げた。でもやっぱり、ハーリィの死は避けられなくてハーリィは死ぬ前に言ったんだ『お兄ちゃんりんごが食べたい』って」
俯き、膝に置いた手を強く強く食い込むほど握りしめる。
「でもハーリィの治療費でお金がなくて俺は...りんごを盗んだ。でも...戻ったら妹はもう...死んでた」
視界が歪み、雫が幾つも幾つも滴り落ちる。
「ハーリィの願いだとしても傍に居てやれば良かった...っ。そうすれば一人で死なせなくて済んだのに...っ」
「いいや。君は自分の最善を尽くそうとしただけだ。妹さんの最後の願いを叶えるためにね。いい兄だよ」
「違う!!!」
彼女は俺を慰めてくれている。分かっているのに、感情が止められなかった。
「ハーリィに無理に治療をさせなければもっと苦痛は短く済んだ!治らないと分かっていたのに...っ。俺のエゴであいつを苦しめたんだ!そんな奴が...っいい兄でたまるかよ...っ」
強く唇を噛めば下げていた顔が無理矢理上を向かされる。最初に見惚れた金の瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。
「大切な家族に生きていて欲しいと願わない者が何処にいる。大切な家族と少しでも長く一緒に居たいと願わない者がどこにいる。もう問いかけることは叶わないが、君がいい兄かどうか決めるのは妹さんだ。君がどう思おうとね」
「でも...っ俺は...っ」
「罪の意識があるのは理解できる。だから、忘れなければいい。大切な妹さんと生きた時間を。愛した気持ちを。思い出す度、胸を刺されるような痛みを覚えるだろう。だが、それは愛の証だ。そしてその証はきっと君を救う」
頬に添えられていた手で頭を撫でられる。
暖かくて、優しい手だ。
「この国で窃盗は死罪だ」
「あぁ...。でも俺を逃がしてくれた看守が居たんだ。彼にも病の妻が居て、俺の事を理解してくれた...。でも俺がいないことがバレれば彼は鞭で打たれ、減給もされるって言うのに...」
とても優しい人だった。
最初はどんな理由でぶち込まれたんだと軽い調子で問いかけてきた。でも理由を言うと彼の表情が一変し、彼は自身に起こる全ての痛みを承知の上で俺を逃がしてくれた。とても、優しい人だった。
「だから俺は生きなきゃいけない。妹の分まで、俺を救ってくれたあの人の分まで」
不意にエリスは天使のように優しく微笑んで、また頭を撫でてくれた。
「君はきっとこれからもずっと、沢山の人に愛されるだろう。だからこそ、ここで別れるべきだ」
「どうして!」
「危険だからだ。この先標高が高くなればなるほど空気が薄くなり、体調不良を引き起こす。重度になれば死すら有り得る。君は生きなければならないだろう」
そうだ。生きなければならない。それは確かな事実だ。
それでも。
「俺は見たい。あんたが天国と称する場所を。ただ生きるっていう漠然とした目標しか持ってなかった俺の、初めての目的だ」
暫く睨み合うように見つめ合う。やがて、エリスがため息をついた。
「危険だと思えば問答無用で君を置いていく」
「意地でもついて行ってやる」
「イノチハダイジダヨ!」
ペランスにも心配されたが俺の気持ちは変わらない。先に進むことで何が得られるかは分からない。それでも、今の俺にとって天国にたどり着くことは1番大事なことなんだ。
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