死ぬまでの暇つぶしにパリ巡りでも

ほか

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序章

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 柔らかな中低音で語られる鋭い指弾に、夫は皮肉に顔を歪め肩を竦めた。

「かまうもんかよ。この女のせいで、オレの評判はとっくに地に落ちてるんだ」




 ニュートラルブラウンの前髪がかかった琥珀の瞳がプレヌの顔中にできた傷に留まり、かすかにすがめられる。



「逃げられたのは、それ相当のことをしたかららしいけど」

 冷たく発せられる声に、夫が頑健な肩を震わせる。

「なんだと。わかったようなこと言いやがって」

 吐き捨てるように言う怒声には、何度も浴びせられたプレヌリュヌですら萎縮してしまう。

「いらぬおせっかいをやめるのはそっちのほうだ。こちらはただ使えないものを処分しようとしてるだけなんだからな」

 刹那の沈黙ののち、ブラウンの髪の彼が吐息のように声を発した。

「使えないものはいらない、か」

 上げられた大きな瞳がどこか切なげに細められる。

「たしかに世の真理だけど。自分以外の誰かはみんな道具だと思ってるあんたみたいなやつがはびこってる中じゃ、いらないとされる人のほうが、その手先にならないぶんいっそ潔いかもな」

 女性的で優しげな顔立ちに似合わない、かすかに浮かんだそれは、自嘲か。

「黙って聞いてりゃ、貴様――」

 夫は青年の右手から引き抜こうとするが、うまくいかない。

 その手は固く捕らえられたまま、わずかにしなるだけだ。

 青年の瞳にもう憐憫の破片はなく、底のない冷たさがアンバーの泉を満たしている。

「二度は忠告しない。この手を降ろして、消えろ」

「――余計な横やり入れやがって。野郎――」

 夫が自由なほうの手を振り上げた瞬間。

 プレヌリュヌは瞬きすら忘れた。

 夫の姿が消え、直後、セーヌ河が壮大な水飛沫のシンバルを奏でた。



 水の中でもがく夫を、微動だにせず見つめる琥珀の目。

 圧倒的な力の差。



 目を見開いて突如現れた彼を見る。




 プレヌリュヌにははっきりとわかった。

 目の前に訪れたこの展開は、転んでもただでは起きないを生業にしてきた自分の人生にとってしても新種の類のものなのだと。



 ――この人、いったい何者……?
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