死ぬまでの暇つぶしにパリ巡りでも

ほか

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第9章 歌姫の来訪

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「わ~っ、きれい、細い! 何食べたらあんなふうにに胸だけ成長するの? ちょっと訊いてみようかしら……!」

 そわそわとプレヌが見守るさきで、美しき歌姫はすでに、大勢の宿泊客に囲まれ艶やかに微笑んでいる。

「でも一人じゃ心細いわ~。お願いロジェ、ここはひとつ、一緒に――」

 ふいに見ると、彼はすでに席を立っていた。

 どうしたのだろう、顔色が悪い。

「悪い、プレヌ。オレ、さきに部屋に戻って――」

 彼が言いかけたとき、



「ヴェッティーナ・ヴェルタン嬢かね」



 ホテル『ショパン』のエントランスをくぐり、恰幅のいい中年の紳士が登場したことで、その場をとりまく空気が一変する。



 彼もまた、数人のガードマンに取り囲まれていた。

 鈍色の光を放つ目は鋭く、眉間には深いしわがきざまれている。

 上等なクラヴァットと紋章といい、彼女に好意的な視線を向ける姿勢の人々とは明らかに様相を異にしていた。



「突然の訪問を許してくれたまえ」



 詫びているとは思えない横柄な口調でそう言い、彼が名乗ったのは、パリで有力な政治家の名だった。



「オペラ地区に貧しい人々を救済する食堂を開こうという計画をしているとか」




 対して、ヴェッティーナのほうは涼し気な顔色を変えず、政治家を見返している。



「それで名が売れれば、あなたはいいかもしれないが。輝かしいパリの中心地が浮浪者のたまり場になるのは困りものでね。我々にも、市民の治安を維持する役目があるのだ」



「この街を売名行為に利用されては困る」



 にぎわっていたその場が水を打ったように静まりかえる。



「なんとか言ったらどうだね」



「それともオペラ歌手というのは文字通り、舞い人形なのかね」



 勝ち誇ったように腫れぼったい瞼を細め、政治家が揶揄すると。



 人形のような美貌をたたえた彼女は口を開いた。
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