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第11章 牽制
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有無を言わさない迫力に、床に手をついた元夫は歯ぎしり、実力差を悟ったのか低い声で明かした。
「……じいさんが、訪ねてきたんだよ」
かすかに、ロジェが目を見開く。
「身寄りのない男だ。だが著名なイギリスのファンタジー作家とかで。一人で行動することを好む変わり者で、医者の同行も断ってフランスの郊外に持病の治療にやってきて、ひどい嵐に遭ってしまったところを、妻に助けられたんだと。それであの女を、遺産相続人にしたいと言ってるんだ。夫のオレが話をつけると言っても、当人と話をしたいと譲らない、頑固なじじいでよ。離縁したことが知れた途端、ずらかっちまっいやがった」
醜く歪んだ口はなおもほざく。冗談じゃねえと。
「一方的に離縁されて、当然得るはずだった報酬をふいにしてたまるもんかよ」
ロジェは感情のこもらない目をすがめた。
予想はしていたが、それでもすこぶる気分が悪い。
あまりにわかりやすすぎる動機に、くっと皮肉な笑いが漏れ出る。
どこまでも醜悪な本性だ。
「だから、プレヌに戻ってほしいって?」
口からついて出た声は、胸中に反してどこまでも平坦で。
「感情のはけ口にさんざん虐げておいて」
一分の抑揚もなく。
「ばかじゃねーの」
凍るように冷ややかだった。
氷山の先でつくような言葉を受けてもなお、元夫は食い下がる。
「不敬な。お前どこの家の出だ。二度とパリの社交界に出入りできなくしてやるぞ」
立ち上がろうとする肩を一突きで再び床に落とし込み、視線を合わせ、ロジェは告げた。
「どうぞご自由に。今問題にしているのは、うすっぺらな体裁などではないので」
肩に込めていく力は増すばかり。
元夫の口から漏れる呻き声にも、その力が弱まることはなかった。
「彼女があなたから受けた暴行から比べれたらものの数ではない。腕一本折らずに済ますだけでもありがたいと思っていただきたい」
痛みに気を失い泡を吹く元夫から手を離すと、ロジェはその一瞥をプレヌのかつての家族に向ける。
「ついでに、多くの人々をおもちゃに変えてきたあなた方の腕も、剥奪したいところだが」
その琥珀の目にはじめて、切実な色が――感情と呼べるものがうごめいた。
「プレヌには二度と近づかない。今後力を乱用しないと約束するんだ」
再び腕を締め上げると、父親がぎりぎりと歯ぎしりする。
「あなた」
「お父様」
母親と妹が寄越す眼差しに、頭の片隅で思う。
体面を重んじる者同士、哀れむ気持ちは残っているのか。
どうでもいいことだが。
「わかった。わかった、から……。もう二度とあの娘には介入せん。約束しよう」
了承の意志を確認したあと、プレヌの父親を解放する。
頽れ威厳をなくした一家の視線を背に浴び、ロジェは歩き出す。
もうここに用はない。
背後に群がる一族を一顧だにせず、彼は呪われた館をあとにした。
「……じいさんが、訪ねてきたんだよ」
かすかに、ロジェが目を見開く。
「身寄りのない男だ。だが著名なイギリスのファンタジー作家とかで。一人で行動することを好む変わり者で、医者の同行も断ってフランスの郊外に持病の治療にやってきて、ひどい嵐に遭ってしまったところを、妻に助けられたんだと。それであの女を、遺産相続人にしたいと言ってるんだ。夫のオレが話をつけると言っても、当人と話をしたいと譲らない、頑固なじじいでよ。離縁したことが知れた途端、ずらかっちまっいやがった」
醜く歪んだ口はなおもほざく。冗談じゃねえと。
「一方的に離縁されて、当然得るはずだった報酬をふいにしてたまるもんかよ」
ロジェは感情のこもらない目をすがめた。
予想はしていたが、それでもすこぶる気分が悪い。
あまりにわかりやすすぎる動機に、くっと皮肉な笑いが漏れ出る。
どこまでも醜悪な本性だ。
「だから、プレヌに戻ってほしいって?」
口からついて出た声は、胸中に反してどこまでも平坦で。
「感情のはけ口にさんざん虐げておいて」
一分の抑揚もなく。
「ばかじゃねーの」
凍るように冷ややかだった。
氷山の先でつくような言葉を受けてもなお、元夫は食い下がる。
「不敬な。お前どこの家の出だ。二度とパリの社交界に出入りできなくしてやるぞ」
立ち上がろうとする肩を一突きで再び床に落とし込み、視線を合わせ、ロジェは告げた。
「どうぞご自由に。今問題にしているのは、うすっぺらな体裁などではないので」
肩に込めていく力は増すばかり。
元夫の口から漏れる呻き声にも、その力が弱まることはなかった。
「彼女があなたから受けた暴行から比べれたらものの数ではない。腕一本折らずに済ますだけでもありがたいと思っていただきたい」
痛みに気を失い泡を吹く元夫から手を離すと、ロジェはその一瞥をプレヌのかつての家族に向ける。
「ついでに、多くの人々をおもちゃに変えてきたあなた方の腕も、剥奪したいところだが」
その琥珀の目にはじめて、切実な色が――感情と呼べるものがうごめいた。
「プレヌには二度と近づかない。今後力を乱用しないと約束するんだ」
再び腕を締め上げると、父親がぎりぎりと歯ぎしりする。
「あなた」
「お父様」
母親と妹が寄越す眼差しに、頭の片隅で思う。
体面を重んじる者同士、哀れむ気持ちは残っているのか。
どうでもいいことだが。
「わかった。わかった、から……。もう二度とあの娘には介入せん。約束しよう」
了承の意志を確認したあと、プレヌの父親を解放する。
頽れ威厳をなくした一家の視線を背に浴び、ロジェは歩き出す。
もうここに用はない。
背後に群がる一族を一顧だにせず、彼は呪われた館をあとにした。
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