11 / 69
第1章 執事と主様の生活
7
しおりを挟む
「……とは言ったものの」
電車から最寄り駅で降りた、帰り道。
あまりの晴天の霹靂に一も二もなくとびついて、契約を交わしてきてしまったが。
書籍化検討を打診されたとは言っても、書籍化確定とは違う。
ウェブ小説の形でほぼ完成形があるとはいえ、これから形になるよう精度を上げるべく、改稿を重ねて……と、長い長い道のりが待っている。
収入が得られるのは不確定かつ、かなり先の話だ。
「やっぱ働かなきゃかな……」
だが。
今回の話も受け、さらにもう一つ副業となると……スケジュール的に厳しい。
どうしたもんかな。
うーーーん。
気がついたら、アパートの前の道で立ち止まっていた。
「いやぁ、兄ちゃん。助かったよ。トラブル処理のほかにも、建物の修理の依頼まで、半日で終わっちまうなんて」
「いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」
うん?
なんか今聞き覚えのあるイケボが……。
見ると、一方通行の道路標識の前に、道路工事作業服を着た方々と、この寒いのに半そでTシャツ姿のハーヴェイが立って和やかに談笑していた。
どうやら、標識は折れたか劣化したかしていて、今新たにしゃんと建ったところらしい。
「あんたどこの人だい? 家この近く?」
道路作業員の方にそう尋ねられ、ハーヴェイはにこやかに首を振り、
「いえ。俺の出身は、この世界ではなく――」
「わ~~っ」
それ以上言ったら、せっかく仕事を手伝った彼が、奇異の目で見られてしまうので、割って入ることにする。
「ハーヴェイ、ただいま!」
「主様。お帰りなさいませ。思ったよりお帰りが遅かったので、心配しておりました」
「すごいね。道路標識の修理手伝ってたんだ」
「俺のとりえといえば、力仕事くらいしかありませんから」
いやいや、そう謙遜するけど、なかなかすごいぞ。
……そういえば趣味、人助けだったなこいつ。
なんて感心していると、ハーヴェイが身をかがめてきた。
そっと耳元で囁かれる。
ちょっとだけ眉を上げて、いたずらっぽく微笑んで。
「いえ……今日のこれは完全に純粋な人助けでは、ありません」
ん?
「なあ兄ちゃん!」
首を傾げていると、作業員の方で一番ご年配そうな方が威勢のいい声をかけてきた。
「ひまなら、俺たちの仕事手伝ってみないか? 若いもんが入ってくれると助かるんだがな」
「おう、そりゃいい」
「かわいいカノジョもいて無職なんて、そりゃぁいけねえよ?」
他の方ものりのりである。
「日給一万五千でどうだ! 人でなら足りてねえから、週なんべんでも入ってくれや」
えっ。
日給一万五千?
週なんべんでも……?
それは、月給に換算すると。
底辺作家のわたしにしてみたらけっこうな額だ。
「ほんとうですか?」
ハーヴェイは心から嬉しそうに微笑んだ。
「力の限り、みなさまのお役に立ちます。ぜひとも、よろしくお願いします」
「うっし決まりだ! 上にかけあってやるよ。なに心配ない。俺もここにゃ長いから、大船に乗ったつもりで待ってな!」
ばしん、とご年配の方がハーヴェイの背中を叩いてくれる。
「あたしからも、ありがとうございました……」
「なに、カノジョ。礼を言うのはこっちのほうよ!」
作業員の方々とお別れしたあと、アパートまでの道すがら、ほっとハーヴェイは胸をなでおろした。
「よかった。これで主様の生活にもお役に立てそうですね」
「え……?」
「生活費のこと、ずっと考えておられたたのが心苦しく。働いて、パートナーの生活を支えるのは、当然のことです」
「は……」
どくん、どくんと。
さりげなく支えられた背中の下が、熱を持って脈打っている。
そうか……。
それが、当然、なのか。
「どうしました?」
「いや……。なんていうか、新鮮で」
ちゃんと働いて生活を支えてくれる人かぁ……。
妙にしみじみとしてしまって、怪訝そうな顔をされたが、ハーヴェイはそういえば、と他に思い出したことがあるらしく、
「そういえば、お仕事のほうはいかがでしたか。主様のお仕事は、本に関するものなのですよね」
「あ、うん。一応作家です」
「ずっと気になっていたんです。どんなものを書かれているのですか」
「うーん。物語、っていうのが一番わかりやすいかな」
「そうですか……。じつは今、この世界の文字を習得中なんです。主様の書かれた物語も、読んでみたいですね」
「あ……」
気がついたら立ち止まって労わるように手を取られていて。
少し後ろで、作業員の方がしみじみ呟いてる。
「いや、青春だね」
「若いっていいよなぁ」
は、恥ずかしい……!
「俺も仕事も得られましたし、主様、戻りましょう」
「う、うん……」
そのまま歩き出す。
が。
「それにしても、こんなでかい一方通行標識、誰がひっこぬいたんだか」
「悪質ないたづらだよなぁ」
……ん?
耳に挟んだ作業員のみなみなさまの会話が、妙に引っかかる。
そういえばここって……数日前変なやつに絡まれて、ハーヴェイに助けられたところだよね。
あのとき、剣の代わりに彼が使っていたやたらでかい白い長い棒って――。
おそるおそるとなりを見ると、寒さに顔を赤らめはにかんで笑うハーヴェイがいた。
「主様が幸せそうで、嬉しいです」
徐々にそこから、目線を逸らしていく。
うん、ここはもう、考えないことにしよう。
電車から最寄り駅で降りた、帰り道。
あまりの晴天の霹靂に一も二もなくとびついて、契約を交わしてきてしまったが。
書籍化検討を打診されたとは言っても、書籍化確定とは違う。
ウェブ小説の形でほぼ完成形があるとはいえ、これから形になるよう精度を上げるべく、改稿を重ねて……と、長い長い道のりが待っている。
収入が得られるのは不確定かつ、かなり先の話だ。
「やっぱ働かなきゃかな……」
だが。
今回の話も受け、さらにもう一つ副業となると……スケジュール的に厳しい。
どうしたもんかな。
うーーーん。
気がついたら、アパートの前の道で立ち止まっていた。
「いやぁ、兄ちゃん。助かったよ。トラブル処理のほかにも、建物の修理の依頼まで、半日で終わっちまうなんて」
「いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」
うん?
なんか今聞き覚えのあるイケボが……。
見ると、一方通行の道路標識の前に、道路工事作業服を着た方々と、この寒いのに半そでTシャツ姿のハーヴェイが立って和やかに談笑していた。
どうやら、標識は折れたか劣化したかしていて、今新たにしゃんと建ったところらしい。
「あんたどこの人だい? 家この近く?」
道路作業員の方にそう尋ねられ、ハーヴェイはにこやかに首を振り、
「いえ。俺の出身は、この世界ではなく――」
「わ~~っ」
それ以上言ったら、せっかく仕事を手伝った彼が、奇異の目で見られてしまうので、割って入ることにする。
「ハーヴェイ、ただいま!」
「主様。お帰りなさいませ。思ったよりお帰りが遅かったので、心配しておりました」
「すごいね。道路標識の修理手伝ってたんだ」
「俺のとりえといえば、力仕事くらいしかありませんから」
いやいや、そう謙遜するけど、なかなかすごいぞ。
……そういえば趣味、人助けだったなこいつ。
なんて感心していると、ハーヴェイが身をかがめてきた。
そっと耳元で囁かれる。
ちょっとだけ眉を上げて、いたずらっぽく微笑んで。
「いえ……今日のこれは完全に純粋な人助けでは、ありません」
ん?
「なあ兄ちゃん!」
首を傾げていると、作業員の方で一番ご年配そうな方が威勢のいい声をかけてきた。
「ひまなら、俺たちの仕事手伝ってみないか? 若いもんが入ってくれると助かるんだがな」
「おう、そりゃいい」
「かわいいカノジョもいて無職なんて、そりゃぁいけねえよ?」
他の方ものりのりである。
「日給一万五千でどうだ! 人でなら足りてねえから、週なんべんでも入ってくれや」
えっ。
日給一万五千?
週なんべんでも……?
それは、月給に換算すると。
底辺作家のわたしにしてみたらけっこうな額だ。
「ほんとうですか?」
ハーヴェイは心から嬉しそうに微笑んだ。
「力の限り、みなさまのお役に立ちます。ぜひとも、よろしくお願いします」
「うっし決まりだ! 上にかけあってやるよ。なに心配ない。俺もここにゃ長いから、大船に乗ったつもりで待ってな!」
ばしん、とご年配の方がハーヴェイの背中を叩いてくれる。
「あたしからも、ありがとうございました……」
「なに、カノジョ。礼を言うのはこっちのほうよ!」
作業員の方々とお別れしたあと、アパートまでの道すがら、ほっとハーヴェイは胸をなでおろした。
「よかった。これで主様の生活にもお役に立てそうですね」
「え……?」
「生活費のこと、ずっと考えておられたたのが心苦しく。働いて、パートナーの生活を支えるのは、当然のことです」
「は……」
どくん、どくんと。
さりげなく支えられた背中の下が、熱を持って脈打っている。
そうか……。
それが、当然、なのか。
「どうしました?」
「いや……。なんていうか、新鮮で」
ちゃんと働いて生活を支えてくれる人かぁ……。
妙にしみじみとしてしまって、怪訝そうな顔をされたが、ハーヴェイはそういえば、と他に思い出したことがあるらしく、
「そういえば、お仕事のほうはいかがでしたか。主様のお仕事は、本に関するものなのですよね」
「あ、うん。一応作家です」
「ずっと気になっていたんです。どんなものを書かれているのですか」
「うーん。物語、っていうのが一番わかりやすいかな」
「そうですか……。じつは今、この世界の文字を習得中なんです。主様の書かれた物語も、読んでみたいですね」
「あ……」
気がついたら立ち止まって労わるように手を取られていて。
少し後ろで、作業員の方がしみじみ呟いてる。
「いや、青春だね」
「若いっていいよなぁ」
は、恥ずかしい……!
「俺も仕事も得られましたし、主様、戻りましょう」
「う、うん……」
そのまま歩き出す。
が。
「それにしても、こんなでかい一方通行標識、誰がひっこぬいたんだか」
「悪質ないたづらだよなぁ」
……ん?
耳に挟んだ作業員のみなみなさまの会話が、妙に引っかかる。
そういえばここって……数日前変なやつに絡まれて、ハーヴェイに助けられたところだよね。
あのとき、剣の代わりに彼が使っていたやたらでかい白い長い棒って――。
おそるおそるとなりを見ると、寒さに顔を赤らめはにかんで笑うハーヴェイがいた。
「主様が幸せそうで、嬉しいです」
徐々にそこから、目線を逸らしていく。
うん、ここはもう、考えないことにしよう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる