主様のお気に召すまま

ほか

文字の大きさ
12 / 69
第1章 執事と主様の生活

8

しおりを挟む
 そんなこんなで順調にひと月が過ぎた。 

 ハーヴェイは日中はバイトに出かけるが、夜は家に帰ってくる。 

 主様のお世話もないがしろにできないということらしい。

 夕方から買い物に行って帰ってくると、ハーヴェイが戻ってきていた。

「お、お帰りなさい、ませ……主、様……!」 





 ベッドのわきに吊り下げた宝石『キャンドルナイト』も迎えてくれる。 

 うん、家に帰って誰かがいるっていいな。

 そういえば最近夜が辛くない。

 この宝石のおかげかはわからないけど。





「う……くっ」

 ん?

 ハーヴェイの声が、なんか切羽詰まっているような。

 ふと部屋の奥を見ると、たたまれた布団に腰掛け、トレーナーに着替えたハーヴェイが、スマホを手に目を拭っている。

「ど、どうした⁉ なんかあったの?」

「あ……主様……。すみません、恥ずかしいところを見られてしまいました……」









 駆け寄ったはいいものの、その目の端の光るものを見て、どきりとしてしまう。

 男の人の涙とか、免疫なさすぎてどうしたらよいのか……。

 てかスマホいつの間に買ったんだ。

 なんか使いこなしてるみたいだし……。

「あ! わかった!」

 涙の原因にひらめいてしまった。





「『癒執事』のアプリ見てたんでしょ! それで向こうの世界が恋しくてホームシック? ……大丈夫?」

 ハンカチでとりあえず目の端を拭ってやると、

「ふっ……。残念ながら外れです」

 なんか意味深に微笑まれた。

「はじめてこちらの世界に来たときから、俺たちの世界との行き来は自分の意志でできるようなんです。主様がいらっしゃらないときは、たまに戻って、後輩執事の訓練もしているんですよ」

 そうだったのか。

 ハーヴェイがスマホに表示したのは、小説投稿サイトの画面だった。







「仕事の休憩中、仲間に『カノジョはなにやってる人なんだ?』と訊かれて、作家さんをされていますとお答えしたら……あ、カノジョではなく、主様ですと、訂正もしておいたのでご心配なく」

 うん。その訂正あんまり意味がない気もするが。

「こちらの世界はスマホというもので物語を読むことがあるときいて。いてもたってもいられず、その足でスマホを契約して……。すみません。ほのさまのお名前で検索して、小説を読んでおりました。無断で申し訳ありません」

 な、なんだ……。

 てかこっちの世界に順応しすぎだろ。

「ほの様。俺は感動しました。音楽や芸術を題材にしたもの、遠い異国のファンタジーなど、ジャンルは様々でしたが……」





 てかもうすでに何作品呼んだんだ?

 この前まで文字習得中とか言ってなかったっけ?

 そうか、公式設定に明確な情報はないけど。

 イベントシーンでの後輩執事たちへのそつのない指導。効果的な戦術をいくつも編み出している事実。

 こいつ、頭もいいんだな……。

「俺はそのいずれにも、なにか、熱のようなものを感じたんです」

「は、はあ……」

「主人公は辛い境遇を背負っていることが多いですが。それでも……この人生を生きたいと思わせるもの。形のない熱。そんなものが物語の根底に流れているような気がしたんです」

「……」

 なんだろう。

 ハーヴェイの言葉と熱い視線に呼応して、それこそ熱のようなものがどっと胸の中から溢れてくる。

「……嬉しいよ」

 呟いた言葉は、予想外に重く響いた。

「……その。俺は、ここまで強く、生きることに執着する感情があまりないというか……」

「うん」





 それも、知っている。

 ちら、とスマホを掲げた腕。その袖か覗く傷。

 これは彼の全身に渡っている。

 辛い過去ゆえ、生きる事への執着が少なく、自分の身体を酷使してしまうことを。

 知ってる。





「……そうだよね」

 思いのほか入りかけた深い話が、普段言わないことを喉元に上らせる。

「あたしもしょっちゅう、もう死にたい~とか思うし、生きることから遠ざかることってあるよ」

「ほの様……!」

 ハーヴェイは心から苦しそうに顔を歪めた。

「なにをおっしゃるんですか。そんなことを言わないでください。俺の大事な人なのに」

「ごめんごめん」





 ちらと、先ほどから壁に反射するオレンジの光が目に入る。

『キャンドルナイト』の宝石が揺れて、夕暮れ時の光を投げかけていたんだ。

 ……そういえば。

 死にたいとか、そんな極端思考からも最近は遠ざかってる気がする。

 意味もなく、なぜだか笑みがせり上がってくる。





「でもね。だからこそ、同じようにもう嫌だって思ってる人に、この世の中にも、生きるに値するものがあるかもって。ちょっとでも目線を方向転換してもらいたくて。そんな想いで書いてる、かな……」

 そうか。

 ウェブ小説書籍化の話、即決しちゃったのも。

 お金以上に、こういう想いがあったから、なのかもしれないな……。





「なかなかお金にはならなくて、大変だけどね」

 そう言ってごまかすように笑ったけど、ハーヴェイは真剣な表情を崩さなかった。

「きっと、主様の物語は、もっとたくさんの人の心に響くと思います。響いて、欲しいです……」

「ありがとう」

「……」

「……?」

 なんだ?

 今もしかしてわたし、彼と見つめ合ってる……?

 顔に血が上った気がして、慌てて視線を逸らす。







「じゃ、お風呂入って今日はもう休もうか」

「そうだ、その前に、ほの様」

「ん?」

 ハーヴェイはたたまれた布団の後ろから、ごそごそとなにかを取り出そうとしている。

「給料が出たので、買ってきたんです。こちらにいさせていただけるお礼、というか……」

「えっ。いやいや、そんな……」

 生活費も自分でやりくりしてくれてるし、じつは家賃も大幅負担してくれてる。

 こっちとしては不満の一つもないが。

 朝起こしてくれたり、いつも色々世話妬いてもらってるし。

 振り向いたハーヴェイは顔を赤らめていて。







「店でたまたま見かけて、見入ってしまって。きっと……ほの様に似合うと、思いまして」

「……ん?」

 なんだろう、なんで嫌な予感がするんだ?

「これです……!」

 ハーヴェイが広げたのは、ビニールに覆われハンガーのかかった衣装だった。

 薄っぺらいピンクの生地にどでんとでかい真っ赤なリボン。

 スカートにもいくつもついている。

 そしてやたらとくっつけてあるデイジーの造花。

 ……かなり安っぽい。

 どうやら、パーティー用の仮装衣装らしい。

「あのね……」

「気に入りませんでしたか? 主様がお召しになればきっと……その、かわいいと、思ったのですが」

「うーん」





 ぼそっと照れながら言われると余計言いづらい……。

「えっと。ありがとう。もったいないから、しまっとくよ。なんかのパーティーのときに使うね」

 パーリーピーポ―たちのパーティーに参加する機会があればだけどね。

「主様……!」

 ぱっと、ハーヴェイは顔を上げた。

 微笑むその顔は純度に満ちている。

 うーんこれで、センスがも少しあればなぁ……。

 製作陣としては、なんでも完璧にこなす彼に設定を加えたことで、ギャップ萌えを狙っているんだろうが。

 いやいや、これがアプリ内でのストーリーイベントならたしかに萌えるが、現実だと対処に困るだけである。

「あのさ、ちなみに、これ、どこで――」

 と言いかけてやめる。

 答えは明白だったからだ。

 この値段、この仕様。

 クローゼットを開けながら、独り言ちる。

 ぜったいディスカウントショップで買っただろ、これ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...