主様のお気に召すまま

ほか

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第5章 執事と主様としんみり

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 いやぁ、楽しかった。

 ほくほく顔でアパートに帰り着いたのは夜七時を過ぎていた。

「主様。お帰りなさいませ」

 帰り着くと、ハーヴェイがさっそく訊いてくる。

「オタ活仲間様との会合は、いかがでしたか」

 いつものごとく迎えてくれるカレに荷物を渡してコートを預け、答える。





「最高だったよ。もうあっという間に時間経っちゃって」

「そうですか……」

「梅ちゃんも、ハーヴェイのこと、かっこいいって言ってたよ」

「……そう、ですか……」





 コートをハンガーにかけながら返す言葉に、力がない。

 ん?

 ほめられたのに、いつもみたいにはにかまないのか?

 しばらく疲れたように虚空を見つめていたハーヴェイは、はっとしたように言葉を継ぐ。





「主様。お風呂に入られますか? ご帰宅の時間に合わせて沸かしてあるので……いつでも……」

 なんか声にもはりがないし。

「ハーヴェイ、どうした? 元気ないね」

 目をしばたたき、横を向く。

「いえ。……なんでもありません」

「嘘だ。なんかあったんでしょ。……そうだ」

 わたしはエプロンをつけながら、キッチンスペースに向かった。

「またオムライスつくったげるよ」

「ほんとうですか……」





 さっそく玉ねぎをまな板のうえに用意して、冷凍していた鶏肉を取り出してと、準備を始めていたら、

「あの、ほの様」

 ふいに声をかけられた。

「あの。……少しでいいので、俺を励ましてもらっても、いいですか」

 ……うっ。

 出た、会話パターン、普段はたくましい彼の、甘えバージョン。スマホ上では「いつもがんばってるよ。えらいね」というボタンをタップすればいいだけだが。

 うーん、現実に起きるとハードル高いな。





 ゆっくりと振り返ると、彼はどこか思いつめたような目をしている。

 なんか、気になるんだよな。

 いったん食材をまな板に置いて、ベッドに腰掛け、ぽんと隣を示した。

「ほんと、なにがあったの?」

 しぶしぶといったように、横に腰掛けながら、ハーヴェイは語りだす。

「……主様の新作が、順調に進行していることは嬉しいのですが……」

「うん」

「今日、ウェブ上の原稿を読ませていただいて。あまりに素晴らしくて。世の中への愛に満ちていて……」





 うーん。

 まぁ、そうやって書いたからな。

 癒し系アンソロジーだし。

「思ってしまったんです。俺は……主様に相応しい執事であれているだろうかと」

 きゅーんと、頭の片隅で音がして、直後、鈍い痛みが、心臓を襲う。





 意図せずとも伝わってきてしまう。

 わたしに相応しい執事であれているか、が自覚してる想いだとしても。

 彼が疑っているのは自分の在り方自体だということが。



 経済的にも恵まれない生まれで。

 つらいこともいっぱいあって必死でがんばってきて。

 大事な家族を守るため、強くなることだけを願って。

 周りの人にだって親切で。

 それなのに待っていたのは、家族を盗賊に虐殺されることで。

 報われなくて、まっすぐなだけに自分を責めてしまって。





 長い吐息の後、わたしは、ぎゅっと彼を抱きしめた。





「主様……?」

「よくがんばってきたね。——もう、いいんだよ」



「ハーヴェイが大変なのは、それだけ正しいからだよ。まっとうな人ほど、苦しいの。こっちの世界も、向こうの世界もそう」



「大丈夫。だいじょうぶ――」





 そっと、彼の肩をさすると、その表情が崩れそうになり――微笑んだ。





「……ありがとうございます。なんだか、元気がでました」

 そう言って笑ってくれるけど、やっぱり心配になる。

「あのさ。身体は大丈夫なの?」

 アプリのストーリーモードでは、彼の身体がすでに限界を迎えているとわかるエピソードがある。

 ずっと戦い続けてきて。

 過去も伝説の戦士として活躍していたときから。

 執事として後輩の指導にもあたり。

 運営さんの策略つまり、乙女ゲーにもよくある庇護欲をそそる系の設定に過ぎない、はずが。

 なんだか、その顔を見てるとうっかり、泣きそうになる。

 痛むような表情に笑顔を混ぜ、ハーヴェイは頷く。





「……白状してしまうと、医療担当の執事には、このまま戦闘をこなしていくと、どうなるかわからないと、よく注意されます」

「うん……」

「いつか倒れるかもしれない。俺はそれでいいと思っていました。大事な人を守って死ねるなら本望だと」

「うん、でも……。だけど」

 それをストーリーモードで知ったとき、そういう思考はあまりよろしくないんじゃないかなと思ったのを覚えてる。





「あのね……なんていうか、そう。女友達の一部に感じる感覚と似てるかな」

 ふしぎそうに目を見開くハーヴェイに、言葉を継ぐ。

「あたしの友達の中には婚活がんばってる子もいてね。ちょうど今日、梅ちゃんからもそんな話聞いちゃって。……好きな人じゃなくてもいずれかは結婚するつもりなんだって」

 ハーヴェイの眉がかすかに上がった。

「それは……」

「うん。経済的な理由とか、家族の意向とかでね。けっこう大変なんだ、この世界の女性も」





 男女差別も女性の働きにくさも、昔に比べたら声をあげられてはきているが、未だ根強い問題だ。

「でもそれってさ。ほんとに自分大事に生きてるか? って思うの。……まぁ、その子の決めることだから口出しはしないけど」

 よく知ってる友達の中にもいる。

 なかにはお見合い相手にひどいこと言われたり、結婚にそぐわない自分に直面するたび苦しんで。





「いい子なのに、そんな理由で自己否定してさ」

 そんな子を目にするたび、何度ももどかしく思ってきた。

「人生の主役を誰かに譲っちゃうっていうか。自分の人生生きてないなって感じる人にはなんだか痛いような気持ちになるから……」

 途切れた言葉の先を受け止めるような、温度のある声が響く。

「とても、主様らしいですね」

 見上げると、いつもと変わらない瞳で、ハーヴェイが微笑んでいた。

「主さまは優しい人です。聡明で、なにもかも見通すようで。その賢さと優しさが時々怖いくらいで」

 そして、照れたように、首筋に手をあてる。

「たしかに俺も彼女たちと似ているかもしれません。自分の人生を誰かにあけわたしていた、という意味では」





 同じ体制のまま、ハーヴェイがふいに前を見る。

「けれど今は、違うんです」

 きっぱりと、その声は響いた。

「いつ何時倒れるかわからない。そのことが、つらくなってしまって」

 ふいにその手が、こちらに伸びてくる。

 ぎこちなく。ためらいがちに。

「主様と過ごす時間が愛おしくて。終わってほしくないと、思ってしまうんです」

 ハーヴェイはわたしの手をとると、そっと額に押し当てる。





「主様は、主様の身の安全をなによりご優先ください」

「……!」

 自分に優しく。

『癒執事』のコンセプトだ。

 執事たちのかけてくれる声で。

 美容や健康のミニ知識で。



 気付けばわたしは前よりずっと、自分を大事にできるようになっていた。





 ぐっと唇を噛んで、彼に告げた。

「あたしだって。終わってほしくないよ……!」

 ふっと彼は微笑む。

「なんだか、話し込んでしまいましたね。今日はもう休みましょう」





 神様や宗教なんて、信じてないけど。

 窓から見える月に、祈る。



「主様。まだ髪が濡れていますね。身体が冷えてしまいます」





 右手の甲に感じる、このぬくもりが。





「トリートメントしたあとは必ずブラッシングをしてください。全体に薬品がいきわたり、いいヘアケアになります」



 

 どうかずっとずっと、続きますように。
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