30 / 69
第7章 執事と主様と大事件
1
しおりを挟む
それから一週間後の週末。
アパ―トにて。ハーヴェイを買い物に追い出し(?)その隙に作戦会議。
わたしはメイナードとボイスと向かい合っていた。
「この間の飲み会は協力ありがとう」
メイナードは相変わらず芝居がかったしぐさで顎に手をやる。
「首尾は上々ではないでしょうか。私見ではハーヴェイさんもかなり主様を意識されているかと」
「だからそれはさぁ、あくまでキャラ設定のせいであって」
「ふん。めんどくせぇ。くっつきてーなら勝手にくっついてろ」
「あ、ボイス。それはだめ」
ボイスが手を伸ばそうとしている、机に置かれた焼き菓子を、わたしは脇へのけた。
「これはお客様用。今日は梅ちゃんをおうちに招待するんだから」
「ちっ」
「こほん。話しを戻しますが」
メイナードが咳払いする。
「主さまはハーヴェイさんが、心から主様を好きなのではないと懸念しておられるのですね」
……まぁそうだ。
アプリの設定上そうなってるだけだと思っている。
だってそうだろう。
でなきゃあんなイケメンが美人でもスタイル抜群でもない、ついでに言うと経済力も不安なわたしをどうして好きになっているのだ。
「ふ~む、これはどうしたものか」
「めんどくせー。本人に直接聞きゃいいだろ」
「そ、それは……」
と、視線を下に彷徨わせ、あることに気づいた。
「あ、ボイス、またマドレーヌに手を伸ばしてる! だめっ」
「ボイスさんは少し、乙女の心情というものをわからなすぎです……」
メイナードと二人で溜め息をついたとき、機械音が響いた。
ぞくっといやな予感がする。
一週間前、居酒屋でメールを寄越したのと同じ相手だと、本能的に悟る。
メールに返信せずにずっと無視していたからだ。
身体が硬くなり、強張るのがわかる。
「主様、どうされましたか?」
「震えてんな。やばい相手か?」
「……」
声が、でない。
二人の表情が険しくなる。
「主様にあだをなす相手とあらば、このメイナード、全力を持って応対させていただきますが」
「ふん。恐喝なら一喝すりゃ済む話だろ」
二人が通話ボタンをタップしようと、手を伸ばす。
「ま、待って……だめ……」
一喝して済むような相手じゃない。
これは……。
二人とは別の手が伸びてきて、受話器を切るボタンを押した。
「二人とも、そこまでだ」
片手に、コンビニの飲み物とお惣菜の入った袋を持ったハーヴェイが、硬い表情で立っている。
「ここは俺に任せてくれないか」
ボイスとメイナードは互いに目を見合わせる。
「……ふん。手柄譲る気ねーって顔だな」
「わかりました、ハーヴェイさん。我々はこれにて失礼いたします」
二人がスマホの中に音もなく吸い込まれ去っていくと、ハーヴェイはとなりにこしかけた。
「主様」
斜め上から、紺色の瞳が見つめてくる。
「電話の音も、階段の音も。恐怖の原因となるものは同じ。そうですね」
「……」
悟られないようにしてた。
だから反応したくはなかったが、ほかにどうしようもなく、一つうなずく。
「差し出がましいかもしれませんが、音が鳴るたび恐怖を感じるなら、対策をすべきだと思います」
きゅっと口元を結んだ。
そのとおりだ。
無視しているだけじゃ、なんの解決にもならない。
「よろしければ、お話ください。恐怖を感じるわけを」
心持、彼が前のめりになって。
同時に窓辺の一輪挿しのガーベラが揺れた。
「もっと俺を、頼ってください」
「……」
言えるわけ、ない。
「ハーヴェイ、は……」
今はガーベラがある、あの花瓶。
亡くなったご家族に、彼が供えている花。
幼い頃、家族を盗賊に皆殺しにされて復讐のために伝説と噂されるまでの剣士に上り詰め、復讐を果た しぼろぼろになっていたところを、館の先輩執事に声をかけられ、執事の仲間入りをしたハーヴェイは。
アプリ内でも家族を想うエピソードが随所に出てきて。
でももう彼はただのアプリの設定じゃない。
現実に今、目の前にいる。
理不尽に家族を失った彼に、言えるわけない。
家族が、怖いなんて。
「ごめん。ごめんね」
「主様……?」
ストーリーで切ない表情をみるたび、
大切な人のために身を削るそのシーンを見るたび涙して。
そして。
「あたし、ハーヴェイがうらやましいって思っちゃった」
家族を皆殺しにされて、深く悲しめる、彼が。
「あたしにはその感情がわからない……。育ててくれた人たちに、消えてほしいって思ってる」
「主様」
「わかってくれたよね。あたしは素敵な優しい主様なんかじゃない。そういう悪魔みたいな人間なんだよ」
あえて、口をはさむ隙を与えず、一気に言った。
「メールと電話、父親からなんだ」
「生活費のために金をよこせって」
渇いた笑いが口から出た。
「典型的なだめ親父でさ」
幼い頃から暴力が絶えないような男だった。
今は働かず母以外の女性と暮らしている。
なのになぜか母親は父親をかばってばかりいて、生活を支え続けている。
そんなだから母はたまに心が絶えられなくなるのか、感情をぶつけるメッセージを送ってくる。
死にたいとか、人生に絶望したとか。
時には、お前はだめな人間だとか、母を見捨てて出て行ったとか、そんなふうに、わたしを否定するような言葉もある。
「祖父母の介護のときだけしつこく呼びつけられて。従わないと乗り込んでこられたこともあって」
それでも、以前は呼び出しに応じてたし、連絡もとっていた。
それをしないことは親不孝のような気がして。
心身を削られながらなんとなく関係を続けていた。
「けどね。アプリの中の、ハーヴェイたちに会って」
執事たちに大事にされて。
自分は大事にしてやるものだと知った。
それからは、連絡がきても無視することにした。
しばらくはそれで済んでいたんだけれど。
飲み会の日の、父親からの生活費の送金を要請するメッセージと口座情報。
おそらく金が尽きているのだろう。
「……」
話し終えた時、キャンドルの明かりが消えたような錯覚に陥った。
そうだ。
これを話すときが、夢の終わりだと思っていた。
わたしの本性を知ればハーヴェイも、失望するだろう。
事実俯いて、なにかを押し殺すような顔をしている。
アパ―トにて。ハーヴェイを買い物に追い出し(?)その隙に作戦会議。
わたしはメイナードとボイスと向かい合っていた。
「この間の飲み会は協力ありがとう」
メイナードは相変わらず芝居がかったしぐさで顎に手をやる。
「首尾は上々ではないでしょうか。私見ではハーヴェイさんもかなり主様を意識されているかと」
「だからそれはさぁ、あくまでキャラ設定のせいであって」
「ふん。めんどくせぇ。くっつきてーなら勝手にくっついてろ」
「あ、ボイス。それはだめ」
ボイスが手を伸ばそうとしている、机に置かれた焼き菓子を、わたしは脇へのけた。
「これはお客様用。今日は梅ちゃんをおうちに招待するんだから」
「ちっ」
「こほん。話しを戻しますが」
メイナードが咳払いする。
「主さまはハーヴェイさんが、心から主様を好きなのではないと懸念しておられるのですね」
……まぁそうだ。
アプリの設定上そうなってるだけだと思っている。
だってそうだろう。
でなきゃあんなイケメンが美人でもスタイル抜群でもない、ついでに言うと経済力も不安なわたしをどうして好きになっているのだ。
「ふ~む、これはどうしたものか」
「めんどくせー。本人に直接聞きゃいいだろ」
「そ、それは……」
と、視線を下に彷徨わせ、あることに気づいた。
「あ、ボイス、またマドレーヌに手を伸ばしてる! だめっ」
「ボイスさんは少し、乙女の心情というものをわからなすぎです……」
メイナードと二人で溜め息をついたとき、機械音が響いた。
ぞくっといやな予感がする。
一週間前、居酒屋でメールを寄越したのと同じ相手だと、本能的に悟る。
メールに返信せずにずっと無視していたからだ。
身体が硬くなり、強張るのがわかる。
「主様、どうされましたか?」
「震えてんな。やばい相手か?」
「……」
声が、でない。
二人の表情が険しくなる。
「主様にあだをなす相手とあらば、このメイナード、全力を持って応対させていただきますが」
「ふん。恐喝なら一喝すりゃ済む話だろ」
二人が通話ボタンをタップしようと、手を伸ばす。
「ま、待って……だめ……」
一喝して済むような相手じゃない。
これは……。
二人とは別の手が伸びてきて、受話器を切るボタンを押した。
「二人とも、そこまでだ」
片手に、コンビニの飲み物とお惣菜の入った袋を持ったハーヴェイが、硬い表情で立っている。
「ここは俺に任せてくれないか」
ボイスとメイナードは互いに目を見合わせる。
「……ふん。手柄譲る気ねーって顔だな」
「わかりました、ハーヴェイさん。我々はこれにて失礼いたします」
二人がスマホの中に音もなく吸い込まれ去っていくと、ハーヴェイはとなりにこしかけた。
「主様」
斜め上から、紺色の瞳が見つめてくる。
「電話の音も、階段の音も。恐怖の原因となるものは同じ。そうですね」
「……」
悟られないようにしてた。
だから反応したくはなかったが、ほかにどうしようもなく、一つうなずく。
「差し出がましいかもしれませんが、音が鳴るたび恐怖を感じるなら、対策をすべきだと思います」
きゅっと口元を結んだ。
そのとおりだ。
無視しているだけじゃ、なんの解決にもならない。
「よろしければ、お話ください。恐怖を感じるわけを」
心持、彼が前のめりになって。
同時に窓辺の一輪挿しのガーベラが揺れた。
「もっと俺を、頼ってください」
「……」
言えるわけ、ない。
「ハーヴェイ、は……」
今はガーベラがある、あの花瓶。
亡くなったご家族に、彼が供えている花。
幼い頃、家族を盗賊に皆殺しにされて復讐のために伝説と噂されるまでの剣士に上り詰め、復讐を果た しぼろぼろになっていたところを、館の先輩執事に声をかけられ、執事の仲間入りをしたハーヴェイは。
アプリ内でも家族を想うエピソードが随所に出てきて。
でももう彼はただのアプリの設定じゃない。
現実に今、目の前にいる。
理不尽に家族を失った彼に、言えるわけない。
家族が、怖いなんて。
「ごめん。ごめんね」
「主様……?」
ストーリーで切ない表情をみるたび、
大切な人のために身を削るそのシーンを見るたび涙して。
そして。
「あたし、ハーヴェイがうらやましいって思っちゃった」
家族を皆殺しにされて、深く悲しめる、彼が。
「あたしにはその感情がわからない……。育ててくれた人たちに、消えてほしいって思ってる」
「主様」
「わかってくれたよね。あたしは素敵な優しい主様なんかじゃない。そういう悪魔みたいな人間なんだよ」
あえて、口をはさむ隙を与えず、一気に言った。
「メールと電話、父親からなんだ」
「生活費のために金をよこせって」
渇いた笑いが口から出た。
「典型的なだめ親父でさ」
幼い頃から暴力が絶えないような男だった。
今は働かず母以外の女性と暮らしている。
なのになぜか母親は父親をかばってばかりいて、生活を支え続けている。
そんなだから母はたまに心が絶えられなくなるのか、感情をぶつけるメッセージを送ってくる。
死にたいとか、人生に絶望したとか。
時には、お前はだめな人間だとか、母を見捨てて出て行ったとか、そんなふうに、わたしを否定するような言葉もある。
「祖父母の介護のときだけしつこく呼びつけられて。従わないと乗り込んでこられたこともあって」
それでも、以前は呼び出しに応じてたし、連絡もとっていた。
それをしないことは親不孝のような気がして。
心身を削られながらなんとなく関係を続けていた。
「けどね。アプリの中の、ハーヴェイたちに会って」
執事たちに大事にされて。
自分は大事にしてやるものだと知った。
それからは、連絡がきても無視することにした。
しばらくはそれで済んでいたんだけれど。
飲み会の日の、父親からの生活費の送金を要請するメッセージと口座情報。
おそらく金が尽きているのだろう。
「……」
話し終えた時、キャンドルの明かりが消えたような錯覚に陥った。
そうだ。
これを話すときが、夢の終わりだと思っていた。
わたしの本性を知ればハーヴェイも、失望するだろう。
事実俯いて、なにかを押し殺すような顔をしている。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる