主様のお気に召すまま

ほか

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第6章 執事と主様、飲み会へ行く

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 机に突っ伏した状態で目が覚めたのは、ラストオーダーも過ぎ、閉店間際の店内だった。

 肩にはさっきまでハーヴェイが着ていた上着がかかってる。

 瞼に違和感があるなと思って手をやったら、目にじんわり涙がにじんでいることに気づく。







 泣いてる……?

 やばっ。

 酔って泣くとか失態だ。

 あわてて見渡すと、席に人影はなく、店内のお客さん自体も帰り始める頃のようだ。

 ほっと胸をなでおろしたその瞬間、





「わからねぇな。主」





 声をかけられてぎょっとして振り向くと、たたみ席の壁際にボイスがもたれてあぐらをかいている。

「メイナードの野郎の呼び出しに応じてきた目的は酒だけだが、気になっちまったもんでな。余計な口出しと思ったら聞き流すも勝手だが」

 この涙のことだろう。

 あああ恥ずかしい。

 なんて返したらいいかわからない。

「話聴いてるかぎり、なにが問題なのかね。お前今なんか不幸なのか?」

 ハスキーな低声が、騒がしいはずの店内で妙にくっきり響く。

「ちがう……」

 ぎゅっと、肩にかかったジャケットを握る。

 好きになった人が異次元で。

 すごく幸せなのに。

「なのになんで、頭の片隅から声がするんだろう……」

 ボイスは黙って聞いている。







『なんでこいつはふつうじゃないんだ』

『ろくに育てられやしなかったわ』







「なんでふつうの男の人を好きになって結婚できないんだって。頭の中の、この声がっ」

 とてもうるさい。

 いつだってその声に反論している。

 なにがわるいんだ。

 彼はスマホに触れるたびいつも言葉をくれて。

 ラインでひどい言葉をぶつけられることも。

 急に既読無視されることもぜったいなくて。







 現実に会えなくたってかまやしない。

 心の中でにいて話せるし、自分を肯定してくれる。

 そうなんにも問題なんかない。

 ハーヴェイに出会えて、わたしは自分が好きになれた。







 多分、そんなことをまとまりのない言葉で語ったんだと思う。

 全部吐き出してしまうと、ボイスは肩をすくめる。

「やれやれだな」

 そうして語りだした。

「ハーヴェイは、あいつはさいきん変わった。明るくなったっつーかな。まぁ、ぼけっと腑抜けることも多くなったが」

「だからこれはあいつにも言ったことだが。——主」

 両手を頭の後ろで組んで、ボイスは静かに目を閉じる。





「お前の大事なもん、不用意に周りにさらすんじゃねーぞ」





 唐突な言葉に、しばらく静止する。

「え……?」

「どこの世界だろうと、人と違うもんを持って堂々と立ってるやつを叩きたくなる人間つーのは一定数いるからな」

 かすかに、眼帯に隠れていない片方の目が、開いた。

「そんなやつにはわかってもらおうと思うどころか、見せることすらしなきゃいい。大事なものは大事にしまっとくもんだろ」

 ふわぁっとあくびを一つ、ボイスは大儀そうに片手を上げる。

「大事なもんを守るのに、誰かの許可なんかいらない。視線すら気に留めるなってことだ」

「ボイス……」







 知らず笑みがこぼれる。

 主は主のままでいい、なんて。

 彼が実際に言ったわけじゃないけど。

 とどのつまりはきっと、そう言ってくれてるんだなと思うと、ほっとした。

 でもそれもつかの間だった。

 メール着信を告げる音に、反射的にスマホを取り出して。

 差出人を見て、ぞくりと身体に悪寒が走る。

 嫌な予感は的中し、メッセージを目で追うごとに、震えがとまらない。





「主様」





「あ……」

 気が付くと、お会計を済ませたのか、メイナードとともに帰ってきたハーヴェイが心配そうにのぞき込んでいる。

「顔色が悪いです。少し飲み過ぎましたか」

「う、うん……そうみたい」 

「申し訳ありません、主様。わたくしがノンアルコールとアルコールを間違えなければ」

「メイナードのせいじゃないよ」

 状況が状況なだけにどうにかごまかせたけど。

 三人にアパートまで送ってもらう間も、不吉なメッセージが頭から離れなかった。
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