主様のお気に召すまま

ほか

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第11章 執事VS執事

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 数日後、わたしはいつものようにパソコンを前に執筆の仕事をしていた。

「朝からお仕事ですか。主様は勤勉ですね」

 そう言うハーヴェイは今日は作業服姿だ。





「今日バイトだっけ?」

「はい。行ってまいります」

「ハーヴェイ。あの。疲れてる?」

 なんとなく、そんな気がしてつい、口をついて出た。

「朝ごはん。自分の分は作ってなかったみたいだし……」

「気を遣わせてしまったようですね。だいじょうぶです。昨晩少し食べ過ぎてしまっただけですから」

「……そう。気を付つけてね」

「ありがとうございます」

 見送りつつ、昨日の夜のメニューが、シンプルなサラダとお豆腐だったのを思い出す。





「……」

 ハーヴェイとの間の気まずさはのけられたものの、なんとなく根本解決にはなっていないような気がする。

 数日こっち、彼はまだやっぱり元気がない。

 ふとしたときに考え込んだりしている。

 原因が自分だということがわかっているから、余計、罪悪感に胸が痛む。





「メイナードはどう思う? いったいどうしたらいいんだろう」

 それは夕暮れ時、ふらりとスマホからやってきたメイナードとオレンジジュースの残りを飲みながら、ふとした瞬間に口にしたことから始まった。

「なにか、ハーヴェイにも元気になってもらう方法は――」

「そうですね」





 いつもなら滑らかに助言が滑り出てくるその口元がかすかに開き、なにかを噛み締めように蠢く。

「ハーヴェイさんは、主様が心配なのですよ。その気持ちはよくわかります。わたくしもそうです。ほの様ことを思うと、この身が引き裂かれるほどに……千の針で刺されたように苦しく思いますから」

 メイナードの表現は相変わらず詩的だが、なんだかいつもの大ぶりな抑揚がない。

 優しい彼らにこんな顔をさせている。

 主としていけない自覚はある。





「うん。ごめんね、色々心配かけて」

 口にすると考え込んでしまって、わたしは立ち上がった。

 ひとまず物理的にも心理的にも、空気を入れ替えよう。

 ワンルームの窓に向かう。

「わたくしを――いいえ」

 言いよどんだメイナードの、ふっと苦み走った吐息が聴こえた気がする。

「ハーヴェイさんを安心させる方法としては――おそらくただ一つでしょう」

「え――」





 がらがらと開けた窓から、さあっと初夏の風が舞い込んでくる。

 その風は六月という時季には珍しく意外と強くて、机の上に置いた書類や本類がかさっかさと音を立て、ばたんと、一冊の本が床に落ちる。

 あわてて窓を閉め、本を拾い、中身を確かめる。

「あちゃー」

 いくつかページが折れちゃった。残念。これ結構値段する本なんだよね。

「……」

 ん?





 反応が返ってこないのを不思議に思い、振り返って静止する。

 メイナードの乱れた前髪が目を隠している。

 いつも上げている前髪が降りただけで、だいぶ印象が変わる。

 知的な彼が、なんだか野性的に見えるな。

 なんて思っていると、メイナードは彼らしくもないぞんざいな手つきでくしゃっと前髪に手をかけた。







「ふっ。……そいつを俺に訊くってか」







「え?」

 なんか、声色が違うような。

「ハーヴェイの奴を、どうしたら安心させられるかって……?」

 なんだか胡乱な目つきでふらりふらりと近寄ってこられて、ぐっと強い力で腕をとられる。

「め、メイナード?」

「見上げた根性してんじゃねーか。主様よ」

 そのまま片腕を持ち上げられ、力づくで壁に押し付けられる。

 斜め上から見下ろされている……?





「ちょ。メイナード、いったいどうしちゃった……?」

「俺の答えはこうだ。よく聴いとけよ」

 すっと身をかがめ、唇を耳元に近づけ――。

 普段の軽やかさのかけらもない声が、すごんだ。







「死んでも教えねー」



「な……?」







 上げた顔はほの暗い笑顔を浮かべている。

「それどころか、次ハーヴェイとうまくやる手立てなんか訊いてみろ」

 にっと笑って口元をぬぐう仕草はまるで、飢えた獣のようだ。





「あんたのこと、めちゃめちゃにしてくれるぜ」



「……は?」





 いかん。場の空気にそぐわない間抜けな声を出してしまった。

 一人称、口調、声音。

 どれもがいつものメイナードじゃなさすぎて、言われている内容が入ってこない。



 はぁっと呆れたように息をついて、メイナードは斜めに身体をかたむけた。





「立ち直れないくらい、好きにさせてもらうっつってんだよ」





 また解読が困難なことを言ったかと思うと、ぐっと身体を近づけて、頬に手を当てられた。



「なぁ、どうしてくれんだよ。毎晩すっかり腑抜けにされちまう。元マフィア族のこの俺が、あんたのせいで……」

「……ひっ……」

 内容は相変わらず入ってこないが、そのぶんヴィジュアルは目に焼き付いてくる。

 切なそうな瞳で流し目する様が妙に色気があって……。





「こんな気持ちにさせた責任、今からじっくりとってもらうぜ」

 ようやくわたしは、今やばい状況なのだと悟った。

 この目。その辺の不良よりよほどいっちゃってる目つきだ。

「メイナード。ちょっと……落ち着いて……」

 ぐっと身体を押しのけようとするが、だめだ。

 圧倒的な力差を前に、どうすることもできない。

「そこまでだ、メイナード」

 扉が開いて、鋭い低声が響く。

「主様! こちらです」

 素早く手を引かれ、抱き寄せられる。





「メイナード! 主様になんて真似を!」

「ちっ。邪魔しやがって」

「目を覚ませ、メイナード!」

 先輩執事であるハーヴェイの牽制にも、メイナードは唇を舐めて笑うばかりだ。

「ふーん。俺とやりあおうってのか?」

「そうじゃない。前髪をはやくあげて、いつものお前に」

 ハーヴェイの腕の中、渇いた笑い声を聞く。

 まさかとは思ったが、この危険な響きの声は紛れもなく、メイナードのものだ。







「主様をこの牙からかっさろうってんなら、そっちも牙剥いてかかってきたらどうだ。ハーヴェイさんよ」

「な……んだと。メイナード、本気で言ってるのか」

「クク、まぁこの牙の餌食になるのがおちだろうがな。あんたも、それからあんたの愛しい主様もだ」

 かすかに息を飲み、ハーヴェイは庇うようにわたしを後ろに配置する。

「……いいだろう。そこまで言うなら相手をしてやる。力加減なしでこい」

 ふわりとメイナードが妖しく笑った。

「俺の本気を出すことが、あんたにできれば、だがな?」

「お前……!」





 やばい。これは非常にやばい。

 ハーヴェイまでその気になってしまった。

 二人の強さを鑑みると、マジの殺し合いになる。

 どうにかして止めないと。

 でもどうやって……。

 なすすべもなくメイナードを祈る想いで見つめていて、はっと息を呑む。

 さっき、『前髪をあげて』、ってハーヴェイ、メイナードに言ってなかったか。

 そうあれは、先月の終わり。梅ちゃんとボイスがいい感じになったのを見守った後。







『私の髪だけは、どうかそのままにしておいていただきたい』







 そうか。

 メイナードがすっかり別の人みたいになっているのは、髪型が関係しているんだ。

 今は、いつもと違ってワイルドに前髪を下ろしてる、となれば……。





 ハーヴェイと向き合って何度か攻撃をかわし、牽制しあってるタイミングで。

 わたしはメイナードの後ろから近づき、作業用に髪をまとめていたクマちゃん柄コームをとりさり、そっとその頭に手を伸ばし――。

 そのタイミングでメイナードが振り返った。

「ふん、自分からのこのこやってくるたぁ大胆だね。そういうの、嫌いじゃねーぜ」

 やばい。気付かれてた?

「主様……!」

 ハーヴェイの叫びも空しく、またメイナードに抱き込まれる形になってしまう。

「ハーヴェイから離れたってことは、こっち側につくってことで、いいんだな?」

 にやりとメイナードが笑い、こちらに手を伸ばした瞬間。

「今だ!」

「ぐっ。な、なにしやがる――!」

 ぐっと手を上に伸ばし、オレンジの前髪を掴んで、頭髪のてっぺんに留めたのだった――。
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