ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~

ほか

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第1話 宅配司書と作家志望

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 高級リゾート地、ワイキキビーチに連なるホテルの一つ『アネラ』。



 そこは依頼主――プルメリア・アネラの父が経営するホテルなのだという。



 ビーチの前に岩を敷き詰め、贅沢にあつらえられた露天風呂。



 その奥に威を構える、見上げていたらのけぞってしまいそうな広大な藁葺色の屋根の下には、オレンジ色の木でできた柱が何本も。



 吹き抜けのフロントを通り、応接室らしき空間に通されたラヴェンナはそこここにある巨大な観葉植物を見上げることもなく、トルコ石や翡翠がはめこまれた花瓶の装飾に見惚れることもせず、長テーブルの先の椅子で一人胸元のロケットを握り絞めぽつりと零した。









「……どうしたものでしょうか、社長」



 出されたココナッツウォーターを口に含む。



 ほのかな甘みの中に、マンゴーピューレの香りが鼻に抜けた。



「……おいしいです」



 人心地ついたところで状況整理だ。



 ラヴェンナ・ヴァラディは、ヨーロッパの中央に位置する小国――ウィスタリアの私立図書館に属す司書である。主な担当業務は宅配司書。様々な理由により図書館の専門的なサービスを受けることのできない人々の元へ出張し、主に本のレファレンスや紹介等を請け負っている。



 幾重もの輪を描いて天上界を描いた天井へと連なる書物。



 ロココ調の装飾を施した閲覧席。正面奥にカウンター。



『世界の美しい図書館』という本があればその表紙を飾るような豪奢な職場の事務室でハワイからの依頼書に目を通した時、奇妙だと思ってはいた。



 遠く離れた異国からの依頼。それ自体は珍しいことではない。だが肝心な書面の依頼内容の欄にはただ、ぞんざいに一言書かれているだけだった。









 本の提供求む。英語、もしくはヨーロッパの言語で書かれた書物ならどんなものでも可。









「本に関する依頼でないとなるとこのお仕事は業務外。困りました」



 形のよい眉をハの字にして、目の前の透き通ったドリンクを見つめること数秒。



「だったらさ」



 声のした部屋の入り口に目をやると、依頼主が立っていた。



 斜めに身体を傾け、紅いコートドレスの裾の金糸が垂れ下がっている。



 腕を組んで豊かな胸を張り、腰をしならせ。



 年は二十代半ばから後半にかけて。ラヴェンナと同じか、それより少し上だろうか。



 長い艶やかな濡れ羽色の髪に、先端は白く中心にいくほど鮮やかに黄色がかっていく小さな花を飾っている。斜め上からこちらを見降ろすブラックカラントの瞳は挑戦的に揺れている。







 東洋風美女、という言葉が依頼主プリメリアを見たラヴェンナの頭をかすめた。



 カーマインに塗られた唇が、挑戦的に動く。



「手あたり次第売って。あんたのとこの本。英語かヨーロッパの言語で書かれた本なら何でもいい」



 依頼書の文面を繰り返した後、彼女はこんなことを付け加えた。



「質より量を重視したいの」



 意味深に笑うプルメリアに、ラヴェンナはかすかに眉を顰め、そんな自分をいさめた。



 図書館への依頼としては、だいぶ異質だ。



「申し訳ありません。当社の提供するのは図書館サービスですので、販売は」



「なんだやってないの?」



 そう言って長い髪を振り払うプルメリアは言葉ほど不満げな様子はなく、むしろその返答は予測済みだというように嫣然と微笑み。



「貸出ということでしたら対応可でございます」



「じゃいいわよそれで。部屋に本をぎっしり置いとけば見栄にはなるでしょ。『教養のあるお嬢さんだ』って」



「はぁ」



 やはり読めない。



 ピンとこないラヴェンナの表情を勘違いしたのか、プルメリアはいくらか決まり悪そうに顔を顰める。



「まぁね。ばかげちゃいるけど、そういうもんだからいいのよ」



 ごまかすように片手に持っていた袋から、茶色く丸いものを取り出すと、口に放る。



 ぼりぼりと室内に響く音が小気味よく、広がる甘い香りもかくや。



 ラヴェンナの視線を察したプルメリアが、



「何、ほしいの?」



 思わずこくりと頷いたラヴェンナに一つ、放たれたのは、マカダミアナッツをチョコレートでコーティングした菓子だった。



 手のひらのそれをまじまじと眺め、そっと一口かじると、得も言われぬ幸福感がラヴェンナを包み込む。



「おいしいです。幸せです。とろけます~」



 拍子抜けしたように見つめるプルメリアの視線を感じあわてて姿勢を正す。



「す、すみません。お気遣い、ありがとうございます」



 数秒の後紅い唇から出たのは吐息のような笑い。



 プルメリアはテーブルについた。



「先程の続きですが。教養のある方だと、思われる必要があるのですか」



「ていうか、そうしろっていう親の圧? わかるでしょ」



 まだ首を傾げているラヴェンナを前に頬杖をつき、チョコレートを口に放りながら、プリメリアは続ける。



「今週、結婚相手との顔合わせがあんのよ」



「お客様、ご結婚されるのですか」



 甘い菓子を頬張っているはずのその頬が苦み走ったように歪む。



「そ。人生の墓場へ赴こうとしてるわけ」



「墓場。ご結婚が。何故ですか」
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