完全少女と不完全少年

柴野日向

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2章 小さな友人

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 六月も半ば、連日続く憂鬱な雨が、やっと明けた。それでも灰色の雲は空をいっぱいに覆い、いつでも雨を降らせてやるぞと布告している。
 じめじめした湿気を紛らわせるため、亜希は髪を一つにまとめ、陳列棚の整理をしていた。有線のBGMに被さって、入口近くのレジで、航が会計をしている声が聞こえる。
 オリオンは、商品の安さで勝負をしている店だった。客層はまちまちだが、年配者から金のない学生、更に小さな子どもが小銭を握りしめて来ることも珍しくない。
 だから棚の前に子どもがいるのにも、特に何も思わなかった。通り過ぎて飲料の棚を整理している最中、ふと見上げた時計で時刻が既に夜の八時を回っていることを知る。そこでようやく、子どもが一人で来るには遅い時間だということに思い至った。周囲を見渡しても、親だと窺われる大人はいない。
 踵を返して通路を覗き込み、思わず「あっ」と声を上げた。
 そこにいた小学校低学年ほどの男の子が、棚のおにぎりを持った手を服の中に入れたのだ。その子は亜希の声を耳にすると、慌てて店の外に駆け出した。
「まって!」
 小さな背を追い、亜希は手を伸ばすが届かない。
「来栖くん、その子……!」
 万引きという言葉が咄嗟に出てこなかったが、彼はカウンターから出てくると、目の前を走り去ろうとする子どもの首根っこを掴んだ。
 風のような声を微かに零し、その子が足を止める。その右肩を掴んで振り向かせると、「万引きだな」と航は亜希に確認した。彼女が頷くと、ため息をつく。
「なに盗った」がっくりと項垂れるその子に「手出せ」と更に促す。
 観念したように、小さな手は握りしめていた商品をシャツの中から出してみせた。百円の鮭おにぎり。指の形にへこんでしまっている。
「あっ、いらっしゃいませ」
 子どもを捕まえている航に代わり、亜希は慌ててレジに出た。カゴの菓子を購入する二人組の大学生は、店員が子どもを捕まえているのをちらちらと不思議そうに見ていた。
 彼らが出ていくと、亜希も二人のそばに寄る。
「どうして盗んだんだ」
 航が問いかけるが、その子は口を引き結んで答えない。意地を張っているのかと亜希は思ったが、どうやら泣くのを堪えているようだった。それでも数滴の涙がぽろぽろと頬を伝って落ちる。
 言えない事情があるのかもしれない。容易にその考えには至ったが、だからといって許すわけにはいかないだろう。
「可哀想だけど……」
 亜希はちらりと航を見た。やっと子どもから手を離した彼は、その腕を組んで難しい顔をしている。
「店長さんに言いましょう」
 提案したが、航は何も言わない。代わりに男の子がしゃくり上げた。大粒の涙が零れる目元を必死に拭いながら、細い肩を震わせている。後悔しているのか反省しているのか、それとも恐怖の涙なのか。何も言わないのでわからないが、見ているだけで悲しくなる。
「……いや」
 ようやく航が呻いた。男の子の手からおにぎりを受け取り、カウンターに置く。
「わかってるよな。おまえ、自分が悪いことをしたって」屈んで睨みつけながら言うと、その子は頭が落ちそうなほど何度も首を振って頷く。
「二度としないな。約束できるか」
「来栖くん……」
 思わぬ台詞に亜希が口を挟むそばで、その子は再び大きく頷いた。
「次は絶対に許さないからな」一度壁掛け時計を見上げる。時刻は八時十分。「二十分後に、店の裏に来い」
 そう言うと彼は膝を伸ばし、その子の背を軽く叩いた。有無を言わせぬ様子に、その子は涙を腕で拭いながら、店を出ていく。
「やっぱり、駄目ですよ。万引きは」カウンター内に戻る彼に、迷いながらも亜希は進言する。浮かない顔をする彼が「あ」と声を漏らすのに振り返ると、八時半に入れ違いで入る長谷川が店にやって来るところだった。
「おつかれー」
「おつかれっすー」
 航が返事をするのに、亜希も「お疲れさまです」と軽く頭を下げた。長谷川に先ほどのことを伝えなければいけない。だが、どうしても生まれる迷いに戸惑っている間に、彼は上階へ上がってしまった。
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