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7章 楓
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やがて、元の服に着替え直した航と、青いチェック柄のパジャマ姿の楓が戻ってきた。
「あきちゃん、ただいま」
「おかえり」
可愛らしく甘える楓を抱きとめる向こうで、航が憮然とした視線を送ってくる。物の配置が変わっていることに気づいたらしく、無言で抗議をしている。それに知らんふりをして、楓が持っているタオルでまだ濡れている髪を拭いてやる。
「風邪ひいちゃうから、髪、乾かそうか。ドライヤーある?」
返事をして、楓は洗面所に引き返し、ドライヤーを手に戻ってくる。「片付けるなって言ったのに」その間に航がぼやいたが、すました顔でやり過ごす。
「おいで、楓くん。乾かしてあげる」
いそいそとそばに正座をする楓。その黒く艶のある髪を、熱を当て過ぎないよう気を付けながら乾かす。
濡れている箇所がなくなり、軽く手で髪を梳いてやりながら、ドライヤーを航に手渡した。彼が自分の髪を乾かし始めた頃、楓は部屋の変化に気づいたのか、きょろきょろと辺りを見渡した。
「ビールの缶、洗って捨てておいたけど、大丈夫だった?」
「うん」
頷く彼は、頼りなく眉尻を下げて部屋の隅を指さす。
「あれも、すてちゃうの?」
それは部屋に散らばっていたチラシの束だった。何気なく重ねて置いていたのだが、必要なのだろうか。
「捨てるつもりはないよ。落ちてたから、重ねておいただけだよ」
すると楓はほっとした表情を見せた。正直、亜希には他のゴミとの違いがよくわからない。楓は炬燵を出るとそのチラシを抱き、隣の部屋に続く襖を小さく開けてそちらに行ってしまう。隙間からは敷きっぱなしの布団が見える。
「みてみて」
すぐにチラシの束に加えて一つのクリアファイルを抱え、戻ってきた。炬燵に入り、天板にそれらを乗せる。
髪を乾かし終えた航がその一枚を手に取り、亜希もファイルの中を覗いてみた。その中にもカラフルなチラシが何枚も入っている。
眺めてみて分かったが、それらは主におもちゃや菓子を扱ったチラシ類だった。ファイルから出した一枚には、上部に有名なおもちゃ屋の名前が記載してあり、ぬいぐるみからテレビゲームまで様々な商品の写真が並んでいる。短冊がぶら下がった笹のイラストが描かれているから、七夕頃のものだろう。
「ぼくね、ちらしあつめてるの」
彼は自慢げに笑う。
「みてるとね、すごくわくわくする」
「この、丸ついてるのは?」
ケーキ屋のチラシを亜希は指さした。苺のショートケーキの写真が、黒のペンで丸く囲まれている。
「いいなあっておもったの」亜希の腕に頭をくっつけて、にこにこ笑いながら彼は一緒にそれを眺める。
「ぜんぶおいしそうだけどね、いちばんおいしそうだなあって、まるしたんだよ」
所々、丸のついているチラシがあるが、それは楓が特に興味を抱いたもののようだ。
もしかして、楓はおやつをねだっているのかも。そんな考えは湧かなかった。彼は恐らく、自分のコレクションを自慢したいだけなのだ。興味のあるものを知ってもらい、共感し、話を聞いてほしいのだ。
「こっちのケーキも、美味しそうだね」
「うん!」小ぶりなモンブランの写真を見て、彼は大きく頷く。「あきちゃん、これがいい?」
「私は、食べるならこれがいいかなあ」
「わかった!」
部屋に転がっていたボールペンを拾うと、彼はチラシに丸を付け加えた。その下に不器用な平仮名で「あきちゃん」と書く。大事なものに躊躇いなく自分の名前を加えてくれることが、何だか無性に嬉しい。
「やっぱりおまえ、食うのが好きなんだな」
チラシを眺めていた航が口を開く。
「お菓子ばっかだな」
楓が付ける丸印は、おもちゃよりも食べ物のほうが多い。航は一枚を亜希の方に向ける。
日付を見るに、去年のクリスマスのものだ。袋から溢れんばかりに菓子が入っている詰め合わせ。それには一際強い筆圧で、鉛筆による丸が何重にも描かれていた。キャンディ、クッキー、チョコレート。子どもを飽きさせないラインナップの菓子がこれでもかと詰まっている。
「おやつ、すきだもん」
それを手に取り、嬉しそうに彼は眺める。
「どきどきして、うれしくなるの」
実物を欲することなく、写真を見るだけで彼は幸せを感じるようだ。この部屋でたった一人、チラシを眺めて喜ぶ楓の姿。想像すると、あまりに健気で不憫だ。
そんな彼が、今は少しでも楽しい時間を過ごせたらいい。そうして話している内に、流石に疲れを感じてきたのか楓は目を擦り始めた。
「あきちゃん、ただいま」
「おかえり」
可愛らしく甘える楓を抱きとめる向こうで、航が憮然とした視線を送ってくる。物の配置が変わっていることに気づいたらしく、無言で抗議をしている。それに知らんふりをして、楓が持っているタオルでまだ濡れている髪を拭いてやる。
「風邪ひいちゃうから、髪、乾かそうか。ドライヤーある?」
返事をして、楓は洗面所に引き返し、ドライヤーを手に戻ってくる。「片付けるなって言ったのに」その間に航がぼやいたが、すました顔でやり過ごす。
「おいで、楓くん。乾かしてあげる」
いそいそとそばに正座をする楓。その黒く艶のある髪を、熱を当て過ぎないよう気を付けながら乾かす。
濡れている箇所がなくなり、軽く手で髪を梳いてやりながら、ドライヤーを航に手渡した。彼が自分の髪を乾かし始めた頃、楓は部屋の変化に気づいたのか、きょろきょろと辺りを見渡した。
「ビールの缶、洗って捨てておいたけど、大丈夫だった?」
「うん」
頷く彼は、頼りなく眉尻を下げて部屋の隅を指さす。
「あれも、すてちゃうの?」
それは部屋に散らばっていたチラシの束だった。何気なく重ねて置いていたのだが、必要なのだろうか。
「捨てるつもりはないよ。落ちてたから、重ねておいただけだよ」
すると楓はほっとした表情を見せた。正直、亜希には他のゴミとの違いがよくわからない。楓は炬燵を出るとそのチラシを抱き、隣の部屋に続く襖を小さく開けてそちらに行ってしまう。隙間からは敷きっぱなしの布団が見える。
「みてみて」
すぐにチラシの束に加えて一つのクリアファイルを抱え、戻ってきた。炬燵に入り、天板にそれらを乗せる。
髪を乾かし終えた航がその一枚を手に取り、亜希もファイルの中を覗いてみた。その中にもカラフルなチラシが何枚も入っている。
眺めてみて分かったが、それらは主におもちゃや菓子を扱ったチラシ類だった。ファイルから出した一枚には、上部に有名なおもちゃ屋の名前が記載してあり、ぬいぐるみからテレビゲームまで様々な商品の写真が並んでいる。短冊がぶら下がった笹のイラストが描かれているから、七夕頃のものだろう。
「ぼくね、ちらしあつめてるの」
彼は自慢げに笑う。
「みてるとね、すごくわくわくする」
「この、丸ついてるのは?」
ケーキ屋のチラシを亜希は指さした。苺のショートケーキの写真が、黒のペンで丸く囲まれている。
「いいなあっておもったの」亜希の腕に頭をくっつけて、にこにこ笑いながら彼は一緒にそれを眺める。
「ぜんぶおいしそうだけどね、いちばんおいしそうだなあって、まるしたんだよ」
所々、丸のついているチラシがあるが、それは楓が特に興味を抱いたもののようだ。
もしかして、楓はおやつをねだっているのかも。そんな考えは湧かなかった。彼は恐らく、自分のコレクションを自慢したいだけなのだ。興味のあるものを知ってもらい、共感し、話を聞いてほしいのだ。
「こっちのケーキも、美味しそうだね」
「うん!」小ぶりなモンブランの写真を見て、彼は大きく頷く。「あきちゃん、これがいい?」
「私は、食べるならこれがいいかなあ」
「わかった!」
部屋に転がっていたボールペンを拾うと、彼はチラシに丸を付け加えた。その下に不器用な平仮名で「あきちゃん」と書く。大事なものに躊躇いなく自分の名前を加えてくれることが、何だか無性に嬉しい。
「やっぱりおまえ、食うのが好きなんだな」
チラシを眺めていた航が口を開く。
「お菓子ばっかだな」
楓が付ける丸印は、おもちゃよりも食べ物のほうが多い。航は一枚を亜希の方に向ける。
日付を見るに、去年のクリスマスのものだ。袋から溢れんばかりに菓子が入っている詰め合わせ。それには一際強い筆圧で、鉛筆による丸が何重にも描かれていた。キャンディ、クッキー、チョコレート。子どもを飽きさせないラインナップの菓子がこれでもかと詰まっている。
「おやつ、すきだもん」
それを手に取り、嬉しそうに彼は眺める。
「どきどきして、うれしくなるの」
実物を欲することなく、写真を見るだけで彼は幸せを感じるようだ。この部屋でたった一人、チラシを眺めて喜ぶ楓の姿。想像すると、あまりに健気で不憫だ。
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