一年後に君はいない

柴野日向

文字の大きさ
21 / 43
2章 近からず、遠からず

しおりを挟む
 二日後の木曜日、佑は放課後に三十枚の原稿用紙を持ってきた。早い方がいいと思って、と彼は戸口で言った。
 取りあえず教室に入れ、日比野がめくる原稿用紙を、弥生と瑞希が覗き込む。佑は少し離れたところで、物珍しそうに教室内をきょろきょろ見回していた。
「すげえ、三十枚丁度だ」
 ざっと目を通し問題がないことを確認すると、日比野が感心して言った。佑の作品は三十枚目の真ん中で終わっている。数枚の増減は誤差の範囲と伝えていたが、まさかここまできっちり枚数を守るとは三人とも思わなかった。
「結城くん、ほんとに文芸部入る気ない?」
 しかし期待を込めた日比野の台詞に、「いやあ」と佑は曖昧に笑う。「学外で入ってるから、まあいいかなって」
「もったいないなあ」
 部長は心底残念そうな顔をし、「二日で仕上げるとは思わなかった」と素直に心情を吐露した。
「紙じゃなくて、原稿データってある?」
 原稿は、パソコンに打ち込み印刷したものだ。佑は頷く。
「アドレスとか教えてくれたら、あとで送ります……。これ、なんですか」
 近くの机に積まれた小道具を指さすのに、「こら、触るな」と瑞希は叱咤した。「それは演劇部のやつ」佑は慌てて手を引っ込めた。
「大したもんじゃないけど、ジュースでも奢るよ」
「え、ほんとですか?」
 日比野の言葉に、佑が目を輝かせる。
 あっという間に仲良くなった二人は、教室を出ていった。
 瑞希は改めて、机に残された原稿用紙の束をめくる。隣で弥生も同じように文字を目で追っている。ある日突然、触れたものを消す力を得た主人公のSF作品で、よくこの枚数でまとめられたなと、瑞希はうっかり感心してしまった。それも声を掛けられてから二日で持ってくるなんて、ちょっと信じられない。だが、完成品は現にこの手の中にある。
「……なんだかなあ」
 読み終わると、弥生がため息をついて近くの席に腰を落とした。「馬鹿馬鹿しくなっちゃうね」彼女の気持ちは、瑞希も痛いほどよくわかる。
 悔しいのだ。部長が彼を易々と受け入れたことも、圧倒的な実力差を見せつけられたことも、佑が全く偉ぶっていないことも。自分たちだけの部誌というフィールドを蹂躙された気がして、だけど彼の協力を仰ぐ必要があるという事実が納得できないのだ。
「こんな実力差見せつけられたらさ」
「……私も予想外だったけど」
 サークル内では、佑はあまり積極的に活動する方ではない。ふざけたショートショートや川柳を書いて、富士見たちに笑われているのが常だ。イベント時の時代小説が、思いの外まともだった、という感想しかなかった。
「部長もあんな褒めちゃって。あーあ、部活辞めよっかなあ」
「本気で言ってんの?」
「じょーだんだよ、冗談。でもなんだかなあ、しんどいわあ」
 どんなに頑張っても、自分たちは二日でこれほどの作品を仕上げることはできない。早ければ良いというものでもないが、彼の作品は確かな質を伴っている。どんなに頑張っても追いつけない実力を目にした時は、自信を失くしてしまうものだ。弥生の言うように、しんどくなるのだ。
 誰も責めるわけにはいかない。けれど、気分が沈んでしまうのは、どうしても止められなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...