26 / 43
2章 近からず、遠からず
12
しおりを挟む
無事に年が明け、短い冬休みもすぐに終わった。部活のない曜日に図書室に行くと、佑は必ずそこで待っていた。周囲に勘違いされると困るので、瑞希はさっさと廊下に出て、佑が急いで追いかける。そんな彼のことを、弥生はこっそり「ハチ公」と呼んだ。
「ねえねえ先輩、秘密基地行きましょうよ」
「嫌。寒いし」
「そう言うと思って、あったかい毛布持ってきたんですよ。ぬくぬくですよ」
通学鞄とは別に、彼はやけに膨れたバッグを手にしていた。瑞希は訝しく思っていたが、まさか毛布が入っているとは想像しなかった。遠い道のりを、えっちらおっちら持ってきたのを思うと、そこまでするかと呆れてしまう。だが、彼が大荷物を抱えてすごすご帰る背を見送るのもやるせない。完全にペースに乗せられているのは悔しいが、しぶしぶ秘密基地に向かった。
それでも最初に連れられてから、週に一度は訪れていた。静かな土手で本を読む時間は、思いのほか心地よく、当初ほど嫌な気はしなくなっていた。しかし寒風に耐えてまで居座る気にはなれず、寒くなった頃から足は遠のいていたのだ。
ソファーにかけていた車用のシートを外し、クーラーボックスから取り出したタオルケットをかける。並んで座り、佑の持ってきたウールの毛布を膝に乗せた。
「お母さんが冬用の毛布買い替えてて、いらなくなったのを貰ったんですよ」
彼の言う通り、白色の毛布はいくぶん色褪せているが、十分に温かい。今日は空気は冷たくとも風はなく、浮月川も静かに流れている。しょうがない、少しだけ過ごすかと本を取り出した。
「締切り、ちゃんと間に合いました?」
話しかけたくてうずうずしていた佑は、我慢できなかったらしい。瑞希が五ページも読まないうちに口を開く。
「間に合ったよ」
「よかったー。じゃあ、しばらくお休みですね」
「そういうわけにもいかない。次のこと考えないと」
「ひえ、ストイックだなあ」大袈裟にのけ反る姿が視界の端に映る。「大まかな話は決めたんですか」
「まあね」
「どんなのです?」
言わない、と本に視線を落としたまま呟く。「教えてくださいよー」尚も食い下がってくるが、無視をする。またオカルト巡りだ云々と言われたらかなわない。
しかし彼は「ねえねえ」としつこく離れない。
「じゃあ当てますね。えっと、路線変えて動物系? それともファンタジーかな。孤島のミステリはありふれてるし……そこを敢えて密室で攻めてみるとか。SFなんかも良さそうですね。設定が難しいけど、先輩なら上手にまとめられますよ! どんなテーマにします? アポカリプスだったら……」
思うがままに喋りまくる佑の額を、瑞希は文庫本の表紙で殴る。ようやく静かになった彼に、「誘拐」と短く告げた。
「私の体験で特殊なものっていえば、あの事件だから」
誘拐事件を題材にすれば、ある程度被害者の気持ちはリアルに想像できる。実際には存在しない事件だったが、自分は確かに体験した。これは強みではないかと思ったのだ。
「誘拐……」
佑は額を抑えて呟いた。ほんの一瞬顔が強張り、口の端が震えたが、本のカバーを直す瑞希は気付かなかった。
「面白そうですね」
そしてすぐに笑ったから、その逡巡を瑞希が知ることは永遠になかった。
「ねえねえ先輩、秘密基地行きましょうよ」
「嫌。寒いし」
「そう言うと思って、あったかい毛布持ってきたんですよ。ぬくぬくですよ」
通学鞄とは別に、彼はやけに膨れたバッグを手にしていた。瑞希は訝しく思っていたが、まさか毛布が入っているとは想像しなかった。遠い道のりを、えっちらおっちら持ってきたのを思うと、そこまでするかと呆れてしまう。だが、彼が大荷物を抱えてすごすご帰る背を見送るのもやるせない。完全にペースに乗せられているのは悔しいが、しぶしぶ秘密基地に向かった。
それでも最初に連れられてから、週に一度は訪れていた。静かな土手で本を読む時間は、思いのほか心地よく、当初ほど嫌な気はしなくなっていた。しかし寒風に耐えてまで居座る気にはなれず、寒くなった頃から足は遠のいていたのだ。
ソファーにかけていた車用のシートを外し、クーラーボックスから取り出したタオルケットをかける。並んで座り、佑の持ってきたウールの毛布を膝に乗せた。
「お母さんが冬用の毛布買い替えてて、いらなくなったのを貰ったんですよ」
彼の言う通り、白色の毛布はいくぶん色褪せているが、十分に温かい。今日は空気は冷たくとも風はなく、浮月川も静かに流れている。しょうがない、少しだけ過ごすかと本を取り出した。
「締切り、ちゃんと間に合いました?」
話しかけたくてうずうずしていた佑は、我慢できなかったらしい。瑞希が五ページも読まないうちに口を開く。
「間に合ったよ」
「よかったー。じゃあ、しばらくお休みですね」
「そういうわけにもいかない。次のこと考えないと」
「ひえ、ストイックだなあ」大袈裟にのけ反る姿が視界の端に映る。「大まかな話は決めたんですか」
「まあね」
「どんなのです?」
言わない、と本に視線を落としたまま呟く。「教えてくださいよー」尚も食い下がってくるが、無視をする。またオカルト巡りだ云々と言われたらかなわない。
しかし彼は「ねえねえ」としつこく離れない。
「じゃあ当てますね。えっと、路線変えて動物系? それともファンタジーかな。孤島のミステリはありふれてるし……そこを敢えて密室で攻めてみるとか。SFなんかも良さそうですね。設定が難しいけど、先輩なら上手にまとめられますよ! どんなテーマにします? アポカリプスだったら……」
思うがままに喋りまくる佑の額を、瑞希は文庫本の表紙で殴る。ようやく静かになった彼に、「誘拐」と短く告げた。
「私の体験で特殊なものっていえば、あの事件だから」
誘拐事件を題材にすれば、ある程度被害者の気持ちはリアルに想像できる。実際には存在しない事件だったが、自分は確かに体験した。これは強みではないかと思ったのだ。
「誘拐……」
佑は額を抑えて呟いた。ほんの一瞬顔が強張り、口の端が震えたが、本のカバーを直す瑞希は気付かなかった。
「面白そうですね」
そしてすぐに笑ったから、その逡巡を瑞希が知ることは永遠になかった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる