百万回目の大好き

柴野日向

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1章 夏実と麻斗

6-2

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 茜からのメッセージの受信に気づいた頃には、すっかり花火大会は終わってしまっていた。
「財布見つかったんだって。よかったねえ」
「そうですね」
「でも何も、混んでるからって先に帰らなくってもいいのに」
「……そうですね」
「なになに、どしたの?」
 画面を夏実が覗き込んでくるのに、麻斗は慌てて顔を上げて「なんでもない」と返す。五樹から「頑張れ」と個人的にメッセージが届いたことなど、言えるわけがない。
 五樹と茜が共謀して自分たちを残したことに気づいたのは、麻斗だけだった。恐らく財布を失くしたというのも、二人きりにするための嘘だったのだろう。
 何を頑張ればいいんだと、麻斗は少し先を歩く夏実を見やる。それでも、頑張る方法はひとつだけ思いついた。友人のいたずらな顔を思い出しながら、「五樹め」と口の中だけで呟いた。
「先輩」
「なに?」
 足を止めてしまった麻斗を、夏実は訝しげに見つめる。人気のない海岸沿い、幸い月の光が明るいおかげで相手の顔ぐらいは楽に見やることができる。
「早く行こうよ。駅に行けばもっと明るくなるし」
「だから」
 緊張で心臓が鳴るのが聞こえてくる。唇を一度軽く舐め、息を軽く吸った。
「手、繋ぎましょう」
「……え?」
「ここ、暗いから。危ないから。その、先輩ドジだから転ぶかもしれないし。手繋ぐって、ただそれだけで、他に意味なんてないんだけど」
 いつになく、しどろもどろになりながら、麻斗は右手を差し出してくる。顔がほころんでしまうのを、夏実は抑えられない。
「うん!」
 数歩の距離を駆け戻り、しっかりと麻斗の手を握る。今は彼は逃げてしまわない。あの音楽会の時とも違う、手を繋ごうと言って繋いでくれる。それだけでも嬉しくてたまらない。
「先輩、学祭出れますかね」
「うーん。ギリギリだから、どうかなあ。出られたとしても、あんまり時間は貰えないかも」
 それなのに、麻斗は更にこんな事を言ってくれる。
「もし出られるなら、手伝いますよ」
 まさか、と口に出しかける夏実を見て、彼は慌てて首を振った。駅を目指して二人はゆっくりと歩く。
「ぼくが出るってことじゃなくって。えっと、練習するなら付き合うっていうだけで」
「それって、ピアノ弾いてくれるってこと?」
「まあ……それしかできないから」
 「やった」と声を上げて思わず夏実が両手を上げると、手を繋いでいる麻斗も片手を上げる形になる。また喜びすぎだなと、彼は小さく笑う。
「でも、いいの? 麻斗、合唱コンクールでもピアノ弾くんでしょ。練習大丈夫?」
 毎年十一月に開かれる、学級対抗のイベントだった。クラスの一人が伴奏役としてピアノを弾くことになっており、例に漏れず麻斗もその一人に選出されている。
「夏休み前から練習してたから、問題ないです。暗譜しろってわけでもないし」
「おおー。かっこいいねえ。さすが!」
 麻斗の頑張りは、いとも容易く夏実に伝わった。
 夏実からの激烈な好意には、確かにうんざりする面もあり、人前で抱きつくなど止めてほしいことは多々ある。知らない人にも振り返られるのは恥ずかしくて仕方がない。
 だが、だからといって嫌いにはなれないのだった。
 むしろ夏実の「好き」が一過性であり、あまりすげない態度を取りすぎて嫌われてしまうのは怖いと思った。
 自分の暗い部分を知っても、まだこうして好きだと言ってくれる。それならば、いくらか自分も素直になるべきではないか。「好き」がわからないままでも、少しでも応えるのが正しいのではないか。いや、正誤の問題ではない、そうしたい。「好きだ」と言えないのなら、ほんの少しの態度だけでも。
「私の指、硬いでしょ」
 幾分照れくさそうにそう言うと、夏実は麻斗の右手を軽く握った。確かに、繋ぐ彼女の左手の指先は少しだけざらついている。
「ギターの弦押さえてるから、ですよね」
「そうだよ。皮がちょっと厚くなっちゃうんだよね。あーあ、もっと可愛い手だったらよかったのに」
「でもこれは、毎日頑張ってる成果じゃないですか。先輩はいつもぼくのピアノを褒めてくれるけど、先輩だって、こうしてギター頑張ってて、ボーカルまでやって、ほんとは、すごいなって思ってて……」
 言いたいことは、言えるうちに。相手が隣にいてくれる間に。
 いつまでも、永遠にだなんて、そんな言葉は嘘っぱちなんだから。

 そう、大切なのは、生きている時間だ。

「……ありがとう、麻斗」
 麻斗が握る手に力を込める。強くつないでくれる手を、夏実も握りしめる。顔を見合わせる。どちらからともなく、笑い声があふれてくる。
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