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2章 流星の旋律
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「ああもう、鬱陶しい!」
「鬱陶しいって先輩に向かって言うな! 最近やっとデレてきたと思ったのに、期待させんな!」
「しがみつくな! 勝手に期待されても困るんですよ」
人のいなくなった放課後の教室。麻斗の腕を力任せに引っ張る夏実と、夏実を懸命に引き剥がす麻斗を見ながら、「変わらないなあ」と五樹が呟く。
「あ、そういえば夏実さん、学祭出れるってマジっすか」
「そうそう、マジなんだよこれが」
「うわっ」
急に腕を離され吹き飛びかけた麻斗が抗議の視線を送るのに、不幸にも夏実は気がつかない。
「一曲だけなんだけどさあ。聞いてよ、その一曲がさ、麻斗が」
「五樹、もう時間だろ。茜先輩と白井さん、待ってるぞ」
夏実の言葉を遮る麻斗の台詞に、五樹はそうだそうだと頷くと、机にもたせかけていたベースのケースを背負う。また明日と手を振るのに、麻斗と夏実も手を振り返した。
麻斗の言う「お礼」とは、夏実が学祭で演奏する一曲を作ってくるということだった。学祭まであと一ヶ月と少ししかない。一週間だけ時間をくれと麻斗が言ってから、丁度一週間が経過していた。
「一応、作ってはきたけど……自信はないですよ」
「いーのいーの。とりあえず見せて!」
作ると言った割には、渋々といった様子で彼は鞄から数枚のルーズリーフを取り出す。歌詞の書かれた一枚と、楽譜の書かれた三枚だ。
麻斗の前の席――つまりは五樹の席に陣取り、夏実は後ろを向いて彼の机に頬杖をつく。静かな教室には秋の風に乗って、吹奏楽部の練習する楽器の音がやけに遠くから聞こえてくる。
「あーあ。君があと一年早く生まれてくれてたらなあ。そしたら同じクラスにもなれて、いっつも一緒にいられたのに」
「一年遅くてよかった」
「なんだってぇ?」
「そんなことより、演奏出来そうかどうか見てください。無理だったら書き直すから」 ルーズリーフを夏実に差し出すが、彼女はそれを麻斗の方に向け直す。
「ちょっと歌ってみてよ。イメージ湧かせるから」
「でもぼくは歌なんか……」
「イメージイメージ。雰囲気教えてよ。作った人じゃないとわかんないもん」
判定役の夏実に言われれば仕方がない。迷いながらも麻斗は小声で歌い始めた。
決して明るい歌詞ではないが、曲調は比較的アップテンポであまり暗さを感じさせない。それでも影のような憂いを秘めた曲だった。
知っていれば、これは麻斗が離れてしまった家族に向けて書いたものだと気づくだろう。しかし聴きようによっては、愛しい恋人にも、親しい友人相手にだとも取ることができる。誰もが一度はどこかで体験する別れをうたった曲だ。拙さは拭えないが、作った者の懸命さは充分に伝わってくる。
「……もう一度、もう一度。神様どうか、さよならだけでも、祈らせて……」
ぼそぼそと歌い終えた麻斗は、ルーズリーフに落としていた視線を上げると、仰天に目を丸くした。
「なっ、なに泣いてんですか!」
「だってえ……めっちゃよかったあ。やっぱり麻斗好きい……」
「なにも泣かなくても」
いつの間にか夏実は涙目になっていた。ぎょっとする麻斗の前で涙を拭って笑いかける。
「すっごいよかった。思ってたのの百八倍良かった」
「煩悩か……」
「知ってる? バラの百八本は、結婚しましょうって意味なんだよ」
「それなら、このままでいいですか? ギターはよく分からないから、アレンジはやり易いように任せます」
「君、息をするようにスルーするようになってきたね」
夏実はルーズリーフを手に取って眺める。メロディーを小さく口ずさみ、歌詞の心情を想像する。すると、ふだん中々そばに寄ってくれない彼の心を理解できるような気がする。
口にはしてくれないが、麻斗は随分苦労して曲を作ったらしい。ヘッドホンをつけたままピアノに突っ伏して眠っていたのだと、彼の父親との会話で夏実は知っていた。これほど真剣にピアノに向かう姿は久しぶりだったのだと。それなのに、そんな素振りは微塵も見せてくれない。難しかったんだと一言泣き言を言ってくれれば、可愛げがあるのに。
まあそこもひっくるめて好きなんだと、不審な麻斗の顔を見ずに、夏実はひとりにやにやする。
「とりあえず、これでいこう! 細かいところは後で修正していけばいいし。ね、手伝ってくれるんでしょ」
「本番は出ないですよ、もちろん。というか今更無理だけど。練習で音を取るぐらいならって話ですよ」
「充分だよ、よっし、頑張ろう! おー!」
麻斗の右手を掴み、掛け声とともに掲げてみせた。
「おー……って、勉強もちゃんとしといてくださいよ。それ以前に先輩は受験生なんだから。これで落ちたら目も当てられない」
「わーかってるってば。ちゃんとやりますよ。君、お母さんみたいなこと言うねえ」
かくして、十月の学祭に向け、夏実と麻斗の楽曲作りが幕を開けたのだった。
「鬱陶しいって先輩に向かって言うな! 最近やっとデレてきたと思ったのに、期待させんな!」
「しがみつくな! 勝手に期待されても困るんですよ」
人のいなくなった放課後の教室。麻斗の腕を力任せに引っ張る夏実と、夏実を懸命に引き剥がす麻斗を見ながら、「変わらないなあ」と五樹が呟く。
「あ、そういえば夏実さん、学祭出れるってマジっすか」
「そうそう、マジなんだよこれが」
「うわっ」
急に腕を離され吹き飛びかけた麻斗が抗議の視線を送るのに、不幸にも夏実は気がつかない。
「一曲だけなんだけどさあ。聞いてよ、その一曲がさ、麻斗が」
「五樹、もう時間だろ。茜先輩と白井さん、待ってるぞ」
夏実の言葉を遮る麻斗の台詞に、五樹はそうだそうだと頷くと、机にもたせかけていたベースのケースを背負う。また明日と手を振るのに、麻斗と夏実も手を振り返した。
麻斗の言う「お礼」とは、夏実が学祭で演奏する一曲を作ってくるということだった。学祭まであと一ヶ月と少ししかない。一週間だけ時間をくれと麻斗が言ってから、丁度一週間が経過していた。
「一応、作ってはきたけど……自信はないですよ」
「いーのいーの。とりあえず見せて!」
作ると言った割には、渋々といった様子で彼は鞄から数枚のルーズリーフを取り出す。歌詞の書かれた一枚と、楽譜の書かれた三枚だ。
麻斗の前の席――つまりは五樹の席に陣取り、夏実は後ろを向いて彼の机に頬杖をつく。静かな教室には秋の風に乗って、吹奏楽部の練習する楽器の音がやけに遠くから聞こえてくる。
「あーあ。君があと一年早く生まれてくれてたらなあ。そしたら同じクラスにもなれて、いっつも一緒にいられたのに」
「一年遅くてよかった」
「なんだってぇ?」
「そんなことより、演奏出来そうかどうか見てください。無理だったら書き直すから」 ルーズリーフを夏実に差し出すが、彼女はそれを麻斗の方に向け直す。
「ちょっと歌ってみてよ。イメージ湧かせるから」
「でもぼくは歌なんか……」
「イメージイメージ。雰囲気教えてよ。作った人じゃないとわかんないもん」
判定役の夏実に言われれば仕方がない。迷いながらも麻斗は小声で歌い始めた。
決して明るい歌詞ではないが、曲調は比較的アップテンポであまり暗さを感じさせない。それでも影のような憂いを秘めた曲だった。
知っていれば、これは麻斗が離れてしまった家族に向けて書いたものだと気づくだろう。しかし聴きようによっては、愛しい恋人にも、親しい友人相手にだとも取ることができる。誰もが一度はどこかで体験する別れをうたった曲だ。拙さは拭えないが、作った者の懸命さは充分に伝わってくる。
「……もう一度、もう一度。神様どうか、さよならだけでも、祈らせて……」
ぼそぼそと歌い終えた麻斗は、ルーズリーフに落としていた視線を上げると、仰天に目を丸くした。
「なっ、なに泣いてんですか!」
「だってえ……めっちゃよかったあ。やっぱり麻斗好きい……」
「なにも泣かなくても」
いつの間にか夏実は涙目になっていた。ぎょっとする麻斗の前で涙を拭って笑いかける。
「すっごいよかった。思ってたのの百八倍良かった」
「煩悩か……」
「知ってる? バラの百八本は、結婚しましょうって意味なんだよ」
「それなら、このままでいいですか? ギターはよく分からないから、アレンジはやり易いように任せます」
「君、息をするようにスルーするようになってきたね」
夏実はルーズリーフを手に取って眺める。メロディーを小さく口ずさみ、歌詞の心情を想像する。すると、ふだん中々そばに寄ってくれない彼の心を理解できるような気がする。
口にはしてくれないが、麻斗は随分苦労して曲を作ったらしい。ヘッドホンをつけたままピアノに突っ伏して眠っていたのだと、彼の父親との会話で夏実は知っていた。これほど真剣にピアノに向かう姿は久しぶりだったのだと。それなのに、そんな素振りは微塵も見せてくれない。難しかったんだと一言泣き言を言ってくれれば、可愛げがあるのに。
まあそこもひっくるめて好きなんだと、不審な麻斗の顔を見ずに、夏実はひとりにやにやする。
「とりあえず、これでいこう! 細かいところは後で修正していけばいいし。ね、手伝ってくれるんでしょ」
「本番は出ないですよ、もちろん。というか今更無理だけど。練習で音を取るぐらいならって話ですよ」
「充分だよ、よっし、頑張ろう! おー!」
麻斗の右手を掴み、掛け声とともに掲げてみせた。
「おー……って、勉強もちゃんとしといてくださいよ。それ以前に先輩は受験生なんだから。これで落ちたら目も当てられない」
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