百万回目の大好き

柴野日向

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2章 流星の旋律

11-1

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 やがて月は十月に変わり、空気はたまに冷えを覚えるようになってきた。学祭までの日数も指を折るほどになり、練習は佳境に入る。
「またずれた」
 そう言って麻斗はピアノを弾く手を止める。夏実も声を出すのをやめ、ギターのネックを握り締めた。狭いスタジオで響いていた音は、彼の一言でぱたりと途切れる。
 今日何度目かのストップだった。いずれも同じ箇所で歌の音程がずれてしまうせいだ。
「なんでだろ。いっつもここで少し音がずれる。先輩、もうちょっと歌に集中することってできないですか」
「私だってそうしたいよ」
 こっちを見る麻斗に、夏実はため息をこらえる。彼は彼女の言葉に些か訝しげな顔を見せる。
「だったら……」
「それができたら、ずっと前にやってるし」
「もう少しギターの練習して指慣らしたほうがいいんじゃないですか。勝手に手が動くぐらいにしないと」
「難しいんだよ、ギタボって。麻斗はやったことないからわかんないかもだけど」
 投げやりな台詞に、むっと彼が口を閉ざす。じとりと見やる目線に、夏実も負けじと視線を向ける。
「ねえ、ここちょっと変えることってできないの」
「だから、前から言ってるように、半音ずつ上げていく方が綺麗だと思って」
「頑固」
「なんだって」
 夏実の不躾な悪口に対し、麻斗も思わず口調が尖る。
「大体、麻斗は細かすぎるんだよ。ちょっとなんなら見逃してよ」
「ちょっとなら、もう少し練習しようってならないのかよ。あと十日しかないのに」
「練習練習って、私部室でも一人で練習してきてるんだよ。帰ったら勉強しないといけないし。頑張ってるんだから、少しぐらい認めてくれたっていいじゃんか」
 夏実は多忙な日常に、自分で思っているよりもずっと疲れてしまっていた。いつものやる気で乗り越えることができなかったのだ。
 それに何より悔しかった。これほどのちょっとしたことを、努力してもクリアできない自分が。
「認めてないなんて一言も言ってないだろ。ほら、スタジオだってただじゃないんだから、この時間がもったいない」
「だから、これぐらい誰も気にしないって言ってるの。こんな細かいところ直したって大した違いにならないよ」
「ピアノに合わせても間違えるんだから、いま直しとかないと本番はもっとずれるぞ。テンポだって取れないし、誰も手伝ってくれないんだから」
「わかんないよ、私がどんだけ頑張ってるかなんて、麻斗には。今だってピアノしか弾いてないんだもん。そうやっていつも文句言ってるだけじゃない」
 バン、と音がした。麻斗が楽譜をはさんでいるファイルを強く閉じた音だった。
「……もういい。それで満足するんなら、これでいい」
 再び静まり返った部屋に、麻斗の呟きがぽたりと落ちる。それを踏みつけるようにさっさとキーボードの電源を落とすと、ファイルを足元の鞄に乱暴に突っ込む。夏実に一言も口を出す間を与えず、彼はスタジオの重い扉を開けて外へ出ていってしまう。
 彼は一度も振り返らなかった。夏実も黙って、アンプの電源を切った。
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