百万回目の大好き

柴野日向

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3章 百万回目の大好き

21-1

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 春の陽気が校舎へ差し込む三月。ようやく冷たい冬が次の季節へバトンタッチし、人心地つくようなその日は、卒業式。胸にリボンをつけた卒業生たちが、体育館で一人一人卒業証書を受け取っていく。
 証書を手にし、振り返った景色は、同じ舞台の上でも随分と違って見えた。あの日の高揚は今の胸の中にはない。この中にいる両親には、今も申し訳ない気持ちがこみ上げる。高校受験に現れなかったことを散々叱られたが、道に迷ったという見え透いた嘘で貫き通した。結局は滑り止めで受けた高校に通うことになったが、それを受け入れてくれたことには、感謝の気持ちしかない。

 未練たっぷりだなあ。

 いつの間にか、彼の姿を探してしまう。
 あの日、両手を握って自分の成功を願ってくれていた彼も、この中にいるはずだ。在校生の集団の、おそらく――。
 やめようと目を逸らし、夏実は壇を下りた。自分の意思の弱さを噛み締めてしまう。けれど、どれだけ自分が弱かろうと、この学校に通うのも今日で最後。意図せずに顔を合わせることも激減するだろう。そうすれば、いつかきっと、諦めもつくはずだ。

「春休み、一緒に遊ぼうね」
 教室に戻ると、仲の良い友達が手を振って言ってくれた。あの日の浴衣姿を思い起こさせる、可愛らしい友人だ。自分と話すと睨みつけてくるクラスメイトがいるというのに、こうして最後まで笑いかけてくれる。
 窓際の前から二番目。首を左に向けると、まだ誰もいない運動場が見える。それを囲んでいる桜には、ちらちらと早めに咲き始めているものもある。
 いろんなことがあった。
 一生付き合いたいと思える友達ができた。部室でたくさんの仲間ができた。初めてセッションをした。電車に乗ってプラネットに行った。修学旅行ではしゃいだ。昼休みには教室でお喋りをした。調理実習が楽しかった。連れ立って花火大会に行った。運動会、合唱コンクール、試験勉強も、今になればいい思い出だ。
 そして、あの学祭。決して忘れない。忘れられても、忘れない。

 少しだけ、ほんの少し、灰色の時間もあったけど、そんなものには心を奪わせない。他の鮮やかな記憶を汚させてたまるもんか。心無い中傷や根も葉もない噂なんかに、夏実さんの思い出は、負けてなんかやらないんだ。

 それでも、どこか心は晴れなくて。担任の話が終わり、教室内の何人かがすすり泣くのに、泣けないことに驚いた。涙もろい自分は真っ先に泣くだろうと思ったが、不思議なこともあるものだ。
 そうして最後のホームルームも終了し、クラスでの集合写真を撮って、いよいよ終わりは近づいて来る。自分の苦手な集団が固まって、何か大声で話しているのが聞こえる。無意識のうちに、身が強ばってしまう。

 卒業の興奮よりも何故だか悲しみが優って、先ほど声をかけてくれた友達と写真を撮って、少し校内を巡ったらさっさと帰ろうと夏実は思った。席で荷物を整えていると、不意に名前を呼ばれた。クラスメイトの一人が、教室の出入り口で自分を呼んでいる。
「夏実、こっちー」
 扉付近は、このクラスと他クラスとの卒業生が入り混じって、ちょっとして人だかりになっている。だから誰が来たのかすぐには判明せず、夏実は立ち上がった。
 だが、それが誰なのかは、直ぐにわかった。
 人ごみを押しのけて、彼が初めてやってきた。

「え……?」

 真抜けた声を出す夏実の腕を、麻斗が掴んだ。
「先輩、行くよ」
 怒ったような顔をしているのは、緊張している証拠だ。
「行くって、ちょっと、なに」
 麻斗は答えずに、腕を強く掴んだまま、踵を返す。つられて夏実もその後ろに続いて教室を出た。突然のことにクラスメイトたちがざわめき、なんだなんだとはやし立てるのが後ろから聞こえてくる。
 廊下も中々の人ごみだったが、麻斗はそれを気にする様子もなく、大股でぐんぐんと歩いていく。恥ずかしがってろくに人前で手も繋がなかった彼だとは信じられず、夏実は引っ張られるままに廊下を進む。珍しく見せる彼の強引さには、何も言うことができない。ただその背を見つめるだけだ。
 久しぶりに二人が一緒にいることに気づいた周りは振り返り、驚いた顔を見せるが、麻斗は止まる様子もなく階段を上がる。彼の左手は力強く右腕を掴んで離さない。
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