なばり屋怪奇譚

柴野日向

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3章 待ちて焦がれる

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 不安そうな顔のまま、渚は早口で今朝のことを語る。
「それで、スマホで連絡してみたんです。そしたら一時間ぐらいして、今起きたって。でも私見たんです、家の近くで、彩華ちゃんを」
「いたずらしたんじゃないのか」
「そんないたずらするわけないです! それに彩華ちゃんは朝が弱いし、昨日は遅くまでバイトだったから、わざわざ早起きして私を脅かすなんて考えられないです」
 そして恐ろしくなり、渚は居ても立っても居られなくなったそうだ。
 彰は腕を組んで考える。確かに渚の言う通り、あの星彩華という彼女が、友人を脅かす必要性が見当たらない。そもそも渚が偶然カーテンを開けて姿を見たから、歩く姿に気付いただけだ。そんな一か八かのいたずらを仕掛けるとは思えない。
「……もし、自分のドッペルゲンガーに会ったら……その、死んじゃうんですよね」
 渚は声を震わせた。心地いいはずの冷房の風さえ寒く感じるのか、両腕をさすっている。
 自分のドッペルゲンガーに遭遇すれば、死に至る。もしくは死に至るから遭遇するのか。そんな卵が先か鶏が先かという問題は今はどうでもいい。とにかく、彼女たちは町をうろつくもう一人の自分たちの姿に怯えている。
「そうとも限らないぞ。そもそもドッペルゲンガーってのは、精神病だったり脳腫瘍が原因で見えるものだとも言われてる。記憶している自分を脳が見せちまうんだな。それで、もともとの病気が悪化して死んじまえば、ドッペルゲンガーを見れば死ぬ、なんて話にもなるだろ」とにかく落ち着いて話を進めるべく、彰は渚を宥める。「自分を見れば死ぬ、なんて噂を聞いてる人間が、まさにその自分を見て余計に精神状態を悪化させるとも考えられる。だから、ドッペルゲンガーを見れば死ぬ、っていうのも霊的な原因だとは限らねえんだ」
 死んでしまうという話には科学的な説明がつけられるのだ。取り合えず彼女から死の恐怖を取り除かねばなるまい。
 そして彰の説明に渚は目をぱちくりさせていたが、その言葉には一理あると思えたのだろう。ほうっと息をついた。
「もちろん、見えないはずのものが見えるからって、四人全員に精神病やら脳腫瘍やらがあるとは思えない。ただ、それで死ぬとは思わなくていい」
「そう、そうなんですね……よかった……」
 ようやく自分を抱いていた腕を解き、「みんなにも、あとで伝えておきます」と渚は言った。
「じゃあ、私たちが見てるのは、一体何なんでしょう」
「そうだな……科学的に説明がつかねえなら、病院の霊なんかがちょっかいをかけてるか……」
 天井の木目を眺めて考える。怒っているのがあの携帯電話の持ち主だとすれば、かなりの力を持つ霊だ。それかあるいは。
「他に、心当たりはありませんか」
 それまで黙っていた晴斗が口を開いた。
「他にっていうのは……」
「あの電話の持ち主だけでなく、他の霊たちも怒らせるきっかけ……肝試しに行ったことが怒りの原因かもしれませんが。それだけでなく、携帯電話を持ち帰る以外のことはしませんでしたか」
 彼も彰と同じことを思っていたようだ。渚は首を傾げ、指を顔に当て、思案する。
「えーっと……確かあの時は、午前一時ぐらいに病院の駐車場について。すごい迫力だねって話をして。それで……」
 彼女の話に大した心当たりはない。そう思っていた矢先、渚ははっと顔を上げた。
「病院に入る前、周囲を散策したんです。少しだけ。裏に空き地があって、草が生い茂ってて。私と彩華ちゃんはあまり動かなかったんですけど、歩き回ってた遼太郎くんが、何かにぶつかって転んだんです」
「何かってなんだ」
「草に隠れて気付かなかったんですけど、石がありました。腰の高さぐらいの」
「それだ」
「それですね」
 彰と晴斗が同時に口にする。「その石に、なにか文字は書いてなかったか」そして彰が続ける。
「文字……さあ、どうでしょう……。気付かなかったですけど」
「恐らく、慰霊碑かなんかだな。言っただろ、良くない土地だって。それで土地のものを封じていたのかもしれん」
「でも、ちょっとぶつかっただけですよ」
「彼らの常識は、僕たちとは違うんです。もともと封印する力が弱まっていたのかもしれない。ちょっとしたきっかけでも、何が起こるかわからないんです」
 なるほどな、と彰も合点がいく。土地の霊たちを怒らせないにしても、彼らに封印から逃れる隙間を与えてしまったのだろう。
「一番影響力を持っているのが、恐らくケータイの持ち主だ。それに他のやつらも乗っかったんだろう。だからここまでのことができる。あんたらにそれぞれの姿を見せて、怖がらせるっていうことがな」
 やはり携帯電話を戻すだけの簡単な仕事ではなかった。彰が嘆息する前に、晴斗が淡々と言う。
「僕らが様子を見てきます。どうにかして抑えられるかもしれない」
「お願いします……。本当にごめんなさい」
 何勝手に進めてんだと言いたくなったが、既に契約しているのだから仕方ない。文句の一つも言いたくなるのを飲み込み、彰は苦々しく晴斗の無表情な横顔を眺めた。
 すっかり部屋は冷え切っている。手を伸ばし、彰はリモコンでエアコンの温度を上げた。
 顔を戻し、渚の表情を見て訝しむ。あれ、という顔をして向こうを見つめているのに、つられて振り返る。
「……おまえら」
 細くドアを開けて、二人の子どもがこちらをじっと眺めていた。
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