なばり屋怪奇譚

柴野日向

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3章 待ちて焦がれる

12

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 その日は、以前よりも少し、ほんの少し、暑さは和らいでいた。それでも日差しが強いことに変わりはなく、熱気にうんざりしながら山道を上る。隣では相変わらず涼しい顔の晴斗が歩いている。
 駐車場を通り過ぎて廃病院を周り込むと、渚の言っていた通り、広い空間に辿り着いた。一面に雑草がぼうぼうと生い茂っている。ようやく吹いた風に、エノコログサがさわさわと揺れた。
 しばらく二人は手分けして歩き回った。転ばないよう気を付けながら、草をかき分けてそれらしい石を探す。
「あったよ」
 やがて晴斗が彰を呼んだ。彰がそばに寄ると、晴斗は一つの石に触れていた。高さは大人の腰ぐらい、抱えて動かすことは無理だろう。そんな石が低い台座の上で鎮座している。
「これだな。間違いない」
 彰は石の表面を指先でなぞった。風雨にさらされて削れてしまっているが、「慰」の文字が見て取れる。土地に住まう者たちを慰めるための石で間違いないらしい。
「多分、これを蹴っちゃったんだ」
 草の足元で、晴斗が何かを拾う。彼は汚れた茶碗と花瓶を手にしていた。夜に来た彼らは、これらに気付かなかったのだろう。
 風が吹き、ざわざわと草が揺れる。背後にある病院の窓から、大勢の人が覗いている。死者の息遣い。彼らは静かに、こちらの様子を覗っている。
 振り向かず、彰は晴斗から受け取った茶碗と花瓶を台座の上に並べた。花瓶はもともと空っぽだった。鞄からペットボトルを取り出し、キャップを開けて中の水を茶碗に注ぐ。透明な液体が、縁の欠けた茶碗に溜まる。
 これで収まればいいが。そう願いつつ、手を合わせようとボトルを鞄にしまった。
 その時、ズボンのポケットで軽快な音が鳴った。ピリリリリ。スマートフォンの着信音。思わず背を伸ばし、立ち上がる。
 画面に表示されたのは、今までかかってきたことのない番号。隣に立ち尽くす晴斗も嫌な予感を覚えているのか、顔を強ばらせている。
 通話ボタンをタップする。出そうとした声が台詞となる前に、少女の声が機械から溢れた。
「彰さん、助けてください!」
 切羽詰まった楽々浦渚の声。
「彩華ちゃんが……!」
 それは今にも泣き出しそうだった。

 彩華が事故に遭い、病院に搬送された。
 渚からの報告に、彰と晴斗は急いで病院を後にする。なんてタイミングだ。そう思う一方、幽霊事件との関連を疑わざるを得ない。だから渚も連絡してきたのだろう。道路に出て坂を駆け足で下る。しかし、彩華が運び込まれた病院までは、とても走り切れる距離ではない。
「四十分もあるよ」
 息を切らす彰の横で、バス停に掲示された時刻表を見ながら晴斗が言った。バスが来るまでしばらく待たなければならないらしい。
「しょうがねえな……」
 ここでは手を上げていても、通りすがりのタクシーは来ないだろう。スマートフォンでタクシー会社に電話をかける。
 やがて「予約」の文字を点灯させるタクシーに、二人は乗り込んだ。
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