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3章 待ちて焦がれる
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深夜零時、緊張に表情を強張らせる四人を、レンタルしたミニバンに乗せた。慎重に運転し、彰は車を植田記念病院へと走らせる。助手席では、晴斗がじっと前方の山道を見つめている。ハイビームに照らされる景色の中には、人どころか獣の影さえない。車内の静寂の重さを軽減しようと点けていたラジオも、先ほどから雑音を発するのみとなった。手を伸ばして、彰はラジオのスイッチを切った。
煤けた看板が、ヘッドライトの灯りの中に見える。ハンドルを左に切り、車を人っ子一人いない駐車場に滑り込ませた。
「ついたぞ」
エンジンを切りシートベルトを外し、全員に下りるよう促す。大学生たちは顔を見合わせ、意を決したようにドアを開けた。
渚に、退院したばかりの彩華。純希、そしてバッグを肩に下げた遼太郎。寄り添うように四人は固まっている。
「いいか、病院の中はやつらの巣窟だ。勝手な真似はするなよ」
「やつらってのは、その……俺らを呪ってるやつらか」
純希が重たく口を開いた。彰は頷き、手にした強力な懐中電灯の明かりを点ける。
「もともと、彼らに呪うつもりはないと思います……携帯電話の持ち主を除いて」彰の隣で晴斗が静かに言った。「持ち主の女性が一番危険です」
「大丈夫だ、なんとかなる。ただ、俺らから離れるなよ」
四人は神妙な面持ちで頷く。彰と晴斗を先頭に、一行は廃病院へと足を踏み入れた。
院内には明るい月光が煌々と差し込んでいた。そのおかげで懐中電灯に頼り切らずとも、転ばずに歩くことができる。
そして、昼間に訪れた時よりも格段に気配は増えていた。廊下に霊たちがひしめき合い、そのざわつきが聞こえてくるような気さえした。懐中電灯の明かりを向けると、彼らはさっと光を避けていく。だが薄闇が訪れると、再びじわじわとにじり寄ってくる。全身の毛の一本一本がその気配に震えるようだ。
鬱屈とした気が充満し、呼吸する胸を圧迫する。月明かりが眩しいのは幸いだ。この闇が更に濃ければ、慣れている彰や晴斗はまだしも、病み上がりの彩華などは歩けなくなっていたかもしれない。今も、足元でパキリと物音が立つ度に、息を呑む音が後方から聞こえてくる。この中で最後尾を歩いて文句を言わない遼太郎はなかなか肝が据わっている。だから荷物を預けたのだが。
刺すような視線を受けながら、一行はやがて四階に辿り着いた。だが階段を上り終えたところで、思わず彰も足を止める。
ものすごい数だ。暗い者たちはもはや霧のように、フロアいっぱいに漂っている。
「彰さん……!」
渚の泣き出しそうな震える声。振り返り、それでも彼らがついて来ているのを確認する。
「大丈夫だ」
敢えて大きな声をかける。
「気を強く持て、おまえらは絶対に無事に帰れる」
死者はそう簡単に生者に手出しすることはできない。だがいったん弱気になれば、そこにつけこまれる危険がある。こいつらに手出しはするな。そうした威嚇の意味も込め、わざと声を大きくし、強く床を踏みしめた。
「近いよ」
じっと前を見据え、顔色一つ変えない晴斗。
「この部屋にいる」
「ああ」
不思議なことに、以前訪れた時には開いていたはずの扉が閉まっていた。床には「402」のプレートが落ちたままだ。学生たちが持ち帰った携帯電話の持ち主が入院していた部屋。恐らく、人生の最期を迎えた場所。
引き戸の取っ手に手をかけ、一気に開け放った。
思わず、眩い光に瞼を閉じた。
煤けた看板が、ヘッドライトの灯りの中に見える。ハンドルを左に切り、車を人っ子一人いない駐車場に滑り込ませた。
「ついたぞ」
エンジンを切りシートベルトを外し、全員に下りるよう促す。大学生たちは顔を見合わせ、意を決したようにドアを開けた。
渚に、退院したばかりの彩華。純希、そしてバッグを肩に下げた遼太郎。寄り添うように四人は固まっている。
「いいか、病院の中はやつらの巣窟だ。勝手な真似はするなよ」
「やつらってのは、その……俺らを呪ってるやつらか」
純希が重たく口を開いた。彰は頷き、手にした強力な懐中電灯の明かりを点ける。
「もともと、彼らに呪うつもりはないと思います……携帯電話の持ち主を除いて」彰の隣で晴斗が静かに言った。「持ち主の女性が一番危険です」
「大丈夫だ、なんとかなる。ただ、俺らから離れるなよ」
四人は神妙な面持ちで頷く。彰と晴斗を先頭に、一行は廃病院へと足を踏み入れた。
院内には明るい月光が煌々と差し込んでいた。そのおかげで懐中電灯に頼り切らずとも、転ばずに歩くことができる。
そして、昼間に訪れた時よりも格段に気配は増えていた。廊下に霊たちがひしめき合い、そのざわつきが聞こえてくるような気さえした。懐中電灯の明かりを向けると、彼らはさっと光を避けていく。だが薄闇が訪れると、再びじわじわとにじり寄ってくる。全身の毛の一本一本がその気配に震えるようだ。
鬱屈とした気が充満し、呼吸する胸を圧迫する。月明かりが眩しいのは幸いだ。この闇が更に濃ければ、慣れている彰や晴斗はまだしも、病み上がりの彩華などは歩けなくなっていたかもしれない。今も、足元でパキリと物音が立つ度に、息を呑む音が後方から聞こえてくる。この中で最後尾を歩いて文句を言わない遼太郎はなかなか肝が据わっている。だから荷物を預けたのだが。
刺すような視線を受けながら、一行はやがて四階に辿り着いた。だが階段を上り終えたところで、思わず彰も足を止める。
ものすごい数だ。暗い者たちはもはや霧のように、フロアいっぱいに漂っている。
「彰さん……!」
渚の泣き出しそうな震える声。振り返り、それでも彼らがついて来ているのを確認する。
「大丈夫だ」
敢えて大きな声をかける。
「気を強く持て、おまえらは絶対に無事に帰れる」
死者はそう簡単に生者に手出しすることはできない。だがいったん弱気になれば、そこにつけこまれる危険がある。こいつらに手出しはするな。そうした威嚇の意味も込め、わざと声を大きくし、強く床を踏みしめた。
「近いよ」
じっと前を見据え、顔色一つ変えない晴斗。
「この部屋にいる」
「ああ」
不思議なことに、以前訪れた時には開いていたはずの扉が閉まっていた。床には「402」のプレートが落ちたままだ。学生たちが持ち帰った携帯電話の持ち主が入院していた部屋。恐らく、人生の最期を迎えた場所。
引き戸の取っ手に手をかけ、一気に開け放った。
思わず、眩い光に瞼を閉じた。
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