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1章 暝島
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凪が言うには、ここに人と妖怪が半分ずつ混ざった妖たちが暮らしているらしい。外見にその特徴が現れる場合もあり、律はその一人だという。彼女と混ざっているのは妖狐だそうだ。
話を聞いただけでは到底信じられなかった。しかし、現に頭に耳を生やした少女の背中が目の前にあるのだ。陽を浴びる小麦色の三角耳は、とても作り物には見えない。
「じろじろ見ないでくれる?」
凝視する陽向を振り向き、律がぴしゃりと言う。咄嗟に「ごめん」と謝ると、彼女は立ち止まった。ぶつかりそうになり足を止める鼻先に人差し指を立てる。
「聞きそびれてた。名前は?」
「陽向。……逢坂陽向」
「ひなた、ね。せっかく明るい名前してるなら、もっとしゃきっとしなさい」
そうは言われても。凪を横目で覗うと、彼は苦笑した。彼女の勝気な態度は常のものらしい。
「それなら、凪はなんの妖怪と混ざってるの」
再び歩き出しながら問うと、彼は「さとりだよ」と言った。
「さとりって?」
「知らないの?」何故か律が呆れた顔をする。知らないと答えると、「心が読める妖怪」と教えてくれた。漢字で書くと「覚」の字を使うらしい。
なるほど。彼は人の強い感情が目に見えると言ったが、それに近しいものがある。
「心を読むことって、本当に出来るの」
「俺たちは完全な妖怪じゃないから、完璧には出来ないな。中途半端なんだ。けど、陽向の困惑の色ぐらいは見えるぜ」
頭と胸のどちらを抑えたらいいか分からず、咄嗟に片手を中間の首元に当てた。心がどっちにあるのか分からなかったからだ。その様子を見て凪が笑う。
「大丈夫だよ、俺にできるのはそのくらいだ。きみの心を読んでプライバシーを侵害しようなんて思わないし、まず無理だからな」
緩い坂道の途中で、彼は前方を指さした。一軒の家があり、少し前を歩いていた律が振り向いて手招きをする。
二階建ての広い屋敷だった。ここに来るまでにぽつぽつと見かけた家より一回り大きい。庭も広々としている。街でこれと同じ土地と建物を購入すれば、いくらかかるかわからない。これまで縁のなかった家屋を見上げる陽向に、凪が言う。
「島にいる間は、この家に寝泊まりすればいいよ」
「えっ……」てっきり、あの店の二階にでも寝ることになるのだと思っていた。「ここ、空き家なの」
「空き家というか、広いからたまに島民が集まって宴会みたいなことをする家ではあるんだけど」
律が引き戸をがらがらと開けて中に入ったから、凪も話を中断して後に続く。その背を追いながらもう一度見渡してみる。庭には雑草が生えているが、ところどころ刈り込まれていて、小さな畑らしき一画もある。縁側の軒先には風鈴が吊るされ、玄関が砂埃に覆われていることもない。少し小高い場所にはあるが、祖父母のいない陽向がイメージする、田舎のお屋敷そのものだった。
「お邪魔します……」
中の空気はひんやりとして心地よかった。靴を脱いで上がる。綺麗に磨かれた廊下はつるつるしていて、油断すると靴下では滑ってしまいそうだ。話し声がすると思うと、案内された広い座敷には、既に数人の島民の姿があった。
大きな座卓を囲む島民は、一見して普通の人間にだった。街にいたとしても、単なるおじさんやおばさんだとしか思わないだろう。
誘われるまま、座布団の一枚の上に座る。出来れば端っこでひっそりしていたかったが、中央に座らされてしまう。律たちが座敷の内外を行ったり来たりし、あっという間に座卓には料理の載った皿が並んだ。寿司、ハンバーグ、スパゲティ、ポテトサラダに餃子まである。多彩な料理はどれも旨そうだ。
呆気に取られている内に、次々と客がやって来た。奇妙な角を生やしている者を見つけてぎょっとする。あれよあれよという間に、座卓の周りはいっぱいになった。
「来られなかったのも数名いるけど、まあ、後で会えるよ」
凪が隣に座ってくれたので、少しだけほっとした。しかし、彼は自己紹介をするよう迫る。騒がしかった島民たちが耳ざとくそれを聞きつけ、お喋りをやめた。一斉に視線が集まり、とても断れる雰囲気ではない。思わず、正座の背をぴんと伸ばす。
「えっと……逢坂陽向です。高一です。……よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、失敗したと思った。普段他人の注目を浴びることなど皆無なおかげで、どういう態度を取ればよいかわからなかったが、もう少し愛想よく出来なかったのか。普段の仏頂面が悔やまれる。
だが、島民たちは一斉に拍手をした。口々によろしくと声を掛けてくれる。親世代以上の年代が多いせいか、微笑ましげな顔をしている。
「律、最年少の座、奪われたな」
一人がそう言ったので、その頭を律がこぶしで殴っていた。ということは、律はやはり年上なのだ。
すぐに宴会が始まった。
わいわいとお喋りをしながら、各々が皿に取り分けた料理をつつく。彼らにとっても久々の宴会らしく、実に楽しげだ。
料理は実に旨く、いくらでも食べられる気がする。
しかし、陽向はなかなかゆっくり食べることができなかった。島民たちが入れ替わり立ち替わり、ひっきりなしに話しかけてくる。それぞれの自己紹介だけでなく、様々な質問を投げかけられる。顔を覚えつつ質問に答えるのは大変だ。経験はないが、転校生はこんな心境なのだろうか。
話を聞いただけでは到底信じられなかった。しかし、現に頭に耳を生やした少女の背中が目の前にあるのだ。陽を浴びる小麦色の三角耳は、とても作り物には見えない。
「じろじろ見ないでくれる?」
凝視する陽向を振り向き、律がぴしゃりと言う。咄嗟に「ごめん」と謝ると、彼女は立ち止まった。ぶつかりそうになり足を止める鼻先に人差し指を立てる。
「聞きそびれてた。名前は?」
「陽向。……逢坂陽向」
「ひなた、ね。せっかく明るい名前してるなら、もっとしゃきっとしなさい」
そうは言われても。凪を横目で覗うと、彼は苦笑した。彼女の勝気な態度は常のものらしい。
「それなら、凪はなんの妖怪と混ざってるの」
再び歩き出しながら問うと、彼は「さとりだよ」と言った。
「さとりって?」
「知らないの?」何故か律が呆れた顔をする。知らないと答えると、「心が読める妖怪」と教えてくれた。漢字で書くと「覚」の字を使うらしい。
なるほど。彼は人の強い感情が目に見えると言ったが、それに近しいものがある。
「心を読むことって、本当に出来るの」
「俺たちは完全な妖怪じゃないから、完璧には出来ないな。中途半端なんだ。けど、陽向の困惑の色ぐらいは見えるぜ」
頭と胸のどちらを抑えたらいいか分からず、咄嗟に片手を中間の首元に当てた。心がどっちにあるのか分からなかったからだ。その様子を見て凪が笑う。
「大丈夫だよ、俺にできるのはそのくらいだ。きみの心を読んでプライバシーを侵害しようなんて思わないし、まず無理だからな」
緩い坂道の途中で、彼は前方を指さした。一軒の家があり、少し前を歩いていた律が振り向いて手招きをする。
二階建ての広い屋敷だった。ここに来るまでにぽつぽつと見かけた家より一回り大きい。庭も広々としている。街でこれと同じ土地と建物を購入すれば、いくらかかるかわからない。これまで縁のなかった家屋を見上げる陽向に、凪が言う。
「島にいる間は、この家に寝泊まりすればいいよ」
「えっ……」てっきり、あの店の二階にでも寝ることになるのだと思っていた。「ここ、空き家なの」
「空き家というか、広いからたまに島民が集まって宴会みたいなことをする家ではあるんだけど」
律が引き戸をがらがらと開けて中に入ったから、凪も話を中断して後に続く。その背を追いながらもう一度見渡してみる。庭には雑草が生えているが、ところどころ刈り込まれていて、小さな畑らしき一画もある。縁側の軒先には風鈴が吊るされ、玄関が砂埃に覆われていることもない。少し小高い場所にはあるが、祖父母のいない陽向がイメージする、田舎のお屋敷そのものだった。
「お邪魔します……」
中の空気はひんやりとして心地よかった。靴を脱いで上がる。綺麗に磨かれた廊下はつるつるしていて、油断すると靴下では滑ってしまいそうだ。話し声がすると思うと、案内された広い座敷には、既に数人の島民の姿があった。
大きな座卓を囲む島民は、一見して普通の人間にだった。街にいたとしても、単なるおじさんやおばさんだとしか思わないだろう。
誘われるまま、座布団の一枚の上に座る。出来れば端っこでひっそりしていたかったが、中央に座らされてしまう。律たちが座敷の内外を行ったり来たりし、あっという間に座卓には料理の載った皿が並んだ。寿司、ハンバーグ、スパゲティ、ポテトサラダに餃子まである。多彩な料理はどれも旨そうだ。
呆気に取られている内に、次々と客がやって来た。奇妙な角を生やしている者を見つけてぎょっとする。あれよあれよという間に、座卓の周りはいっぱいになった。
「来られなかったのも数名いるけど、まあ、後で会えるよ」
凪が隣に座ってくれたので、少しだけほっとした。しかし、彼は自己紹介をするよう迫る。騒がしかった島民たちが耳ざとくそれを聞きつけ、お喋りをやめた。一斉に視線が集まり、とても断れる雰囲気ではない。思わず、正座の背をぴんと伸ばす。
「えっと……逢坂陽向です。高一です。……よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、失敗したと思った。普段他人の注目を浴びることなど皆無なおかげで、どういう態度を取ればよいかわからなかったが、もう少し愛想よく出来なかったのか。普段の仏頂面が悔やまれる。
だが、島民たちは一斉に拍手をした。口々によろしくと声を掛けてくれる。親世代以上の年代が多いせいか、微笑ましげな顔をしている。
「律、最年少の座、奪われたな」
一人がそう言ったので、その頭を律がこぶしで殴っていた。ということは、律はやはり年上なのだ。
すぐに宴会が始まった。
わいわいとお喋りをしながら、各々が皿に取り分けた料理をつつく。彼らにとっても久々の宴会らしく、実に楽しげだ。
料理は実に旨く、いくらでも食べられる気がする。
しかし、陽向はなかなかゆっくり食べることができなかった。島民たちが入れ替わり立ち替わり、ひっきりなしに話しかけてくる。それぞれの自己紹介だけでなく、様々な質問を投げかけられる。顔を覚えつつ質問に答えるのは大変だ。経験はないが、転校生はこんな心境なのだろうか。
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