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4章 記憶の行き先
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あくまで自分の興味のためだと壬春は言った。奴を倒すことができればせいせいする。そのために、白樫に声を掛けたのだと。
「まさか、俺が手伝ってやったとでも思ってんのか」
図書館で顔を合わせた壬春の台詞に、こいつは何が何でも喧嘩を売らないと気が済まないのかとげんなりする。
「あんたの手伝いなんかいらないよ」
せめてそう言い捨てて、陽向は席に着いた。だが、これからどうすればよいのか見当がつかない。もう一度、記憶に関する本を開いてみる。もしかして、最新の研究が載った新しい本を読めば手がかりが見つかるだろうか。街に帰り、電波の届く場所でスマートフォンに文字を打ち込めば、すぐに良い答えが見つかるのではないか。凪に提案してみようか。そこまでしなくてもと言われるだろうが。
記憶は滅ぼされたのか、ケガレの中に溜め込まれているのか、それとも妖たちの中に封じられているのか。話が進まないから、滅ぼされたという仮定は今は置いておこう。
頬杖をついて向こうの海を眺めながら、もし自分が全ての記憶を失ってしまったらと考える。母親のことも家のことも名前すら忘れて、全く知らない土地で目を覚ます。あまりの心細さに苦しくなり、眉をひそめた。良いものも悪いものも、記憶は宝だ。これまで歩んできた道を示す、形の無き財産だ。
みんなが嘗て人として生きた印を取り戻したい。無辜の彼らが不運にも失ってしまった道程を、探し当てたい。選択肢を掘り当てねばならない。
目を瞑り、もう一度記憶を探る。夏休み前、教師が言っていたこと。初夏の教室、黒板に描かれた絵、クラスメイトの様子。一つ一つ、丁寧に手繰っていく。
プラナリアはどうなった。記憶が捕食者に転移された結果、一体何が起きた。罪のない個体は、どんな記憶を食べられた――。
はっと目を開いた。椅子を倒す勢いで立ち上がり、本棚に向かう。焦りから手元が狂い、分厚い何冊かが床に落ちた。手元に残った一冊のページをその場でめくる。確かこのあたりだ。指先で文字の列を辿り、目当ての文章を見つけた。教師の言っていたことと同じだ。
光を当てた後に電気ショックを加える訓練を受けた個体の捕食者は、光を当てられただけで電気ショックに対する防衛行動を取るようになった。
「おい、うるさいぞ。図書館では静かにしろって教わらなかったのか」
騒々しい物音を聞きつけ、壬春が苛立たしげにやって来る。本が数冊床に落ちているのを見て舌打ちをする。だがそれも気に留めず、陽向は彼に問いかけた。
「島の妖たちは、半分人間で、半分ケガレなんだよな」
「なんだ、いきなり」
「半分はケガレで間違いないんだな」
「それがどうしたんだよ」
「……ケガレの弱点を、見つけられるかもしれない」
懸命に興奮を抑えつつ、陽向は足元の本を拾って埃を払い棚に戻す。もしかしたらという気持ちが胸の中にちらついている。
「何なんだ、ケガレの弱点ってのは」
「それは、まだわからないけど」
「勿体ぶるんじゃねえよ」
全く意味をくみ取れない壬春が足音を立てて近づいて来た。陽向は手元の本の、電気ショックに対する防衛行動の部分を彼に見せた。
「問題は、防衛行動っていう部分だ。ケガレに弱点があったとすれば、ケガレはそれから自分を守る、つまり回避するはずだろ。そして、妖は半分がケガレだ。弱点に関する情報が、皆の中に元々備わっているかもしれない」
妖たちは、半分は人間であるが、半分はケガレの一部でもある。彼らは、記憶をケガレに奪われつつ、ケガレが持つ情報を受け継いでいるのではないだろうか。
「俺らに弱点の記憶なんかねえよ。真っ新で現れるんだ」
「記憶や情報は頭の中にあるだけじゃない。無意識のうちに苦手なものを防御、もしくは避けている可能性だってある。もし全員一致で回避行動を取るものがあるとすれば、それがケガレの弱点だ」
壬春は真剣な面持ちで口を閉ざし、少しの間考えていた。腕を組み、唇を僅かに噛む。
「確かに俺たちは半分がケガレだ。つまり、おまえのこれまでの仮説だと、こういうことか」
ゆっくりと確かめるように、壬春は口を開く。
「俺たちは人間だったころ、ケガレに襲われた。以前の記憶は奴の中に溜め込まれるが、奴がもともと持っている情報も、俺たちの半分に入ることになった」
「記憶がケガレの中に溜められているかは確実じゃない。もしかすると、妖たちの中に封じられているのかもしれない。……けれど、ケガレと同じ回避行動を、皆が無意識のうちに取っていてもおかしくはない」
口にしながら頭の中を整理し、果たしてどれほど信憑性があるかを思う。そもそもが信じられないような超常的な現象だらけなのだ。どこで理屈が捻じ曲げられてもおかしくはない。
だが回避行動の説は、一つの手がかりになり得るような気がした。上手くいけば、人を襲い続けるケガレに立ち向かえるかもしれない。
「あー、くそ」
壬春は、がしがしと頭をかきながら、手近な椅子に腰を落とした。
「やっぱりてめえは生意気だな」
「まあな」
「……ケガレを倒す、か」
考え込む素振りを見せるので、陽向は使っていた席に戻り、積んでいた本を手に取った。難癖をつけられる前に本を戻して、さっさと退散するのが吉だ。彼の横を通り抜け、本をしまう。
「そんじゃ」
振り向きもせず言い残して去ろうとすると、待てと壬春の呻く声がした。最後まで嫌味かと辟易しながら振り返る。彼は右手で前髪をかき上げ思案顔で言った。
「何か分かれば、俺に教えろ」
偉そうな態度に、陽向は顔をしかめる。
「嫌だ。そんな義理ないし」
「俺も、分かったことがあればおまえに教える。それでいいだろ」
思わぬ台詞に、尖った台詞を返せない。壬春の口から出たとはちょっと信じられない言葉だ。
「壬春も、調べものするの」
「舐めるなよ。蔵書に関しては、俺の方がずっと詳しいんだ」鋭い狼の瞳が、すっと細められた。「損はないと思うがな」
どこまでも素直じゃない。「……わかった」承諾する代わりに、陽向も彼を睨みつける。
「だからって、俺は下手に出ないからな」
尖った返事を待ったが、彼は何も言わず目を逸らし、しっしっと犬を払うように片手を振った。陽向も黙って背を向け、図書館を後にした。
「まさか、俺が手伝ってやったとでも思ってんのか」
図書館で顔を合わせた壬春の台詞に、こいつは何が何でも喧嘩を売らないと気が済まないのかとげんなりする。
「あんたの手伝いなんかいらないよ」
せめてそう言い捨てて、陽向は席に着いた。だが、これからどうすればよいのか見当がつかない。もう一度、記憶に関する本を開いてみる。もしかして、最新の研究が載った新しい本を読めば手がかりが見つかるだろうか。街に帰り、電波の届く場所でスマートフォンに文字を打ち込めば、すぐに良い答えが見つかるのではないか。凪に提案してみようか。そこまでしなくてもと言われるだろうが。
記憶は滅ぼされたのか、ケガレの中に溜め込まれているのか、それとも妖たちの中に封じられているのか。話が進まないから、滅ぼされたという仮定は今は置いておこう。
頬杖をついて向こうの海を眺めながら、もし自分が全ての記憶を失ってしまったらと考える。母親のことも家のことも名前すら忘れて、全く知らない土地で目を覚ます。あまりの心細さに苦しくなり、眉をひそめた。良いものも悪いものも、記憶は宝だ。これまで歩んできた道を示す、形の無き財産だ。
みんなが嘗て人として生きた印を取り戻したい。無辜の彼らが不運にも失ってしまった道程を、探し当てたい。選択肢を掘り当てねばならない。
目を瞑り、もう一度記憶を探る。夏休み前、教師が言っていたこと。初夏の教室、黒板に描かれた絵、クラスメイトの様子。一つ一つ、丁寧に手繰っていく。
プラナリアはどうなった。記憶が捕食者に転移された結果、一体何が起きた。罪のない個体は、どんな記憶を食べられた――。
はっと目を開いた。椅子を倒す勢いで立ち上がり、本棚に向かう。焦りから手元が狂い、分厚い何冊かが床に落ちた。手元に残った一冊のページをその場でめくる。確かこのあたりだ。指先で文字の列を辿り、目当ての文章を見つけた。教師の言っていたことと同じだ。
光を当てた後に電気ショックを加える訓練を受けた個体の捕食者は、光を当てられただけで電気ショックに対する防衛行動を取るようになった。
「おい、うるさいぞ。図書館では静かにしろって教わらなかったのか」
騒々しい物音を聞きつけ、壬春が苛立たしげにやって来る。本が数冊床に落ちているのを見て舌打ちをする。だがそれも気に留めず、陽向は彼に問いかけた。
「島の妖たちは、半分人間で、半分ケガレなんだよな」
「なんだ、いきなり」
「半分はケガレで間違いないんだな」
「それがどうしたんだよ」
「……ケガレの弱点を、見つけられるかもしれない」
懸命に興奮を抑えつつ、陽向は足元の本を拾って埃を払い棚に戻す。もしかしたらという気持ちが胸の中にちらついている。
「何なんだ、ケガレの弱点ってのは」
「それは、まだわからないけど」
「勿体ぶるんじゃねえよ」
全く意味をくみ取れない壬春が足音を立てて近づいて来た。陽向は手元の本の、電気ショックに対する防衛行動の部分を彼に見せた。
「問題は、防衛行動っていう部分だ。ケガレに弱点があったとすれば、ケガレはそれから自分を守る、つまり回避するはずだろ。そして、妖は半分がケガレだ。弱点に関する情報が、皆の中に元々備わっているかもしれない」
妖たちは、半分は人間であるが、半分はケガレの一部でもある。彼らは、記憶をケガレに奪われつつ、ケガレが持つ情報を受け継いでいるのではないだろうか。
「俺らに弱点の記憶なんかねえよ。真っ新で現れるんだ」
「記憶や情報は頭の中にあるだけじゃない。無意識のうちに苦手なものを防御、もしくは避けている可能性だってある。もし全員一致で回避行動を取るものがあるとすれば、それがケガレの弱点だ」
壬春は真剣な面持ちで口を閉ざし、少しの間考えていた。腕を組み、唇を僅かに噛む。
「確かに俺たちは半分がケガレだ。つまり、おまえのこれまでの仮説だと、こういうことか」
ゆっくりと確かめるように、壬春は口を開く。
「俺たちは人間だったころ、ケガレに襲われた。以前の記憶は奴の中に溜め込まれるが、奴がもともと持っている情報も、俺たちの半分に入ることになった」
「記憶がケガレの中に溜められているかは確実じゃない。もしかすると、妖たちの中に封じられているのかもしれない。……けれど、ケガレと同じ回避行動を、皆が無意識のうちに取っていてもおかしくはない」
口にしながら頭の中を整理し、果たしてどれほど信憑性があるかを思う。そもそもが信じられないような超常的な現象だらけなのだ。どこで理屈が捻じ曲げられてもおかしくはない。
だが回避行動の説は、一つの手がかりになり得るような気がした。上手くいけば、人を襲い続けるケガレに立ち向かえるかもしれない。
「あー、くそ」
壬春は、がしがしと頭をかきながら、手近な椅子に腰を落とした。
「やっぱりてめえは生意気だな」
「まあな」
「……ケガレを倒す、か」
考え込む素振りを見せるので、陽向は使っていた席に戻り、積んでいた本を手に取った。難癖をつけられる前に本を戻して、さっさと退散するのが吉だ。彼の横を通り抜け、本をしまう。
「そんじゃ」
振り向きもせず言い残して去ろうとすると、待てと壬春の呻く声がした。最後まで嫌味かと辟易しながら振り返る。彼は右手で前髪をかき上げ思案顔で言った。
「何か分かれば、俺に教えろ」
偉そうな態度に、陽向は顔をしかめる。
「嫌だ。そんな義理ないし」
「俺も、分かったことがあればおまえに教える。それでいいだろ」
思わぬ台詞に、尖った台詞を返せない。壬春の口から出たとはちょっと信じられない言葉だ。
「壬春も、調べものするの」
「舐めるなよ。蔵書に関しては、俺の方がずっと詳しいんだ」鋭い狼の瞳が、すっと細められた。「損はないと思うがな」
どこまでも素直じゃない。「……わかった」承諾する代わりに、陽向も彼を睨みつける。
「だからって、俺は下手に出ないからな」
尖った返事を待ったが、彼は何も言わず目を逸らし、しっしっと犬を払うように片手を振った。陽向も黙って背を向け、図書館を後にした。
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