影の消えた夏

柴野日向

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4章 記憶の行き先

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「今度は苦手なもの?」
 涙ぐみながら律は目線を落とす。
「玉ねぎ」
「そうじゃなくて」
「あんたはほんと、変なことばっか言い出すんだから。……パン粉は大さじ四杯ね、ちゃんと計ってよ」
 律はみじん切りにした玉ねぎをフライパンに投入する。玉ねぎを炒める彼女の横で、陽向はパン粉と牛乳をボウルに計り入れ、ビニール手袋をつけた手で混ぜる。海鳥の座敷には島民が数人座してお喋りに興じ、陽向は料理を作る律を手伝っていた。妖たちは、必ずしも毎日の食事が必要なわけではない。混ざっている妖怪の種類によれば、半年に一度、茶碗一杯分の米を食うだけで充分なものもいるらしい。しかし娯楽として食事を好む住民は多く、律のような料理好きが腕をふるっている。
 あらかじめ冷ましていた玉ねぎをボウルに投入し、更にひき肉と牛乳、塩コショウを加えてこねる。充分こねてから三分の一ずつ両手で小判型に成形し、バットに並べる。その間に手際よく、律があめ色の玉ねぎをフライパンから小さなボウルに移す。これから冷まし、第二弾のハンバーグに備えるのだ。陽向は面倒がって熱いまま投入したことがあったが、その現場を目撃した律に大層叱られた。きちんと冷まさなければ、ハンバーグがぱさぱさになってしまうらしい。細かなこだわりを鬱陶しく思ったが、続けて律が作ったものと比較すれば違いは明確だった。食べ慣れた母のハンバーグに並ぶ旨さに、律の調理法には逆らわずにいようと誓った。
「苦手なものねー、なんだろ。虫? 足がいっぱい生えたやつ。ムカデとか。あー、きもちわる!」
 ハンバーグを焼きながら、律は器用に腕をさすってみせる。無意識下での回避行動を探るのだから、苦手意識があるものは別枠かもしれない。そう思いつつ、陽向はハンバーグを出すついでに、座敷にいる島民たちにも意見を仰いだ。
 クラゲ、セミの抜け殻、狭いところ、キノコ。夏の終わる空気感。列挙される苦手なものをノートに書きつけるが、一貫性があるとは思えない。まさかケガレがセミの抜け殻を避けるとはとても想像しがたい。「キノコのぷにぷに感が苦手なんだよね」。一人が言った端から、それが良いんじゃないかと別の島民が口を挟んだ。この場でさえ意見が割れている。
 彼らが店を出てから、隅で大人しくお絵描きをしていた小夜を交えて、三人でハンバーグをつついた。彼は家のトイレとお風呂が暗くて怖いと言う。食べ終え、デザートとしてクッキーを一枚彼に手渡しながら、律は「皆が避けるものなんて、そんなのあるのかな」と独りごちた。その脇では、陽向が土産に持ってきたクッキーを小夜が幸せそうに味わっている。最初に母から持たされたのと同じものだ。街に戻った機会に再度買っていたが、彼はそれを心から気に入っていた。怖いものをすっかり忘れた様子の笑顔に、陽向は少しほっとした。
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