影の消えた夏

柴野日向

文字の大きさ
36 / 51
4章 記憶の行き先

14

しおりを挟む
 夜が明け、少ない荷物を手に待っていると、港に島民が集まってきた。口々に礼を言い、土産を手渡してくれる。島で捕れた魚の干物や果物を使った菓子を渡され、バッグはいっぱいになった。
 武藤の操る船に凪と乗る。島民たちは長い間手を振っていてくれたから、陽向も後部の甲板でずっと大きく手を振った。
 別れの挨拶を終えても、もやもやは消えなかった。潔く諦めるべきなのは分かっているが、暝島はこれまでの人生で最も居心地の良い場所だった。帰れと言われてから半日で海の上にいるのが、未だに信じられない。
 船が港に到着すると、街まで送っていこうと凪が電車に同伴した。二人掛けの席に並んで座り、窓側の陽向は窓枠に頬杖をつく。車両の内外を行き交う人々の多さに辟易してしまう。
「納得してない顔だな」
 つまらないと語る陽向の横顔を見て、凪が苦笑する。
「そりゃあね」
「陽向は、まだ俺たちの記憶を戻したいと思ってるのか」
「わかってるよ、大きなお世話だって」
「そう拗ねるなって」ぽんぽんと陽向の腕を軽く叩く。「きみがそう思ってくれてるように、俺たちも陽向に無事でいてほしいんだ」
 少しの沈黙が下りた。電車の走る音と、人々のざわめきが車両を満たしている。女性グループが高い声でお喋りをし、向こうで赤ん坊が泣いている。こんなに世間はうるさかったのかと、些かの感動さえ覚える。
「覚えていてくれよ。俺たちは、陽向の無事を祈ってることを」
 念を刺すような改まった口調に、頬杖から顔を上げた。
「なに、いきなり」
「そのままだよ。あの島にいるやつは、満場一致できみの味方だ。誰が何を言ってもな」
「どうして、急にそんなこと……」
 凪はポケットから折り畳んだ一枚の紙を取り出し、陽向の右手に押し付けた。
「俺の言葉を信じてくれるなら、きっとここに行くべきだ」
 意味が分からないまま、メモ用紙ほどの紙を開いた。そこには、聞いたこともない住所が番地まで書かれている。
「ここで、逢坂という人に会って話を聞いたらいい。陽向という名前を忘れてはいないはずだ」
「ちょっと待って、何を聞けばいいの」
「逢坂雪との関係だ」
 氷水を流し込まれたように、背筋が凍った。逢坂雪。紛れもない、母親の名だ。どうして凪がその名前を知っているんだ。この住所はいったいどこなんだ。自分と同じ逢坂という苗字の人間が、何を語るというんだ。
「ここに誰がいるんだよ。母さんと何の関係があるんだ」
 身を乗り出しかけたところで、到着駅のアナウンスが流れる。家の最寄り駅だ。凪はタイミングを計っていたに違いない。
 荷物を抱えて急いでホームに下りた。共に電車を下りた凪に再度詰め寄ろうとしたところ、彼はひょいと再び電車に乗ってしまった。
 あっと思う間に扉が閉まる。
 ガラスの向こうに見える彼は、少し悲しそうに笑った顔で、軽く手を振っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...