ナツとシノ

柴野日向

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13話 穴ぐら

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 首輪をしっかりとスカーフで隠し、近くを走り回る子どもたちと同じように、着ている着物の裾をきちんと伸ばす。裸足は隠しきれないが、ナツは何でもない顔をし、一軒の果物屋の前で立ち止まった。
 すぐ近くで品物を選んでいる客と、奥から出てくる店主。彼らを視界に入れ、かごに積まれた林檎をひとつ手にとった。髭を伸ばした店主は鋭い視線でこちらを見るが、客に声をかけられると、愛想良く笑い、その相手を始めた。
 その途端、ナツは駆け出した。
「こら、待て!」
 背を襲う怒鳴り声に一度振り向き、店主が鬼のような形相で追いかけてくるのを確認した。全力で通りを駆け抜け、ナツは人の流れをかいくぐる。身体の小さな彼女は、人ごみを駆けるにあたっては、有利だった。
「誰か! そのガキを捕まえてくれ!」
 捕まるわけにはいかないと細い路地に飛び込み、滅茶苦茶に角を曲がり、大通りを離れていく。追いつかれたらただでは済まない。運が悪ければ主人の追っ手に気がつかれ、そのまま殺されてしまう。
 冷や汗がナツの頬を辿る。足が笑い出し、油断をすると力が抜け、へたりこんでしまいそうになる。歯を食いしばり、持っていた林檎も投げ捨て、ナツは我武者羅に走り続けた。
 どれだけ走ったのか。人の声が聞こえなくなり、見かけることもなくなると、ナツはようやく足を止めて呼吸を整えた。太陽を見上げて方角を知り、慎重に歩を進め、まだ灯りの宿っていない街灯を辿り、見覚えのある路地裏にやってきた。小声で呼び続けると、ひたひたと微かな足音を立てるシノが、奥から不安そうな顔をのぞかせる。彼はナツの姿を見ると、泣きそうに顔を歪め、手を伸ばして抱きついた。
「なんてことねえよ、シノ。それより、あんたは大丈夫だったか? 誰かに見つかったり、怪我したりしなかったか」
 首を横に振るシノを見て、ナツは安堵のため息を吐いた。
 そんな彼女の袖を路地の奥へ引き、シノは地面に置いてある数個の林檎を指さした。ナツが囮になっている間に、シノが店先から盗んだものだった。
 そうして二人は、ようやくその日の食事にありついた。危険極まりない食料の調達の方法だったが、幼い二人は、他に良い方法を見つけられなかったのだ。子どもを雇ってくれる奇特な人間が見つかるとも思えず、まず自分たちは首輪をつけている以上、堂々と表に出ることすらできないのだ。
 包みにあった食べ物は、どれだけ僅かずつ口に運んでも、数日で姿を消してしまった。だが、生きるためには食べなければならない。
「こんなの見たら、なんて言われるだろうな。あたしら、すっかり悪い子になっちまった」
 林檎をかじりながら、ナツは喉の奥で笑う。あの二人の老人は、怒ってくれるだろうか。それとも、悲しんでくれるだろうか。
「だけど、こうしないと、飢え死にだもんな……ここまできて、そんなん、嫌だよな」
 やがて二人は身を寄せ合い、熟睡できない眠りにつく。少しの足音にも敏感に目を覚まし、息を殺し、いつでも逃げられる体勢で、あなぐらに隠れるうさぎのように浅い眠りを迎える。初春とはいえ、夜明けは体が震えるほどに冷えるが、贅沢は言っていられない。
 あっという間に、ナツとシノの身体は不健康にやせ細ってしまった。決して肥えていたことはないが、ひと冬の間、その肌は健康的な子どもの色を取り戻していた。だが、路地裏にこもる生活で七日も経てば、飢えを忘れて温かい布団で眠れていた生活は、夢だったのかとも思うようになっていた。その度に夢ではないのだと、ナツは首元のスカーフを握り締め、傍らで寝息を立てるシノを見つめた。自分ひとりなら、とっくに諦めていた。いや、最初に逃げようと思うことすらなかっただろうと、シノの確かな体温を感じ、瞼を閉じる。忘れてしまった夢を見る。
 だがそんな生活も長く続けるわけにはいかず、逃げた奴隷を探す声が囁かれるようになると、二人は手を取り合い、次の場所を求めて歩き出した。
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