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29、イラクサに似ている

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その日は、ヨハンナと一緒に夕食を食べた。
カロリーナがパンを焼き、セヴェリがシチューを作った。
貴族であるヨハンナにこんなメニューで大丈夫かと、カロリーナは少し心配になった。
けれど、セヴェリは自慢げな顔をしていた。

「全部森で取れたものばかりだ。うまいぞ」

ヨハンナもにこやかに応じる。

「それは嬉しいな」

そして、シチューをひとさじすくう。

「キノコがこんなに。森の恵みを感じるよ」
「カロリーナが取ってくれたんだ」

ヨハンナは、そこで初めてカロリーナに笑みを向けた。

「それはすごい」
「いえ、そんな……」

カロリーナはなんと言っていいのかわからなくて、下を向いた。
きれいな人だと思った。
こんな人と、セヴェリは一緒にいつもいるのか。

ーー仕方ない。

なぜか、唐突にそう思った。

ーーカロリーナだから、仕方ない。


夕食を食べた後、ヨハンナは村に戻ると言った。
当然、セヴェリが送っていくことになった。
カロリーナは並んで立つ二人を見て、なんてお似合いだろうと思った。
物語の中のお姫様と王子様みたいだ。
お姫様は普段は騎士の格好をしているけれど、実はドレスが似合う。
セヴェリは、カロリーナに見せたことのない、砕けた笑顔で言った。

「悪いね、うちが広ければ泊まってもらえるのに」
「広くてもその分本を置くだけだろう、君は」
「確かに」

カロリーナは、遠ざかる二人の姿を小さくなるまで見送った。



翌日から、ヨハンナは毎日、セヴェリのところに来た。
村の宿屋にしばらく泊まるらしい。
昼と夜の食事は、セヴェリとカロリーナとヨハンナの三人になることが多くなった。
食事の間、二人は難しい話をしていることが多かった。
だから、カロリーナは黙っていた。

「宮廷では、やはりその男を黒い魔法使いだと判断している」
「そうか……目的はなんだろう?」
「わからない。今までどこにいたのかも」

黒い魔法使いが現れて、王都も宮廷も慌てている。
その現場であるこの森を調べに、ヨハンナが派遣された、と言うことだけはなんとなくわかった。
そのため、ヨハンナはセヴェリと二人でよく森に行った。
何かの調査らしい。
手伝うことの出来ないカロリーナは、見送ることしかできなかった

そんなある日、

「そうだ、イラクサの茂みを調べなくては」

セヴェリが、そう言い出した。
昼食を三人で食べた後だった。

「ずっと調査してなかった。以前、王都にいく前に見て、それきりだ」

ヨハンナはイヌバラの実のお茶を飲みながら聞いた。

「イラクサの茂み? なにか大事なものが?」
「正確に言うと、イラクサに似せた葉を繁らせて、結界に使っているんだ。本物のイラクサならこの時期は葉は枯れるが、それは枯れていない。イラクサの地下茎の気を借りて、作ったんだ」
「相変わらず器用だな……」

ヨハンナの言葉に、セヴェリは照れたように笑った。
会話は続く。
カロリーナが発言しなくても。

「その偽物のイラクサが途切れていると、悪いものが入ってくるんだ」
「獣とか?」
「それもあるし、悪い気というのかな……」
「普通の結界じゃ防げない?」
「カロリーナのために、二重にしたいんだ」

でもセヴェリはカロリーナを見て微笑んだ。
カロリーナはびっくりした。
セヴェリが当たり前のように、カロリーナの名前を会話に交ぜる。
カロリーナは、それだけで嬉しかった。

「僕やサイニーが大丈夫なものでも、カロリーナには影響があるかもしれない。変なものが来たら厄介だ。かなり範囲が広いから、ついつい後回しになってたんだよな」

セヴェリは考え込むように、腕を組んだ。

「ヨハンナ悪いけど、今日の午後は村で休んでいてくれ」

しかし、ヨハンナはにっこり笑った。

「それなら」

まとめた髪が、毛先で揺れる。

「みんなで手分けするのはどうだ? カロリーナと、私。そしてセヴェリ。二手なら少しは速いんじゃないか」

セヴェリは少し考えてから、頷いた。

「客人に手伝ってもらうのは申し訳ないが、確かに助かるな。構わないか?」
「ああ」
「カロリーナもいいかな?」
「もちろんです!」

役に立てると思えば、なんでもできた。
カロリーナは、喜んで返事した。


森の入り口で二手にわかれた。
セヴェリは一人で東の湖に向かう。

「よろしく頼むよ。おかしなことがあれば鳥を飛ばしてくれ」

カロリーナとヨハンナは、頷いた。



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