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第3部 木蓮 チャクラとレインボーカラー
第3部 第1話 鯛焼きとマスキングテープ
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秋晴れが続いている。道行く人の足取りも軽快だ。
比呂乃も、いつものように弁天様にお参りした後、自身が営業するカフェバー「木蓮」への道を歩いている。今日は、何回か蝶々がひらひら舞ったり、花の蜜を吸っているのを見かけた。
いつもこんな時期まで飛んでいたんだっけ。比呂乃は気に留めたこともなかった。今年は、とにかく自然の豊かさに目が行く。蝶や蜂も、花の命を知っていて、自分たちも命を精一杯生きているということだろう。
店に着いて、開店準備をしていたら、ササやんが手土産を持って、立ち寄ってくれた。渡された袋を覗き込むと、簡単な紙包みの中にたい焼きの尾頭が見えた。
「きゃっ!嬉しい。ササやん、気を遣ってもらって。」
「通りで売っててさ。俺も好きだから。」
「私も大好きよ。」
「だろ。」
ササやんはリフォームの仕事をしていて、先月、木蓮を改装してくれたのだった。お陰でタロットのブースもできて、今では空き時間は人に貸したりもできている。
「ありがとね、ササやん。助かったわ。」
「それこそ気遣いなく。こっちも商売なんだから。」
比呂乃がお持たせを簡単にカウンターに広げた。その内の一つを、ササやんは手に取りぱくついた。美味しそうに食べるササやんの顔を見て、比呂乃は思い出した。
「あっ、そうだ。これササやんの?」
見覚えのない黄色いマスキングテープが店に転がっていたのを取っておいたのだ。
「うぅ、うぅ。」
ササやんは、頬張ったたい焼きをもぐもぐさせながら、肯きながら手を出して、テープを受け取った。
やっぱり、改装工事の時に置き忘れたんだね。
ササやんは、たい焼きをやっと食べ終わり「サンキュー!」と言うと、ブースの方に行って、様子を確かめるように見回した。使い勝手を聞かれて比呂乃は二、三感想を返した。聞いた内容を記憶するように目を閉じて首を縦に振って
「また来るわ。」
と言った。そして、残ったたい焼きに目をやり
「たっちゃんにもあげてよ。」
「レンジしてから、トーストすると、旨いらしいから。」
言い残して、ササやんは、現場に戻っていった。
いろんなことが変わり始めている。タロット予約を受けカフェタイムを始めることにして、そのために改装を決心し、ササやんに依頼した。改装前には感謝祭をして、あずさと再会できた。そして始めたカフェタイムだが、当初から気に入って来てくれていた貴和子があっという間に旅立ち、入れ替わるかのように、ケンちゃんからHIROを紹介された。比呂乃は人生の不思議を思った。
(こんなに急展開するなんてね。)
比呂乃はカウンターを前に座ったまま、たい焼きを齧った。最近は海外の人にも、カジュアルでキュートでデリシャスなお菓子だと人気らしい。比呂乃はわかるわあと思う。
餡もいろんなものが出てきて、もちろん小豆が一番好きだが、次に栗餡が好きになった。煮た栗をつぶしただけのような素朴な餡がお気に入りだ。
すぐに動きたくない気がして、たい焼き店の案内文をぼんやり眺めた。十勝産小豆使用と書かれている。北海道産は一日の気温差が小豆の甘さを引き出していて、海外の小豆とは全く違い、渋みが少なく糖分が高いのだという。
小豆は英語で、Red beansという。そう言えば、相場の世界か何かで赤いダイヤと言われていたのを思い出した。
「赤ね。」比呂乃は何となく呟いて、残ったたい焼きの方を眺めた。
ふと思いついて、残りのたい焼きの包みにアクセントをつけることにした。引き出しの中から、今度は比呂乃愛用のマスキングテープを取り出した。
ササやんのマスキングテープとはもちろん違う。
文房具好きの比呂乃は、機会があれば、文房具の売り場をあちこち回る。今やマスキングテープは色・形・用途を変え、事務用品扱いで、100均でも目移りするくらいたくさん売られている。
マスキングテープは、日本ならではの進化を遂げたと比呂乃は思う。もし、比呂乃が文房具評論家で、インタビューを受け、「最近のマスキングテープ市場についてどう思われますか?」なんて聞かれたら、伊達眼鏡を人差し指で持ち上げながら、こう答えてやるのだ。
「そうですね。日本人の豊かな遊び心が、和紙の持つ自然の風合いと、本来の機能性とを融合させ発展させた、まさに奇跡の商品だと言えます。
言い換えれば、日本人の美意識と自然観が、塗装や養生の現場に住んでいたマスキングテープを、女子たちのペン皿や引き出しの中にも進出させ、活躍の場所をさらに広げさせたと言えましょう!!」と。記者たちの喝采が、、、。
「あっいけない。私としたことが。」
仕事前に文房具一つを前に、また妄想が走り出していたことに気づいて、比呂乃は自嘲した。未来ちゃんのことを笑えないわ。
さて、比呂乃が、今、取り出したのは、切り取り線があって書き込めるタイプだ。日付を書いたり、名前を書いたり、簡単なメッセージが書き込める。
カラーペンを取り出して、たっちゃん宛てに何を書こうか考える。
たっちゃんとは比呂乃をずっと支えてくれた大切な人で、今はこの近くで訪問介護を受けながら在宅で生活をしている男性だ。
「このスペースからして『Thank You』が一番ぴったりくるかな。」
と思ったけど、笑いがないとあっさり却下した。
次に、海老で鯛を釣るというフレーズが浮かんだので、
「エビの絵でも書こうかな?」と比呂乃は思った。
でも、鯛で海老を釣るっていうのは逆で面白いけど、あまりに釣り合わないから、伊勢エビを書いちゃおうかなどと想像した。途端に、これを見せた時に不思議そうな顔をするたっちゃんの顔や、喜んでくれている体温が感じられて、温かい気持ちになった。だから、小さな枠に納まらない赤い伊勢エビを書いた。残りの包装にもテープを貼りハートマークを書き足した。
それだけして、バーの準備作業を簡単に整えてから、「木蓮」バータイムをオープンした。
しばらくして、順子が来店した。
順子は、最近、比呂乃が通い始めたプールで出会った水泳仲間である。比呂乃とは同い年で、さっぱりとした性格も似ている。
順子は、なぜか赤いスイミングキャップを被っている。一般のプールだから目立つ。
はじめ二人は、挨拶するだけの関係だったが、何回か話すうちに打ち解けて、比呂乃は赤いキャップを見つけたら同じレーンで泳ぐことにした。
慣れたころ、比呂乃が赤いキャップを「蛍みたいで可愛い!」とからかうと、順子は
「やだー!蛍はお尻が赤いのよ!」と比呂乃の肩を軽く叩きながら、明るく笑った。
彼女は、近くの施設で介護の仕事をしているので、この辺りで会うときは、ポロシャツかトレーナーで、下はチノパン、カーゴパンツという姿が多い。ショートカットで、たれ目のドングリ眼が可愛い人だけれど、実にたくましい。
きっと部下には慕われているに違いないし、利用者さんと明るくざっくばらんに会話して、笑いを巻き起こしている姿が容易に想像できる。
今日も午前中、プールで同じレーンであったのだが、簡単な挨拶だけして泳いでいるうちに、気づいたらいなくなっていた。そんな感じで、気持ちよく付き合える人だ。
順子はクロールで淡々と泳いだ後、他に人がいなければ、最後はバタバタと水しぶきを上げて、めちゃくちゃに泳ぐ。はじめ見た時は驚いた。
海の中を必死で飛ぼうとして大騒ぎしている野鳥に見える。
「前世は鳥ね。」と順子に言ったことがある。
疲れて眠れそうな気がするのよと、順子は言っていた。気働きし過ぎて眠れない日があるんだろうと比呂乃は感じたが、黙っていた。
比呂乃は泳いだ最後は、プールの底に映る光を眺めるために、ゆったり平泳ぎをする。それを知った順子が逆に言い返してくる。
「比呂ちゃんはねー、前世はジュゴンよ。」
「ジュゴンって!」
一瞬ムッとしたけど、あまりに痛快な表現に笑った。比呂乃は体型のことは気にしてない。
「あっ、思い出した!
今日ね。たい焼き貰ったんだった。
食べるよね?」
「うん、貰う。」
順子も気にするタイプではない。
軽くレンジして温めて、トーストにかけた。
順子が面白そうに話し出す。
「あのね。」
関西のある地域では、タコが入っていないたこ焼きを売っているお店があって、そこに行く前に、前に行ったことがある人に言われるんだって。
「そこで買ったときは、おばちゃんに、
『おばちゃん、タコ入ってへんで。』
と必ず言えよ。」と。
そして、実際買ってみると、案の定、タコは入っておらず、
「おばちゃん、このたこ焼きタコ入ってへんで。」と言う。
そこでおばちゃんは答えるそうである。
『ほな何か?たい焼きに鯛入ってまっか?』と。
そこまでがワンセット。ひとつの売り物なんだそうだ。
たこ焼きにタコを入れていないということを、そんな適当なことで、けむに巻いてしまえるお互いの懐の深さよ。比呂乃は感心する。
順子は言う。
「確かに、たい焼きに鯛は入っていないね。」
比呂乃も冗談で言った。
「人形焼きに、人形入ってたら怖い!」
順子がまた思い出して話をつづけた。
「ある友達の友達が、これまたすごい天然でね。」
「うん。」(出た、天然。気を付けろ!)比呂乃は天然ちゃんには懲りているところがあるので、小さく心の準備をした。
「鉄観音入りウーロン茶というのがあったでしょ?」
「うん。ん?」
「それを買った天然女子が、自販機から取り出して、缶を振って、「鉄の観音様、入ってないよ!」って真顔で言ったらしいのよ。」
「ひゃー。そんなバカな!!」
参りました。天然ってすごい!
「そう言えば、天然のたい焼きって何か知ってる?」
順子が言うので
「なんか聞いた気がする。なんだっけ?」
「一つずつ金型で焼いていくのが天然で、5個くらいの型がついた鉄板で、同時に複数焼いていくのが養殖だって。」
そうだった。そんなことを言っている人がいて、また面白い表現をするなあと思ったのを思い出した。
比呂乃は順子が食べ終えた、たい焼きの包装紙につけたマスキングテープの赤いハートマークを見て、ふと連想した。
マスキングテープの違いも天然と養殖の違いに似ていると思った。出所の違いか、使い途の違いかという点は違っても。
マスキングテープの天然の漁場は、ササやんが向かった先の、最終的に塗装が施されるような現場である。
対して、比呂乃の手元にあるのが養殖としても。これはこれで、これも一つの豊かな愛の現場に変わりはない。
マスキングテープですら、それぞれが求められた現場で形を変えながら、精一杯生きている。そう思うと面白くておかしい。
極端な話、マスキングテープも私も、たい焼きも。
比呂乃も、いつものように弁天様にお参りした後、自身が営業するカフェバー「木蓮」への道を歩いている。今日は、何回か蝶々がひらひら舞ったり、花の蜜を吸っているのを見かけた。
いつもこんな時期まで飛んでいたんだっけ。比呂乃は気に留めたこともなかった。今年は、とにかく自然の豊かさに目が行く。蝶や蜂も、花の命を知っていて、自分たちも命を精一杯生きているということだろう。
店に着いて、開店準備をしていたら、ササやんが手土産を持って、立ち寄ってくれた。渡された袋を覗き込むと、簡単な紙包みの中にたい焼きの尾頭が見えた。
「きゃっ!嬉しい。ササやん、気を遣ってもらって。」
「通りで売っててさ。俺も好きだから。」
「私も大好きよ。」
「だろ。」
ササやんはリフォームの仕事をしていて、先月、木蓮を改装してくれたのだった。お陰でタロットのブースもできて、今では空き時間は人に貸したりもできている。
「ありがとね、ササやん。助かったわ。」
「それこそ気遣いなく。こっちも商売なんだから。」
比呂乃がお持たせを簡単にカウンターに広げた。その内の一つを、ササやんは手に取りぱくついた。美味しそうに食べるササやんの顔を見て、比呂乃は思い出した。
「あっ、そうだ。これササやんの?」
見覚えのない黄色いマスキングテープが店に転がっていたのを取っておいたのだ。
「うぅ、うぅ。」
ササやんは、頬張ったたい焼きをもぐもぐさせながら、肯きながら手を出して、テープを受け取った。
やっぱり、改装工事の時に置き忘れたんだね。
ササやんは、たい焼きをやっと食べ終わり「サンキュー!」と言うと、ブースの方に行って、様子を確かめるように見回した。使い勝手を聞かれて比呂乃は二、三感想を返した。聞いた内容を記憶するように目を閉じて首を縦に振って
「また来るわ。」
と言った。そして、残ったたい焼きに目をやり
「たっちゃんにもあげてよ。」
「レンジしてから、トーストすると、旨いらしいから。」
言い残して、ササやんは、現場に戻っていった。
いろんなことが変わり始めている。タロット予約を受けカフェタイムを始めることにして、そのために改装を決心し、ササやんに依頼した。改装前には感謝祭をして、あずさと再会できた。そして始めたカフェタイムだが、当初から気に入って来てくれていた貴和子があっという間に旅立ち、入れ替わるかのように、ケンちゃんからHIROを紹介された。比呂乃は人生の不思議を思った。
(こんなに急展開するなんてね。)
比呂乃はカウンターを前に座ったまま、たい焼きを齧った。最近は海外の人にも、カジュアルでキュートでデリシャスなお菓子だと人気らしい。比呂乃はわかるわあと思う。
餡もいろんなものが出てきて、もちろん小豆が一番好きだが、次に栗餡が好きになった。煮た栗をつぶしただけのような素朴な餡がお気に入りだ。
すぐに動きたくない気がして、たい焼き店の案内文をぼんやり眺めた。十勝産小豆使用と書かれている。北海道産は一日の気温差が小豆の甘さを引き出していて、海外の小豆とは全く違い、渋みが少なく糖分が高いのだという。
小豆は英語で、Red beansという。そう言えば、相場の世界か何かで赤いダイヤと言われていたのを思い出した。
「赤ね。」比呂乃は何となく呟いて、残ったたい焼きの方を眺めた。
ふと思いついて、残りのたい焼きの包みにアクセントをつけることにした。引き出しの中から、今度は比呂乃愛用のマスキングテープを取り出した。
ササやんのマスキングテープとはもちろん違う。
文房具好きの比呂乃は、機会があれば、文房具の売り場をあちこち回る。今やマスキングテープは色・形・用途を変え、事務用品扱いで、100均でも目移りするくらいたくさん売られている。
マスキングテープは、日本ならではの進化を遂げたと比呂乃は思う。もし、比呂乃が文房具評論家で、インタビューを受け、「最近のマスキングテープ市場についてどう思われますか?」なんて聞かれたら、伊達眼鏡を人差し指で持ち上げながら、こう答えてやるのだ。
「そうですね。日本人の豊かな遊び心が、和紙の持つ自然の風合いと、本来の機能性とを融合させ発展させた、まさに奇跡の商品だと言えます。
言い換えれば、日本人の美意識と自然観が、塗装や養生の現場に住んでいたマスキングテープを、女子たちのペン皿や引き出しの中にも進出させ、活躍の場所をさらに広げさせたと言えましょう!!」と。記者たちの喝采が、、、。
「あっいけない。私としたことが。」
仕事前に文房具一つを前に、また妄想が走り出していたことに気づいて、比呂乃は自嘲した。未来ちゃんのことを笑えないわ。
さて、比呂乃が、今、取り出したのは、切り取り線があって書き込めるタイプだ。日付を書いたり、名前を書いたり、簡単なメッセージが書き込める。
カラーペンを取り出して、たっちゃん宛てに何を書こうか考える。
たっちゃんとは比呂乃をずっと支えてくれた大切な人で、今はこの近くで訪問介護を受けながら在宅で生活をしている男性だ。
「このスペースからして『Thank You』が一番ぴったりくるかな。」
と思ったけど、笑いがないとあっさり却下した。
次に、海老で鯛を釣るというフレーズが浮かんだので、
「エビの絵でも書こうかな?」と比呂乃は思った。
でも、鯛で海老を釣るっていうのは逆で面白いけど、あまりに釣り合わないから、伊勢エビを書いちゃおうかなどと想像した。途端に、これを見せた時に不思議そうな顔をするたっちゃんの顔や、喜んでくれている体温が感じられて、温かい気持ちになった。だから、小さな枠に納まらない赤い伊勢エビを書いた。残りの包装にもテープを貼りハートマークを書き足した。
それだけして、バーの準備作業を簡単に整えてから、「木蓮」バータイムをオープンした。
しばらくして、順子が来店した。
順子は、最近、比呂乃が通い始めたプールで出会った水泳仲間である。比呂乃とは同い年で、さっぱりとした性格も似ている。
順子は、なぜか赤いスイミングキャップを被っている。一般のプールだから目立つ。
はじめ二人は、挨拶するだけの関係だったが、何回か話すうちに打ち解けて、比呂乃は赤いキャップを見つけたら同じレーンで泳ぐことにした。
慣れたころ、比呂乃が赤いキャップを「蛍みたいで可愛い!」とからかうと、順子は
「やだー!蛍はお尻が赤いのよ!」と比呂乃の肩を軽く叩きながら、明るく笑った。
彼女は、近くの施設で介護の仕事をしているので、この辺りで会うときは、ポロシャツかトレーナーで、下はチノパン、カーゴパンツという姿が多い。ショートカットで、たれ目のドングリ眼が可愛い人だけれど、実にたくましい。
きっと部下には慕われているに違いないし、利用者さんと明るくざっくばらんに会話して、笑いを巻き起こしている姿が容易に想像できる。
今日も午前中、プールで同じレーンであったのだが、簡単な挨拶だけして泳いでいるうちに、気づいたらいなくなっていた。そんな感じで、気持ちよく付き合える人だ。
順子はクロールで淡々と泳いだ後、他に人がいなければ、最後はバタバタと水しぶきを上げて、めちゃくちゃに泳ぐ。はじめ見た時は驚いた。
海の中を必死で飛ぼうとして大騒ぎしている野鳥に見える。
「前世は鳥ね。」と順子に言ったことがある。
疲れて眠れそうな気がするのよと、順子は言っていた。気働きし過ぎて眠れない日があるんだろうと比呂乃は感じたが、黙っていた。
比呂乃は泳いだ最後は、プールの底に映る光を眺めるために、ゆったり平泳ぎをする。それを知った順子が逆に言い返してくる。
「比呂ちゃんはねー、前世はジュゴンよ。」
「ジュゴンって!」
一瞬ムッとしたけど、あまりに痛快な表現に笑った。比呂乃は体型のことは気にしてない。
「あっ、思い出した!
今日ね。たい焼き貰ったんだった。
食べるよね?」
「うん、貰う。」
順子も気にするタイプではない。
軽くレンジして温めて、トーストにかけた。
順子が面白そうに話し出す。
「あのね。」
関西のある地域では、タコが入っていないたこ焼きを売っているお店があって、そこに行く前に、前に行ったことがある人に言われるんだって。
「そこで買ったときは、おばちゃんに、
『おばちゃん、タコ入ってへんで。』
と必ず言えよ。」と。
そして、実際買ってみると、案の定、タコは入っておらず、
「おばちゃん、このたこ焼きタコ入ってへんで。」と言う。
そこでおばちゃんは答えるそうである。
『ほな何か?たい焼きに鯛入ってまっか?』と。
そこまでがワンセット。ひとつの売り物なんだそうだ。
たこ焼きにタコを入れていないということを、そんな適当なことで、けむに巻いてしまえるお互いの懐の深さよ。比呂乃は感心する。
順子は言う。
「確かに、たい焼きに鯛は入っていないね。」
比呂乃も冗談で言った。
「人形焼きに、人形入ってたら怖い!」
順子がまた思い出して話をつづけた。
「ある友達の友達が、これまたすごい天然でね。」
「うん。」(出た、天然。気を付けろ!)比呂乃は天然ちゃんには懲りているところがあるので、小さく心の準備をした。
「鉄観音入りウーロン茶というのがあったでしょ?」
「うん。ん?」
「それを買った天然女子が、自販機から取り出して、缶を振って、「鉄の観音様、入ってないよ!」って真顔で言ったらしいのよ。」
「ひゃー。そんなバカな!!」
参りました。天然ってすごい!
「そう言えば、天然のたい焼きって何か知ってる?」
順子が言うので
「なんか聞いた気がする。なんだっけ?」
「一つずつ金型で焼いていくのが天然で、5個くらいの型がついた鉄板で、同時に複数焼いていくのが養殖だって。」
そうだった。そんなことを言っている人がいて、また面白い表現をするなあと思ったのを思い出した。
比呂乃は順子が食べ終えた、たい焼きの包装紙につけたマスキングテープの赤いハートマークを見て、ふと連想した。
マスキングテープの違いも天然と養殖の違いに似ていると思った。出所の違いか、使い途の違いかという点は違っても。
マスキングテープの天然の漁場は、ササやんが向かった先の、最終的に塗装が施されるような現場である。
対して、比呂乃の手元にあるのが養殖としても。これはこれで、これも一つの豊かな愛の現場に変わりはない。
マスキングテープですら、それぞれが求められた現場で形を変えながら、精一杯生きている。そう思うと面白くておかしい。
極端な話、マスキングテープも私も、たい焼きも。
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