スペ先輩と帰りたい

寿々喜節句

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第九話 ウル先輩は戦いたい

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「そういえばさぁ、小花ちゃん。昨日はどういう状況だったの?」
 お昼ご飯を食べ終えて食休みをしている時、新が私の机のところまで来て言った。
「昨日の状況?」
 どのことを言っているのだろうか。昨日は色々ありすぎた。
「スペとケレン先輩と一緒に帰ってたじゃん」
「あーあれね」
「うん。テニスコートから三人が見えて、テニス部の先輩たちが騒いでたよ」
「騒いでた?」
 私はよく砂川先輩と帰ってるし、騒ぐようなことでもないだろう。
「なんか部活の先輩が、ついに砂川もケレンに落ちたか、って言って盛り上がってたよ」
「え、それどういうこと?」
 意味がわからない。ケレン先輩に落ちたってどういうこと? そんな感じじゃなかったけれど。詳しく聞きたい。
「なんか、ケレン先輩ってスペとは違うクラスなのに、昼休みとか隙あるごとにスペのところに行って口説いてるらしい」
「うそでしょ!?」
 いやいやいや、そんなこと砂川先輩から聞いてないんだけど。おかしいだろ。それはおかしいだろうが。
「マジマジ。部活の先輩が言ってたもん。いつもスペは断ってたのに昨日は一緒に帰ってたから、ついに押しに負けたのかなって」
「いや、あれは違うよ。砂川先ぱ……スぺが眼鏡壊しちゃって、ケレン先輩が介助してたんだよ」
 そんな変な雰囲気はなかった。砂川先輩がケレン先輩に口説き落とされるなんてことがあるわけがない。あってはならない。きっと何かの間違いだ。ただ介助していただけ。そう、ただ単に介助していただけに決まっている。
「なるほどねぇ。それで優しさを見せつけて落とそうって話かな」
「いや、だから、違うって……。たぶん……」
 否定しているけれど、言い切ることはできない。少しずつ自分の言葉に自信がなくなっていく。
「まあいいや。押しに弱いなら私もテニス部に入ってもらえるように押してみようかな」
 新はそう言うと教室を飛び出した。
「ちょ、ちょっと、新ぁ!」
 私は急いで新を追いかけた。


  □◇■◆


 さすがスポーツ女子の新。あっという間に走り去って見失ってしまった。
 私は砂川先輩が何組かは知らなかった。新は知っていたのだろうか?
 でも二年生の教室は一年生の階の一つ下の三階。一つ一つ教室を確認すればわかる。
 A組から確認する。教室のドアのガラス越しに教室内を見てみると、髪のきれいな人がいた。
 ケレン先輩だ。
 その正面には机をはさんで砂川先輩が座っている。
 一発で見つかってよかった。
 ケレン先輩の横に新がいる。すごい。よく上級生の教室に入っていったな。
 私も勇気を振り絞ってそーっと入っていく。
「砂川君、もうあきらめて私のところに来なさい」
 ケレン先輩が砂川先輩に迫っている。
「いや、行く気はない」
 きっぱりと断る砂川先輩。よく言った!
「スぺさん、テニス部に入ってくださいよ」
 新がお伺いを立てている。
「いや、入る気はない」
 きっぱりと断る砂川先輩。よく言った!
「お、小花さんじゃないか。いいところに来た。ちょっと助けてくれないか?」
 私に気が付いた砂川先輩が困ったように言う。
「二人は砂川先輩に何を頼み込んでるんですか?」
 新の件は知っているけれど、あえて知らないふりをする。
「ああ、狭山さんはテニス部に、ケレンは生徒会に入ってくれってうるさいんだ」
「そういうことですか」
 ほうほう、なるほど。ケレン先輩は生徒会に入ってほしくて口説いているのか。なんだ、そういうことか。そうだよね。うん、そういう口説きだよね。はいはい、納得。
「ちょっと小花さん、何を笑っているの?」
 ケレン先輩がつっかかってくる。
「いえ、すみません……」
 私笑ってたの? 気が付かなかった。
「私は次期生徒会長になりたいと思っているの。私たちは学年のナンバーワンを争う仲なのだから二人で生徒会をやれば学校がよくなるわ」
「だから僕はそんなことには興味がないと言っているだろう。それに今の学校が悪いとも思っていない。そんなことはやりたい人がやればいい」
「だめよ。砂川君は帰宅部なんかで埋もれる人材ではないわ」
「ありがたい言葉ではあるが、僕は生徒会に入る気はない」
「そうですよ、帰宅部だっていいじゃないですか」
 私はケレン先輩の言葉に思わず反論した。
 それに砂川先輩は一応写真部に入っているので、厳密には帰宅部ではない。
「別に帰宅部を批判しているつもりはないわ。できることがあるのにそれをやらないのが私はもどかしいの」
「帰宅部にしかできないことだってあります」
「そうね。そういうのもあるでしょう。でも砂川君はもっとできることがあるわ」
「そんなこと言っても……」
「スぺさん、生徒会もいいかもしれませんが、テニス部もいいっすよ」
 私が返答に困っていると、新が割り込んできた。
 ハートが強いようだ。だいぶぐいぐいだ。
「ちょっとあなた……」
 ケレン先輩が新に言う。
 急に現れてテニス部に誘い出すから、新はケレン先輩に目をつけられたのかもしれない。
「狭山新っす」
 頭を下げる新。体育会系の所作だ。
「狭山さん? さっきから砂川君のことを何て呼んでるの?」
 あれ? そこ? 新の言動じゃなくて、呼び方に食いついたのか。
 でもまあ気になるのもわかる。初めて聞いた人には、よくわからないもんな。
「スぺっす」
「スぺ?」
 きょとんとするケレン先輩。
「スペシャルのスぺだ」
 やりとりを見ていた砂川先輩が言う。
 いや、だから、気に入ってるんかいッ!
「スペシャルのスぺ? 砂川君が?」
「そうだ。僕は一年生にスペシャルって思われているようでね。学力が君よりあるからそう呼ばれてもおかしくはないがな」
 砂川先輩が挑発している。
 挑発されたケレン先輩は腕を組み、考え込むように目をつむった。冷静さを取り戻そうとしているのだろうか。
 そして一呼吸おいて目を開くと、にやりと笑った。
「狭山さん、今日から私のことはウルって呼びなさい!」
「「「ウル?」」」
 新と私だけでなく、あの砂川先輩と三人で声を揃えて聞き返してしまった。
「そうよ、ウルトラのウルよ。砂川君がスペシャルなら私はウルトラになるわ」
 ウル先輩ことケレン先輩は腰に手を当てポーズを決めている。
「ふんっ。うるさいのウルかと思ったよ」
 砂川先輩があざ笑う。
「言うわね、砂川君……。いいわ、だったら勝負で決めましょう」
「勝負とは?」
 砂川先輩の目つきが変わった。
「今回の期末テストで、総合得点が私の方が高かったら、生徒会に入りなさい。もし万が一私が負けたら、そのときは諦めるわ」
「なるほど」
 両者にらみ合いでバチバチやっている。
 来週の木曜日から五日、残念ながら間期末テストがある。それで勝負をしようという話になったようだ。
「あのーその勝負でついでにテニス部の方もいいっすかね?」
「いいわけ無いでしょ!」
 私は図々しく入っていく新の腕を引いた。
「でも生徒会と部活動は両立しても問題はないわ」
「ケレンとの勝負で生徒会の入会を決めるのは勝負として構わないが、テニス部はお断りだ。まあなんにせよ学年一位は変わりはないがな」
 砂川先輩ってこんなビッグマウスだったの?
 周りの人たちは気にすることなくくっちゃべっている。もしかしたらこういうことは、よくあることなのだろう。
「小花さん、狭山さん、二人の学力はどんなものなのかしら?」
 ウル先輩が聞く。
「別に良くないっす。二人あまり変わりないっすね」
 新が頭をかきながら言う。
 無断で私の事も言わないでほしい。
「それなら二人で勝負したらいいじゃない」
「え?」
 何を言い出す? ウル先輩は何を言い出すんだ?
「私と狭山さんは、入会入部を希望している。砂川君と小花さんは帰宅部を望んでいる。それぞれが勝負をすればいいじゃない」
「なるほど。スペ派とウル派の対決ということだな。受けて立とう」
 砂川先輩が拳を握り立ち上がった。
 おい、勝手に決めんなよ!
 ってかなんだよ、スペ派とウル派って。そんな奇抜な派閥に入るなんてバツが悪い。うわ、スペっちゃった。
「言ったわね。それじゃあ狭山さん、私達はこれから特訓よ!」
「はい! ウル先輩!」
 結託した二人は教室を出ていった。
 砂川先輩のクラスメイトは私達に関心がないようだ。やはり日常的なのだろう。
「それじゃあ私も戻りますね」
 先輩に「ではまた」と伝え、その場を離れようとした。というより逃げようと思った。
「小花さん、僕達もスペ派として今日から特訓をしよう」
 残念ながら逃げ切れなかった。先輩は拳を握って闘志を燃やしている。
「え、本気ですか?」
「本気だ。スペ派代表として副代表の小花さんの勉強も見るつもりだ」
 眼鏡をくいっと上げる先輩。
 その役職なにッ!?
「でもそうですね。私が負けると先輩はテニス部に入部ですもんね」
「そうだ。ただその場合、小花さんも一緒に入部ってことで交渉つもりだがな」
「何でですか!」
 勝手にそんなことしないでほしい。
「そうでもしないと頑張らない可能性がある」
「た、たしかに……」
「だから特訓だ。わかったな。もうそろそろ昼休みが終わる。今日の放課後から始めるぞ」
「まあバイトないからいいですけど」
 渋々だけれど承諾するしかない。
「じゃあまた放課後に。ほら五時間目に遅れるぞ」
「はーい。じゃあまた後で」
 めんどくさいことに巻き込まれたと落胆しながら、教室に戻った。


  □◇■◆


 放課後、いつもの場所に砂川先輩が待っていた。
「お待たせしました」
 そう言いながら小走りで先輩の元へ向かう。
「いや、僕も今来たところだ」
「じゃあ帰りましょうか」
「ああ」
 二人並んで歩き出す。
 なんだかんだいつも通りの下校。
「ところで小花さん、バイトのスケジュールはどうなっている?」
「バイトですか? テスト一週間前とテスト期間の間は休みにしています」
「賢明な判断だ。特訓のし甲斐がある」
 え、待って。嘘っしょ? 全部使う気?
 テストに集中するっていう体で、休みを入れただけなのに。休めるときに休んじゃえって気持ちでそうしたのに。それにテスト休みは少しくらいは遊ぶためのものじゃないの?
 なんだかんだ結局、いつもと全然違う下校だった。
「いや、でもほら、先輩の眼鏡を買いに行かなきゃいけないですし……」
 砂川先輩は昨日、眼鏡を壊してしまった。それから中学生の頃の度数の合っていない眼鏡をかけている。
 買い替える際、私が眼鏡のデザインを選ぶことになっている。
「うん、それも大事だが、テストが終わってからでいいだろう」
「え、それまで中学生の頃のを使うんですか?」
「そうだ」
「眼鏡選びの方が大事じゃないですか?」
 先輩が立ち止まり「いいか小花さん」と言ってこちらを向いた。
「眼鏡は待ってくれるが、テストは待ってくれない」
 先輩は私の肩に手を乗せて言った。
 そして眼鏡をくいっと上げ再び歩き出した。
「は、はぁ……」
 私は立ち止まったまま、歩いていく先輩の背中を少しの間、見ていた。
 って何今のッ!?
 すごい自信満々に名言っぽく言うから、返す言葉がなかったけれど、全然かっこよくないから。キマってないから。
 急いで先輩の元へ駆けていく。
「まあでも今日は特訓ってほどのことはしなくていい。特訓の準備ってところだな」
 追いついた私に先輩が言う。
「準備ですか?」
「ああ。とりあえず小花さんのテスト範囲を教えてくれ。模擬問題を作っておく」
「え、模擬問題なんかやらなきゃいけないんですか?」
 ガチじゃん。ガチで特訓する気じゃん。
「もちろんだ。おそらくウル派もこれくらいのことはするはずだ。僕に任せておけば大丈夫だ」
「は、はぁ……」
 こんなにも生き生きとした先輩を見たら、断ることが出来なくなってしまった。
 本当に勉強が好きなんだな。それに関しては、私には持っていない感覚だし、尊敬できると思う。でも勉強は嫌だなぁ。
 まあ特訓で私の成績が伸びるならそれも悪くない。そう思うことにしよう。


  □◇■◆


「なんかウケるんだけど。ウル先輩の誕生秘話とか、スぺ派対ウル派の勝負とか、マジほんと何してんの。なんかウケる」
 翌日の昼休み、新と二人でみーちゃんに昨日の出来事を話した。
 もちろん砂川先輩と帰ったときの話はしていない。
 砂川先輩からも口止めをされている。ウル派にスぺ派の特訓メニューのことを言うなと。
 それに私が砂川先輩の眼鏡を選ぶとかそんなことは二人に話せない。
「ねえ、みーちゃんはどっち派?」
 新が聞く必要のないどうでもいいことを聞く。
「えーなんかどっちも嫌なんだけど。ウケる。まあ私は私派かな?」
 なんだか哲学的な答えをしている。
「うん、みーちゃんはそんな感じがする」
 新はみーちゃんの答えにつまらなそうにしていたけれど、私は同意した。
 来年私たちが二年生になったら、砂川先輩がスぺと呼ばれるように、みーちゃんは一年生から何かしらの称号をもらうんじゃないかと密かに思っている。
 砂川先輩やケレン先輩とも違う、独特な雰囲気がみーちゃんにはある。
 その派閥には誰がいるのだろうか。
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