シャドラ ~Shadow in the light~

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第2章:Drug & Monsters Party

5.BLITZ お料理地獄

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≪前回のあらすじ≫

犯罪組織「スカル」の息のかかったクラブの一室にて、
スカルのボスと怪しい仮面の人物の密談が行われていた。

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 ずっと続くのかと思っていた幸福は、案外あっさりと終わりを告げてしまうものである。
 どんなに願っても、抗っても、運命には逆らえないのだろうか。

 「なんてこった、俺たちはこれからどうしたら」

 「ど、どうしましょう。私達だけで・・・でも、サクラちゃんのためにも」

 重い沈黙が午後のBLITZ店内に流れる。
 目の前に突如立ちはだかった壁に対して彼らはなんて無力なのだろう。

 「なんとかするしかねえな。でなきゃ.....」

 「あぁ、それじゃあ……始めようか、俺達でやるしかないんだ………料理を!」

 事の始まりは今朝にさかのぼる。
 カイルが例のごとく昼前にノソノソと眠たげに伏せた蒼い眼をこすりながら階下へと降りてきた時、シェリルがあたふたと室内を右往左往している様子が目に入った。

 「あれ?シェリルちゃん、どうしたの朝からそんなに慌てて。」

 「どうしたもこうしたもないんですよカイルさん!サクラちゃんが大変なんですっ!!
サクラちゃんが大怪我しちゃって!!お医者様、お医者様を呼ばないと!!」

 「・・・サクラが?」

 眠気が一瞬で消し飛ぶ。

 「サクラっ!!大丈夫!?」

 カイルが慌てて駆け寄ったときにはすでにサクラはリュウガによって手当が施された後であった。
 左人差し指には包帯が巻きつけられている。

 「もー、兄さん。また朝寝坊して。もうお昼じゃないですか。毎日毎日、いったいいつまで寝てるつもりです?」

 カイルの剣幕に不思議な表情を浮かべつつ、サクラはいつもの調子だ。

 「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。怪我は大丈夫なのか?」

 「怪我の手当てならもう済んだ。安心しろ、包丁で切っただけだ。多少深く切れているから完治するまでに少しかかるかもしれんが、大したことは無い」

「本当に大丈夫か?そんな簡単な治療じゃなくて病院に。いざとなったらアドルフに中央の・・・」

「落ち着け。よく見ろ」

「そうですよ兄さん、ただの切り傷です。大げさですって」

 リュウガに諫めれ、落ち着いて見てみると確かに大した怪我をしているようには見えない。
 いや、しかし指に巻かれた包帯を見る限りそうでもないような………。

 カイルがようやく冷静になったのを見て、リュウガは手に持っていた消毒液と包帯をさっさと救急箱に片付け、再び新聞を読み始めた。
 
 それから数分後.....。

 「なるほど、朝食を作っていたらうっかり包丁で指を切ってしまったと。それで、普段怪我や血を見慣れていないシェリルちゃんはパニックになってしまったと」

 「はい、すいません。お恥ずかしい限りですぅ」

 シェリルは部屋の隅の方で「すいません」を連呼しながらペコペコ頭を下げていた。
 ちょっとした切り傷や血を見て取り乱す。
 この娘、本当に吸血鬼なのだろうか?
 先日激闘を繰り広げた時とはあまりにも違いすぎるシェリルの様子に逆に不安になるカイル。
 また、何かが化けているとかなりすましとかじゃないよな?

 「まぁまぁ、シェリルちゃんも落ち着いて」

 「そうそう、もう大丈夫だから心配しないでね」

 一方、怪我をしたサクラはいたって落ち着いた様子である。
 これではいったいどちらが怪我をしたのか間違えそうだ。

 「しかし、その怪我じゃあしばらく料理は出来んな」

 「そうなんです。治るまで料理はちょっと・・・。すいません」

 リュウガの言葉にサクラがしょぼんと肩を落とす。

 「いえ、サクラちゃんはしばらく休んでいて下さい!!その間は私がお料理もお家の仕事も頑張りますから!!」

 そんなサクラの様子を見てシェリルが何かを決意したように力強く言った。

 「ええっと、しばらくはみんなで頑張ろうか」

 その心意気はとても頼もしいが、サクラのサポートの無いシェリルの料理に一抹の不安を覚えるカイルがすかさずフォローを入れる。

 「カイルさん、お優しいんですね。はいっ、みんなでがんばりましょう!!」

 そんな本音をいざ知らず、目をキラキラと輝かせているシェリルの目をカイルはまともに見ることが出来ない。

 「さて、そんなこんなでさっそく昼食の時間になったわけだけど………この中でまともに料理できる人って俺以外にいたっけ?」

 「おい、待て。俺はお前の料理が一番不安なんだが」

 謎の自信に満ち溢れたカイルの発言に思わず新聞を読む手を止め、リュウガが異を唱えた。

 「えぇ~、なんでだよ。そういうリュウガこそまともに料理できんの?どうせ分量とか火加減とかチョー適当でしょうに」

 「お前こそ変によくわからんアレンジ加えそうで怖えんだよ。素人がそういうことすると失敗するって相場が決まってんだ。おい、何してる?怪しげな魔法陣を書くな。何するつもりだ?」 

 「不安ですけどお世話になっている身として私も頑張ります。大丈夫です。しばらくサクラちゃんと一緒に料理をしていたので簡単なものなら作れると思います」

 「そうだ、せっかくだからみんな一品ずつ自由に作ってみて一番美味しかった人がサクラの怪我が治るまで料理担当、っていうのはどうかな?暇つぶしにもなるし」

 「賛成だ。得体のしれない物を毎日食べるのはごめんだからな。だが、ここにそんあ調理スペースはねえぞ。どうするつもりだ」

 「それなんだけどさ、アドルフの屋敷の厨房を貸してもらおうかなって考えてる」

 「それは無理じゃねえのか?」

 「大丈夫さ。なんたって俺元上司だからね!」

 謎の論理展開とともにさっそく受話器を持ち上げ祝日の朝っぱらからアドルフ邸に迷惑電話をかけはじめるカイル。

 「断る。要件はそれだけか?というか貴様何故番号を知っている」

 不機嫌そうに電話口に出たアドルフの反応は予想通り取りの付く島もないものである。
 そこでカイルは前もって用意していた切り札を切った。

 「そうかー、仕方ないね。実はシェリルちゃんがさ、最近料理を始めてね。1度本格的な設備で料理をさせてあげたかったんだけど、残念だな」

 「何っ!?それを先に言え。いつだ?」

 「明日」

 「くっ、貴様。少しは私の都合というものも・・・」

 「えっ!?貸してくれるの。ありがとう。流石頼りになるね。じゃヨロシク!」

 アドルフの小言が長くなりそうな気配を察したカイルは強引にアポをねじ込み素早く受話器を置いた。
 
 「皆、アドルフが厨房貸してくれるってさ。てなわけで。明日急遽料理対決を行います。会場はアドルフ邸!」
 
 受話器を置き、一仕事終えた感を滲ませながら振り返ったカイルは、一同にグッと親指を立てて見せた。
 これから急遽準備に奔走するであろうアドルフには同情せざる得ない。

 「頑張りますよー。負けません!」

 拳を握りしめ、妙にシェリルがやる気を出している。
 この間の『第1回、だれが一番シェリルに似合う服を見つけられるか(誰が一番センスがいいか)決定戦』の時にも感じたことだが、この娘、意外と祭りごとやイベントが好きなタイプの様だ。
 何にせよ、少しでも楽しんでくれているなら何より。



 そして翌日。
 
 ちょうど昼時、BLITZ一同はアドルフの邸宅に終結していた。
 どこかで様子をうかがっていたのかと思うほど良いタイミングで大きな金属のゲートが開かれ、出迎えの執事が4人を屋敷内へ誘った。
 過度なきらびやかさや派手さはないが緻密に計算された重厚感のある内装に主の気質が見て取れる。

 そんな屋敷の奥にある決戦の地、厨房ではアドルフが待ち構えていた。

 「よく来たな貴様ら。今日はここを好きに使ってもらって構わない。調理器具も食材も一通り揃えてある。シェリル様に感謝するのだな」

 「凄い!」

 鏡のように磨き上げられた調理器具。
 まるで市場の一角のように卓上に並べられた色とりどりの食材の数々。
 それを見たサクラの目が大きく見開かれる。

 「では、さっそく第一回料理対決を開催します。特別審査員は、サクラとアドルフ。ねぇ、アドルフ実は意外と暇なんでしょ?」

 「失礼な。仕方あるまい、シェリル様の成長をデイズ様にご報告することも私の役目だからな。公務を放り出して駆け参じた」

 「ルールは簡単。俺、シェリルちゃん、リュウガの3人で順番に料理をだして、特別審査員2名と待機中の2名計4人で評価。1人の最大持ち点は10点。最大で40点。まずは俺から」

 カイルが厨房にこもっている間。
 アドルフ達は隣接する食堂のテーブルに腰掛け、カイルの料理が完成するのを待つ。
 シェリルを除いて、カイルの性格や過去の行動をよく知るサクラ、アドルフ、リュウガ
は早くも不安を覚えていた。

 そして、数十分後。
 皿を乗せたワゴンを押して、カイルが料理を持ってやってきた。

 お待たせいたしました『~海と山の幸ヴァイクパスタ トレト風 ホイップクリームを添えて~』でございます。
 水上都市ヴァイク地方の伝統的料理にトレト地方の伝統的な食材と味付けをマリアージュさせ、革新的なアレンジを加え仕上げた一品です。

 「おい、なんだ。これは・・・。」

 純白のテーブルクロスの上、紅い縁取りと金の細工が美しい皿に乗せられたソレを見てリュウガは絶句した。

 皿の上に陣取っていた物体は、糊の様に粘ついた紫色のソースに絡められた食欲の失せる蛍光グリーンの麺。
 具材は何かの肉片だろうか、よくわからない残骸が麺の合間に見え隠れしている。
 最後にトドメとばかりに山盛りのホイップクリームがデコレーションされている。

 「お前、適当に言ってるだろ。そんなモノ聞いたことが無え」

 それらしい御託を並べるカイルにリュウガが眉をひそめた。
 実はリュウガ、モスグルンに定住し始める前、カイルと敵対していた頃は各地を転々と荒らしまわっており、わりと各地の文化に詳しいのだ。

 「兄さん。食べ物で遊ばないでください」

 カイルの生み出した物体と説明にリュウガに続きサクラの眉が勢いよく吊り上がった。
 
 「あの、カイルさん。これ、本当に食べられるんですか?」

 シェリルは不安そうな表情で皿の上のカオスとカイルの顔を交互に見た。

 「待った待った。ふざけてやったわけじゃないんだって。これでも真面目に作ってたんだけど、何か化学反応起こしたみたいでこんな色になっちゃったんだよね。でも食べられるよ、多分」

 チラリと昔の同僚に視線を送るカイル。
 頼むよ、証明してくれと言わんばかりのアイコンタクトである。

 「おい、ヤメロこっちを見るな。リュウガ、身内の不始末は身内でつけるのが筋なんじゃないか?」

 カイルの視線に込められたメッセージを汲み取ったアドルフがこれまで見たこともないほど露骨に嫌な表情を浮かべ、リュウガにボールを雑に投げた。

 「ああ?コイツが身内?悪い冗談だ。頼むぜアドルフ、お前の元上司だ。公僕ってのは上下関係を何より重んじるんだろ?それにだ、お前がこの中だと一番色んなもんを食って舌が肥えてる。毒見役にはこの上ない適役だ」

 リュウガの反論に同意を示す様にサクラがウンウン頷いている。
 シェリルもトマトジュースをストローで啜りながら優しい視線をアドルフに向けている。
 彼女も流石にカイルの料理を食べたくないようだ。

 「くッ、仕方あるまい。まず私が先陣を切ろう!」

 シェリルにまで梯子を外されると思っていなかったアドルフは、追い詰められ反論を飲み込んだ。

 「やっぱりお前はやるときはやる奴だな。骨は拾ってやるぜ」

 「アドルフさん、カッコいいです!」

 「本当にアドルフさんはいつも頼りになって素敵です」

 「ノブレスオブリージュってやつだね」

 せめてもの他向けとばかりに各々アドルフへ感謝と哀悼の意を込めた賛辞を送る。

 「まさかシェリル様まで。すっかりコイツらに毒されておしまいに・・・・。」

 というか、元凶(カイル)のお前が何を言う。


 ~アドルフ実食~


 「・・・ブルーフォード。私は、今日ほどお前のことを憎いと思ったことは無い・・・・・」

 食器を手にしたままテーブルに肘をついてうなだれるアドルフ。
 額には脂汗が浮かび非常に気分が悪そうである。
 かろうじてプライドと意地で口に含んだモノを吐き出さずに飲み込んだといったところか。

 「あえて聞くまでもねえとは思うが、どうだ?アドルフ」

 アドルフが少し落ち着くのを待ってからリュウガが批評を促した。

 「・・・正に愚問だな。最悪だ。魚介類特有の臭みに、肉の脂身と生クリームの油分と甘さが絡み合っている。パスタは塩を入れすぎ、茹で過ぎでぐずぐず。そしてそのパスタから出た糊のようなゆで汁が煮詰め過ぎた野菜と混ざり合って不快な食感を生み出している。そう、あえて言うならコレは食べられる生ゴミだ。覚悟しろよキサマら。早くこちら側へ来るがいい」

 眉間に皺を寄せながら意地悪く口元を歪めるアドルフ。
 彼がこんな表情をすることは非常に珍しい。
 それだけカイルの作ったこの料理の破壊力が凄まじかったのであろう。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 全員拒否の意を示し無言でそっぽを向くが、アドルフの言葉は続く。

 「この勝負、全員がそれぞれの料理を食べて総得点を競うのがルールだったな。地雷だとわかっていても食べて評価してもらおうか。さぁ、シェリル様も覚悟を決めてください。真の貴族には時には我慢と自己犠牲が必用なのです」


 ~全員実食~


 「うぇえええええええ!!!!もぉおおおおおおおおおおお、最悪です!!兄さん!!!だからあれほど言ったじゃないですかぁああ!!!!ちゃんとレシピどおりに作ってくださいってえええええええ!!!!!!!」

 「グフッ・・・カイル、テメエ、コロ、スゾ・・ゴホッ・・・・・」

 「カイルさん、すみません。私、ちょっと気分が・・・うっ、ズゾゾゾゾゾゾ(トマトジュースを勢いよくストローで啜る音)」

 まさに惨劇。
 およそ料理を食べた感想とは思えない怨嗟の声がアドルフ邸の食堂に響き渡っていた。

 「いやいや、みんな流石にオーバー過ぎでしょ。それよりさ、何点なの?」

 しかし、惨劇を引き起こした当の本人に全く悪びれる様子は無い。

 「0点、いやランク外だ。こんなもの評価以前の問題だ」

 「0点!0点以外あり得ません!!」

 「マイナス100点」

 「スミマセン、0点です」

 「えー、おっかしいなー。確かにちょっと斬新な味付けだったかもしれないけれど、食事とデザートを同時に楽しめる攻めたコンセプトは評価されると思ったんだけど」

 「・・・カイル、お前は頭だけじゃなくて舌までオカシイようだな」

 最後に全員の思いを代弁したリュウガの一言で締めくくられ、カイルの得点は、満場一致の0点となった。

 「次は私です」

 気合を入れるように持ってきたエプロンをぎゅっと締めて、シェリルは厨房に乗り込んでいった。

 しばらくたって運ばれてきた彼女の皿に乗せられているのはサンドイッチの様だ。
 焦げる手前ぐらいまでよくトーストされたパンに塊のような厚切りにされたベーコン、そして山盛りのレタスにそしてこれまた厚切りのトマトが豪快に挟まれている。

 「7点です。お料理だいぶ上手くなりましたねシェリルちゃん!」

 「5点(パンが炭になってねえからな)」

 「シェリル様、素晴らしい。この短期間に立派にお料理までこなされるようになって。もちろん10点です」

 「5点、シェリルちゃんには勝てないよねー」

 結果は、27点/40点中。

 「やりました!私これからもお料理頑張りますね」

 いつになくシェリルは嬉しそうだ。

 「流石シェリルちゃん。日々の修行の成果が出てるね。優勝はシェリルちゃんかな」
 
 「おいおい、待てよ。そう言うとは思ってたがよ」

 勝手に締めに入ったカイルの言葉をを黒づくめの男が遮った

 「何だよオチ担当。一体何作ったのさ?」

 「誰がオチ担当だ。そらよ」

 オチ担当ことリュウガの差し出した皿には何やら焼き物が乗せられている。
 それは魚の姿焼きである。

 「何これ、魚?まんまじゃん!雑ー。もうちょっと切ったりとか何とかあるでしょ!」

 リュウガには勝ったと思ったのだろうかカイルがやけに嬉しそうに皿の上の魚を見てはしゃいでいる。

 「まて、ブルーフォード。・・・これはただ魚を焼いただけではないぞ!」

 はしゃぐカイルをアドルフが制止した。

 「丁寧に下処理された魚に刻んだ野菜の詰め物がされている。さらに香草と酒の香り、そして何か木のようなさわやかな香り付けがなされており、皮が香ばしく、身はしっとりしている。一見雑に見えるかもしれないが実に食欲を誘う」

 「流石だなアドルフ。気づいたか。コイツが本当のヴァイク料理トレト風だ。シェリルの分はニンニクが抜いてあるから安心して食いな」

 一口料理を食べたあと、突如料理評論家の事を口走り始めるアドルフ。
 その反応にリュウガは満足そうだ。
 アドルフに続き皆次々に目の前の皿に手を付け始めた。

 「リュウガさんって見た目怖いのに色々なスキルを持ってますよね。器用でうらやましいです。」

 「美味しいー。リュウガさん今度レシピを教えてください!」

 「えー、また双子の弟さんの登場ですか?」
 
 非常に好評。
 ただ一人何故かカイルだけが不服そうである。

 「さぁ、採点してもらおうか」

 勝利を確信したリュウガが批評を促す。

 「8点だ。正直驚いた。香味豊かで味わい深い料理になっている」
 
 「7点です!リュウガさんたまにで良いですので是非お料理手伝ってください!」

 「美味しいです。10点です」

 「2点。なんというか面白味がないんだよね。もっとこう欲しいわけですよ。サプライズが」

 「兄さん・・・?反省してないようですね」

 サクラに再びギロリと睨みつけられ、カイルはそれ以上言葉を続けることを止めた。
 リュウガの点数はシェリルと同列の27点。

 というわけで、しばらくサクラ監修の元シェリル、そしてリュウガが交代で料理を作ることになった。
 0点だったカイルはその他諸々の家事雑用担当となり、しばらくは朝早く起きてくるようになったとか。

~~~~~~~~~~~~

 食事と調理の後片付けを済ませた後、サクラがシェリルはメイドと共に屋敷の散策に出かけて行った。
 その間、カイル、リュウガ、アドルフの3人は別室で真剣な顔でテーブルを囲んでいた。

 議題は、先日カイル達が回収した例の赤い薬「ジャンパー」についてである。

 「なるほど。これが例の」
 
 白い綿の手袋を右手につけ、アドルフが不気味な赤い錠剤を取り出し光にかざす様に観察している。

 「そう、アドルフは何か掴んで無いの?」

 「残念だが、全くと言っていいほど情報が無い」

 「妙だね。俺の見立てでは、もうそろそろ汚染が広がり過ぎて取り返しのつかないエリアが出てきている感じがするんだよ。こういう人間の弱さに依存するものってさ、蔓延するのが廃棄区画内のみに収まる訳が無いじゃん?それなのにアドルフ達のところに何の情報も入ってきていないってのがどうも引っかかる」

 「ふむ、確かに。私も独自に情報を集めておこう」
 
 「よろしく頼むよ。それでさ、頼んでいた件だけど」

 「ああ、これだ。話は通してある」
 
 アドルフはジャケットのポケットから二つに折られたメモを取り出しカイルに手渡した。

 「しかしよお、わざわざこんなもんの成分を解析してどうするつもりだ?」

 「んー、ちょっと気になることがあってさ。調べてみてからのお楽しみかな」

 まだ確証が得られていないためか、リュウガの問いかけに対してカイルはどうにも歯切れの悪い答えを返した。

 「それよりさ、アドルフ。お願いついでにもう一つ頼めないかな。サクラやシェリルちゃんには、もしもの時はストランドに駆けこむように言っておくけど、何かあったら助けてやって欲しい」

 「ああ、それはもちろんだ。だが、こう言っては何だが、廃棄区画に薬が出回るなんて話は珍しくもなんともないだろう。これがそんなに不味いものなのか?確か能力を強制的に向上させるという話だが、代償も相当なモノなのだろう」

 「念のためだよ。何か嫌な予感がするんだよね」

 「お前のそういう勘だけは当たるからな。またとんでもない面倒毎が待ち構えてるんだろうぜ。あー、そうだな、ちょっとシェリルに戦い方でも仕込んどくか?」

 「冗談ではない。貴様、シェリル様になにをさせるつもりだ。」

 その後は、他愛ない話をしながら時間を潰しながら、サクラとシェリルが屋敷の散策から戻ってくるのを待ち、BLITZ一同はアドルフ邸を後にした。

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~登場人物紹介~

・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。
             甘いものを好んで食べる。

・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。
                 面倒くさがってやらないが実はそれなりに料理ができる。

・サクラ・ブルーフォード:カイルの妹。4人分の食事を作っている。

・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。
            最近少し料理ができるようになった吸血鬼。

・アドルフ・ヴァルト:いわゆる貴族官僚。カイルとは旧知の仲。
           シェリルの身を案じている。
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