幼馴染の御曹司と許嫁だった話

金曜日

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トドメを刺してと君は言う【前編】

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身体と髪を丁寧に洗って、ゆっくり湯船に浸かる。やっぱり、一日の疲れを癒してくれるのはお風呂ですよねぇ…。どれだけ疲れていても、お風呂の時間だけは削れない。
この家…高級マンションなだけあって、浴室もかなり広い。そもそも2人で暮らすサイズの部屋じゃないもんなぁ。完全にファミリー向け。
その上、爽の趣味でシャンプーもボディーソープも海外から取り寄せためちゃくちゃいいのが揃っていて…毎日のお風呂タイムをより楽しいものにしてくれる。


はぁ…、幸せ。


このお風呂に毎日入れるだけでも、ここに引っ越してきた意味ありそう。


湯船に沈みながら足を伸ばして天井を見上げると、ポタリと雫が顔に落ちる。



「気持ち良すぎて………このまま失神しちゃいそ……」


口から出た独り言が、ひとりぼっちの浴室の中で思いの外反響した。












身も心も満たされてご機嫌で外に出ると、何やら人の気配を感じて洗面台に顔を向けた。




………こんなの、普段なら絶対ありえない。



俺は目を見開いたまま固まり、予想外の瞳とバッチリ視線が交わった。





「爽……」
「……!」


爽はどうやら歯磨きをしようとしていたようだ。普段なら俺が浴室を使用している時、爽は絶対に洗面所に入ってこないから…余程うっかりしてたんだろう。


爽の目線は、俺の顔からゆっくりと下がり全裸の真っ白い身体に移った。剥き出しの下半身に視線が集中していることに気が付き、慌ててバスタオルで身体を隠す。


「……ひゃっ…、ご、ごめんっ!」
「……っ!!」
「あのっ…爽っ…」


その瞬間、爽は俺から目を逸らし…何も言わずに出て行ってしまった。





あまりの急な出来事に、何故かブワッと顔に熱が集まる。

爽に裸を見られたのは初めてだ。
男同士なのに、こんなに恥ずかしいなんて思っていなかった。俺はギュッと自分の身体を抱きしめて、しゃがみ込む。

爽の目に、俺の身体は一体どう映ったんだろう……?


柔らかいフワフワのタオルで身体を拭き、すぐにパジャマに着替える。いつもよりかなり適当に髪にドライヤーをかけて、終わった後もしばらくぼーっと立ち尽くしてしまった。

どうしよう……、爽と顔合わせるのちょっと気まずいかも。






ヒタヒタとなるべく足音を抑えて廊下を進み、なんとか自室に戻る。扉を閉めると同時に、ハァ…と小さなため息が漏れた。


「もぉ……何やってんの俺っ……めっちゃ恥ずかしいっ……」


浴室から出る前に顔だけ出して爽がいないことを確認する…とか、下半身にタオル巻いておく…とか、考えてみれば出来ることは沢山あったのに……やらなかった自分に腹が立つ。


爽だって、男の裸なんて見たいわけがない。
最悪だ。嫌なものを見せてしまった。


失敗したな…。





ドアにもたれかかって考え込んでいると、急にコンコンッとノックされて、びびって素っ頓狂な声が出る。



「ひゃいっ!!?」
「………あき?…ごめん、入っていい…?」
「えっ…うん!いいよ!」


ゆっくりドアを開くと、眉毛を下げた爽と目が合ってドキッとした。

そんな顔……しないでよ爽。別に、爽が悪いことしたわけじゃないのに。

中に入るように促して、鮮やかな黄緑色の可愛らしいソファに一緒に座る。


「………」
「………」


重すぎる沈黙に息が苦しくなり、俺は近くにあったクッションをギュッと抱きしめた。それにひたすら顔を埋めて、必死に気まずさをやり過ごす。


やばい、なにこれ……どうすればいいの…!!?




「あの…あき、」
「へぇ!?」
「その……ごめんな?」
「えっ、な、なんで…?」
「……俺…ボーッとしてて…お前がいること確認せずに洗面所入ったから…」
「え!?いや、そんな…」


こんなのおかしい。


だって、俺たちは男同士なのに。


謝る必要なんて、ない。




この恥ずかしさはやっぱり……
俺と爽の間では嫌でも"許嫁"という2文字がよぎってしまうからなんだろうか…




「あの…確かに恥ずかしかったけど…その、別に俺女の子じゃないし…そんな気にすることじゃなくない?」
「…え?」
「爽が謝る必要なんて、ないよ?」
「……お前…それ本気で言ってる?」
「……だって、俺たち男同士だよ?」
「それは、そうかもしんねぇけど…俺は、」
「なんなら、一緒にお風呂にだって入れ」


最後まで言い終わる前に、突然爽は俺の肩を押し、その強さに後ろへ倒れ込む。




気が付いたら、爽は俺の顔の横に手をついていて……


完全に、ソファの上で押し倒される体勢になっていた。



真剣な顔の爽に見下ろされて、ドクドクと心臓がすごい速さで鼓動を刻む。





えっ…?
なにこれ…、なんで…?



俺………なんで押し倒されてんの……?



こんな爽、







俺知らない…!!







「俺が男だって…お前ちゃんとわかってる?」
「なに、それ……」
「だから、ちゃんとわかってんのかって聞いてんの…!」
「……あの、…わ、わかってる…」
「わかってねーよ!」



少しだけ声を荒げた爽に驚いて、俺の視線は泳ぎまくる。


なにこの質問…?どういう意味…?


ソファに押し倒されるなんて、少女漫画みたいなシチュエーションに変にドキドキしてしまう。うまく息が吸えてるか自信がない。身体中が熱くて、俺はただただ爽の腕の下で小さくなるしかなかった。


しばしの沈黙の後、恐る恐る爽の瞳を見ると……さっきまでとは違って後悔の色が滲んでいる。


「はぁ……」
「……?爽?」
「…あきほんとごめんっ…デカい声出すつもりじゃなかったのにっ……クソっ…マジで俺…かっこわりぃ…」
「えっと、…平気、だよ?」
「………ごめんな」
「……」


泣きそうな声色に驚く。
そんなに必死で謝らなくたって…いいのに。


「あき……」
「ん…?」
「裸見て……ごめんな……」
「いや、あの…だから別に……」
「いいから謝らせて……悪かった…」
「……えっと、……うん……」


どうして爽がこんなに謝るのか、イマイチ理解できなくてうまい返事が見つからない。



「あきっ……」
「……なに?」
「少しは、意識してくんねーの…?」
「え……?」


なにを…?とは聞けなかった。


爽の強い眼差しに、目を合わせているだけで必死だ。今逸らしたら、爽を傷つけてしまいそうな気がしたから。


何も言わない俺に、爽はハァ…とまた小さくため息をついて、身体を離す。そのまま手を引いて俺の身体を起こし、キチンと座らせてくれた。


「本当俺って……あきのことになると余裕ねーよな…」
「……?」
「まぁ、長期戦は覚悟の上だよ」
「………え?長期戦?」
「こっちの話」



そう言うと、爽はやっといたずらっぽくニカッと笑った。いつもの爽の顔に戻ったことに、安堵と…少しだけ残念な気持ちが込み上げる。



…なんでだろう?
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